下の「この発想素敵やなあ」エントリーの関連動画らしい。
おもしろい!
これ見て思い出したことがある。
高校時代に、
京都の四条の交差点で、同級生4人で、
一斉に「あっ」と叫んで、空を指差す遊びをしていた。
周囲の人は、みな空を見上げて、
「何?何?」という表情。
・・・まあ、それだけのことのシーンですが、
思い出しました。
日々の感想やアイディアのヒントを記録するためのブログ。あるいは作品の草稿やテーマの整理。全く個人的な記録も含めて、今生きている存在証明の一部。編集しながら校正をして文章を改廃していくことも。
2009年11月7日土曜日
この発想素敵やなあ
こんな動画が紹介されてました。
ストックホルムの地下鉄の階段で、
ほとんどの人がエスカレーターを利用する状態のところ
ちょっと変わった仕掛けの階段にしたら
66%の人が階段を利用するようになった。
こんな発想自体が
日本のどこかで出来たら素敵。
日本も出来ると思うよ。
誰がお金を出すねんとか、突飛な仕掛けを施すことに
慣れてないかもしれないし、
何やら規制とか、法令の制約があるかもわからないけれど。
全く出来ない国ではないと思うのやけど、、、。
ユニバーサルデザインに、
こんな一工夫も加われば、街が楽しくなるじゃないですかねえ。
微笑ましいなあ。
ストックホルムの地下鉄の階段で、
ほとんどの人がエスカレーターを利用する状態のところ
ちょっと変わった仕掛けの階段にしたら
66%の人が階段を利用するようになった。
こんな発想自体が
日本のどこかで出来たら素敵。
日本も出来ると思うよ。
誰がお金を出すねんとか、突飛な仕掛けを施すことに
慣れてないかもしれないし、
何やら規制とか、法令の制約があるかもわからないけれど。
全く出来ない国ではないと思うのやけど、、、。
ユニバーサルデザインに、
こんな一工夫も加われば、街が楽しくなるじゃないですかねえ。
微笑ましいなあ。
2009年11月4日水曜日
才能の贈り物
今ひとつのプロジェクトを抱えている。
これは、
「才能の贈り物」というコンセプトのサイトなのだが、
これからの展開をいろいろと計画をしていて、
ちょっと自分でもワクワクしているものだ。
人には何がしかの才能があって、
その才能は、誰かが引き出すことを待っている。
もちろん、力のある人は、自らの力で、その才能を
世に問うことが出来たり、しようとするのであるが、
このサイトのコンセプトは、
特に自分から売り込んだり、何かを作り出そうということはないものの、
本人たちは本当に対象のものを好きで、大好きで作り出しているという
そんな人たちのホームページを作る活動だ。
で、まだ企画段階であるので、詳細はこれからだが、
ホームページを通じて、それらの才能を世に問うのみならず、
人が集うようなイベント企画に作り上げられないかということで
プロジェクトチームを作ろうとしている。
間もなく、第一ステップのサイトがお披露目となる。
能面作りの人や
イラストレーター
それから書道の人とか、
フラワーアレンジメントなど
それぞれの作品を公開するところから始まる。
インターネットの可能性と
人が集うというアナログの部分
それらをつなぐようなプロジェクトに成長してくれますことを
個人的に応援している書道詩人てらきちさんのブログが
(今までもあったけれど)アメブロに引っ越しをしたそうだ。
今、彼は四国を徒歩で周回している。
詳しくはこちら
書道詩人てらきちブログ
これは、
「才能の贈り物」というコンセプトのサイトなのだが、
これからの展開をいろいろと計画をしていて、
ちょっと自分でもワクワクしているものだ。
人には何がしかの才能があって、
その才能は、誰かが引き出すことを待っている。
もちろん、力のある人は、自らの力で、その才能を
世に問うことが出来たり、しようとするのであるが、
このサイトのコンセプトは、
特に自分から売り込んだり、何かを作り出そうということはないものの、
本人たちは本当に対象のものを好きで、大好きで作り出しているという
そんな人たちのホームページを作る活動だ。
で、まだ企画段階であるので、詳細はこれからだが、
ホームページを通じて、それらの才能を世に問うのみならず、
人が集うようなイベント企画に作り上げられないかということで
プロジェクトチームを作ろうとしている。
間もなく、第一ステップのサイトがお披露目となる。
能面作りの人や
イラストレーター
それから書道の人とか、
フラワーアレンジメントなど
それぞれの作品を公開するところから始まる。
インターネットの可能性と
人が集うというアナログの部分
それらをつなぐようなプロジェクトに成長してくれますことを
個人的に応援している書道詩人てらきちさんのブログが
(今までもあったけれど)アメブロに引っ越しをしたそうだ。
今、彼は四国を徒歩で周回している。
詳しくはこちら
書道詩人てらきちブログ
2009年11月1日日曜日
リンクを張った。
ホームページにリンクを張った。
SOHOとして、社会とかかわり合いをもって、仕事を通じて生きていくためには、
まず自分がどんな視点をもっていて、出来不出来も含めて、
(勇気はいるけれども)主張のようなものや、雑感というか何かの発信をしていくべきではないかと
自分なりに思い込んでのこと。ひいては、何か個人の魅力のようなものが
成長する舞台になればいいなと期待を込めて、Assertion「主張」というタイトルになった。
今日は、ホームページにリンクを張ったので、
ちょっとサイトについて雑感を記録しておくことにしよう。
ホームページは、今やたくさんの素晴らしいアプリケーションが登場してきて、
誰もが以前に比較して簡単に、作れるようになった。
そして誰もが、ブログやミクシーのようなSNS、さらにはメールやwebのゲームなど
インターネットの恩恵を受けて生活するようになってきた。
モノを買うのもインターネット。オークションは非常に盛り上がってきているし、
携帯サイトを含めて、たくさんの商行為や文化活動がインターネットで行われている。
歴史的な視点から見ると、
人は行動範囲の広さが広くなるに従って、文化生活を広げてきた。
最初は徒歩。だから江戸時代の人はおそらく、自分たちの村の領域でほとんどの人生の時間を
過ごしたし、それが交通手段が発達するに従って行動範囲を広げていったのだと感じる。
江戸時代には、藩という「領域区分」があった。
これは土地図版的に徒歩圏内のサイズに収まっていて、人生の「舞台」はこの領域だった。
明治になり、馬車が出来、鉄道が出来、その移動範囲に従って、行政区分も広がる。
「県」は馬車と鉄道の移動範囲のサイズだし、鉄道や車の性能発達に従って、
県を超えて、今話題の道州制の範囲ぐらいに広がってきているのだと思う。
そして飛行機が出来て、行動範囲は島や大陸を超えるようになった。
物理的な移動範囲は、世界標準に近くなり、
そして、物理的な行動範囲を、電子的に軽々と乗り越えてしまったものが、
インターネットだ。
言葉の壁さえも、間もなく自動翻訳なるもの、音声認識のようなもので乗り越えるに違いない。
インターネットは、物理的な障害の壁をいとも簡単に乗り越えるものとなっている。
健常者と身体が不自由な人をも結びつけ、世代を超えた交流も
きっとこれから先は、乗り越えていくのだろう。
世界がインターネットで標準化されていくと
世界が同じような価値観で動くようになる。
が、一方、人間の生活認識範囲は、まだ明治の時代から物理的には変化がなくて、
世界という広さを認識する脳には至っていない。
世界が広がるに従って、反動のように地域社会や、同じ趣向を持つ人との
「閉じられた環境」に集合する意識も働く。
ナショナリズムも、SNSも。
だから、インターネットも、世界に通じる窓であるのと同時に、
同じ技術で、閉じられた(ID、パスワードで限定された)コミュニティーの成立も可能にする。
理屈っぽい文章になった。
今までのホームページの制作は、
特殊な技術が必要だったりしたから、「出来ない」人が「出来る人」に仕事を頼むという
構図でもって、商行為を成立させてきた。
仕事としては何も変わった構図なのではなく、
それは医者も弁護士も、そしてほとんどの旧来の仕事の構図は、この
「出来ない人」が「出来る人」に仕事を頼むという構図の中にある。
ホームページの仕事をして、今感じることは、
クライアントの皆さんが、(私の場合)
ホームページ制作が「出来ない」人なのではなく、時間さえあれば「出来る」スキルがある人たちであること。
または意欲がある人であるということ。
求められているのは、
ページ制作が、出来るか、出来ないかなのではなくて、
「何をのせるか」「何を載せないのか」というような、中身のディレクションに関してのこと。
強引に集約すると、
ホームページは、制作が出来るかどうかではなく、
何をホームページに掲載するか、どう活用するかということであり、
それぞれのクライアント様が持つ、「主張」をどのように反映させて、
どのような使い方をするのかという部分になってきている。
うちの屋号は、WithGrowthと命名して頂いた。
実際、僕が考案したのではなく、命名して頂いたもの。
〜トモに成長しよう、体験しよう〜という意味を込めて頂いた。
僕はwebに関して、何でもござれ、何でも出来ますよという才能と能力を持っている訳ではない。
ただ、一緒になって汗をかき、どうしたら一番の(現状の)最適解になるのか?
をトモに考えていきましょうという視点で事を進めるようにしている。
「主張」を際立たせるという仕事。
「手段」としてのインターネット、ホームページ。
これが僕にとってのチャレンジになる。
独りよがりのものではなく、様々な要素からなるものを、集約して、
必要な取捨選択をして、深め、あるいは、捨て去り
作り上げて、さらに成長させていくという、面倒なプロセスを経ている。
じゃんけんのグー、チョキ、パーのトライアングル関係のような、
あちらを立てれば、こちらが立たずの制約要素と
何が必要で、何がさらに重要なのかという判断。
毎日がその繰り返しの中で、結局僕が一番磨かれている。
仕事として、代金を頂いて、勉強もさせて頂けている。
ありがたいことです。
最後は、落語のようなオチもなく、
雑感のままに書いてしまったので、僕の主張は何か、漂ってしまって
感謝の文面になってしまったが、
そんな事を今日は感じたので、
ブログとしては、こんな感じで。
11月が始まりました。
今月もよろしくお願いいたします。
SOHOとして、社会とかかわり合いをもって、仕事を通じて生きていくためには、
まず自分がどんな視点をもっていて、出来不出来も含めて、
(勇気はいるけれども)主張のようなものや、雑感というか何かの発信をしていくべきではないかと
自分なりに思い込んでのこと。ひいては、何か個人の魅力のようなものが
成長する舞台になればいいなと期待を込めて、Assertion「主張」というタイトルになった。
今日は、ホームページにリンクを張ったので、
ちょっとサイトについて雑感を記録しておくことにしよう。
ホームページは、今やたくさんの素晴らしいアプリケーションが登場してきて、
誰もが以前に比較して簡単に、作れるようになった。
そして誰もが、ブログやミクシーのようなSNS、さらにはメールやwebのゲームなど
インターネットの恩恵を受けて生活するようになってきた。
モノを買うのもインターネット。オークションは非常に盛り上がってきているし、
携帯サイトを含めて、たくさんの商行為や文化活動がインターネットで行われている。
歴史的な視点から見ると、
人は行動範囲の広さが広くなるに従って、文化生活を広げてきた。
最初は徒歩。だから江戸時代の人はおそらく、自分たちの村の領域でほとんどの人生の時間を
過ごしたし、それが交通手段が発達するに従って行動範囲を広げていったのだと感じる。
江戸時代には、藩という「領域区分」があった。
これは土地図版的に徒歩圏内のサイズに収まっていて、人生の「舞台」はこの領域だった。
明治になり、馬車が出来、鉄道が出来、その移動範囲に従って、行政区分も広がる。
「県」は馬車と鉄道の移動範囲のサイズだし、鉄道や車の性能発達に従って、
県を超えて、今話題の道州制の範囲ぐらいに広がってきているのだと思う。
そして飛行機が出来て、行動範囲は島や大陸を超えるようになった。
物理的な移動範囲は、世界標準に近くなり、
そして、物理的な行動範囲を、電子的に軽々と乗り越えてしまったものが、
インターネットだ。
言葉の壁さえも、間もなく自動翻訳なるもの、音声認識のようなもので乗り越えるに違いない。
インターネットは、物理的な障害の壁をいとも簡単に乗り越えるものとなっている。
健常者と身体が不自由な人をも結びつけ、世代を超えた交流も
きっとこれから先は、乗り越えていくのだろう。
世界がインターネットで標準化されていくと
世界が同じような価値観で動くようになる。
が、一方、人間の生活認識範囲は、まだ明治の時代から物理的には変化がなくて、
世界という広さを認識する脳には至っていない。
世界が広がるに従って、反動のように地域社会や、同じ趣向を持つ人との
「閉じられた環境」に集合する意識も働く。
ナショナリズムも、SNSも。
だから、インターネットも、世界に通じる窓であるのと同時に、
同じ技術で、閉じられた(ID、パスワードで限定された)コミュニティーの成立も可能にする。
理屈っぽい文章になった。
今までのホームページの制作は、
特殊な技術が必要だったりしたから、「出来ない」人が「出来る人」に仕事を頼むという
構図でもって、商行為を成立させてきた。
仕事としては何も変わった構図なのではなく、
それは医者も弁護士も、そしてほとんどの旧来の仕事の構図は、この
「出来ない人」が「出来る人」に仕事を頼むという構図の中にある。
ホームページの仕事をして、今感じることは、
クライアントの皆さんが、(私の場合)
ホームページ制作が「出来ない」人なのではなく、時間さえあれば「出来る」スキルがある人たちであること。
または意欲がある人であるということ。
求められているのは、
ページ制作が、出来るか、出来ないかなのではなくて、
「何をのせるか」「何を載せないのか」というような、中身のディレクションに関してのこと。
強引に集約すると、
ホームページは、制作が出来るかどうかではなく、
何をホームページに掲載するか、どう活用するかということであり、
それぞれのクライアント様が持つ、「主張」をどのように反映させて、
どのような使い方をするのかという部分になってきている。
うちの屋号は、WithGrowthと命名して頂いた。
実際、僕が考案したのではなく、命名して頂いたもの。
〜トモに成長しよう、体験しよう〜という意味を込めて頂いた。
僕はwebに関して、何でもござれ、何でも出来ますよという才能と能力を持っている訳ではない。
ただ、一緒になって汗をかき、どうしたら一番の(現状の)最適解になるのか?
をトモに考えていきましょうという視点で事を進めるようにしている。
「主張」を際立たせるという仕事。
「手段」としてのインターネット、ホームページ。
これが僕にとってのチャレンジになる。
独りよがりのものではなく、様々な要素からなるものを、集約して、
必要な取捨選択をして、深め、あるいは、捨て去り
作り上げて、さらに成長させていくという、面倒なプロセスを経ている。
じゃんけんのグー、チョキ、パーのトライアングル関係のような、
あちらを立てれば、こちらが立たずの制約要素と
何が必要で、何がさらに重要なのかという判断。
毎日がその繰り返しの中で、結局僕が一番磨かれている。
仕事として、代金を頂いて、勉強もさせて頂けている。
ありがたいことです。
最後は、落語のようなオチもなく、
雑感のままに書いてしまったので、僕の主張は何か、漂ってしまって
感謝の文面になってしまったが、
そんな事を今日は感じたので、
ブログとしては、こんな感じで。
11月が始まりました。
今月もよろしくお願いいたします。
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