2010年9月8日水曜日

記録

このところ、思考がジェットコースターのように駆け巡る。
それは、今一度、何のために生きているのかと自問自答をして、その「ありたい」姿になるために、エネルギーを集中していこうと決意したからかもしれない。

生きていくにはお金が必要で、そのお金を得るには仕事を行うという構図。その構図が自分の中に、ずっとある意味制約として残っていて、思考の展開は、その制約の壁の存在と共に停止をする。

自分の生きている、生活している行為そのものが、「仕事」になることが最上だと思うようになったのは、つい最近のことだ。

先日、マクセルのCMに出ている津軽弥三郎節のおばさんの回をyoutubeで見た。
ゆるやかな衝撃を受けた。マクセルのCMは、「残したいものがある」というコンセプトで、毎回取材構成されていて、新留小学校篇などは涙腺がゆるんでしまう。
その津軽編は、僕の生まれ故郷である西津軽の話で、弥三郎節を継承する人がなく、おばさんのみがその唄の「正調」をうたえるとの話であったが、そのCM取材の数日後に、そのおばさんがお亡くなりになったという。

文化や伝統を守ろうという話は、正論でありかつみんながyesとうなづく話ではあるが、当事者として伝統を継承するということになると、話は変わる。現代では、たくさんの伝統が「失われていく」が、それをやむを得ないものとしていくには、大変残念だし、惜しい。しかし、それを守ろうとしたら、技術的にも、経済的にも、そして能力的にも、誰もが出来る話ではない。

伝統とは、守れる仕組みがあって、もしくは、生活に、仕事の中にその意思があってはじめて守れるかどうかという厳しさがあり、弱肉強食、あるいは生き残りの理論というような側面から、時間の流れと共に、それらの伝統が生き残る「強さ」があれば生き残り、生き残れないとなれば、それはある意味寿命のようなもので、致し方がないという意見に、賛同しかねるが、積極的に否定が出来ない自分がいる。

全く今までは、そんな伝統と無縁で生きてきた。
自分が当事者として守るべき、例えば、地域伝統のお祭りであったり、地域伝統芸能に関わるようなことはなかったし、僕のほうから、そのような環境に入ろうと意図したこともない。

ある意味傍観者として、つまり一般論として「伝統は大切にしたほうがいい」「伝統は守るべきだ」というような意見を述べていたにすぎない。

動植物の絶滅危惧種を守ろうという運動や、伝統を守ろうという運動に、現代に「生き残る」ための仕組み、つまり人が注目したり、人が集まるという仕組みというものが必要なんだと感じる。
伝統だから守りましょうというお題目は、少し現実的なアプローチではないと思われる。なぜなら、平たく言えば、人気のあるものは「生き残る」からだ。理由は人気があるから。

ホームページや商品企画の仕事をしていて、思うことは、新商品でも、自社のサービスでも、知っていただくこと、理解して頂く事を通じて集客や売上げを獲得するという流れの中にいて、伝統も、守るべきものも、知らない事となっていては何の術ももたない。

どうだろう。守りたい、継承したいことを取材していき、まずは記録すること、そして今の人々が興味を持つようなイベントにしていくとか、仕組みを考案することは出来ないだろうか?人気を得るという言葉を使うと、ある意味、保守的な感覚の方々からは、「魂を売る」ような感覚をもたらすかもしれない。人気を得たいがために、商業主義に走るというイメージで。

出来る限り正確に伝統ものを記録した上で、現代や後世にも人気を得て残っていくようにリニューアルする。今の段階で残っているものは、まず正確に記録する。そして検討をするのだ。

演劇のような形、映画としての記録、舞台芸術としてのスタイルで残す。とか写真展を行う、本やホームページにする。とか記録の手法や、リニューアルの手法は、ワークショップの形で議論をする。出来れば、そのプロセスも記録する。
いわゆるメイキングとしての記録も、残す。

とまあ、ここまで書いていて恐縮だが、僕が知らないだけで、日本各地には、志を持って、後世に伝統を残していくべく地道に活動されている方々が、ひょっとしたらたくさんおられるかもしれないが。

強引に意見を書くと、僕が知らないということ自体がすでに、知らない人々が多く存在しているということに、なる(のではるまいか)、まあこれは強引な意見として、つまり、伝統を残していくということについて、議論や手法などを行うことが重要ではないかと思うということ。

記録に残す。取材をする。世界を観ていく。
発表できる「場」を作り出す。

そんな活動を軸にするべく、アイディアを考案している。
というところ。

自分の意思、使命のようなものを通じて、生活出来ていくという世の中に、これからしたいし、なって欲しい。
と思う。とういうような感覚。
そんな思いの記録として。

2010年9月4日土曜日

LIFE

9月を迎えて、政治の世界では政権党が代表選挙をやるという。
政治は、冬に向けて、来年度の予算を議論するシーズン。
ニュースでは円高が話題となったりしている。

時代の閉塞感というもの。
本当にそれは閉塞感なのか、それとも閉塞感とアナウンスされていることによる社会の雰囲気なのか?

なぜ、閉塞感を打ち破れないのかという雑誌の特集が売れているらしい。
一見、原因究明のような感じを受けるが、テーマはそれで合っているのか?

課題について、何から手をつければいいかと悩む人々が、つまり、自分の視野から見えている課題の中から、議論となりにくい、波風の立ちにくいテーマをピックアップして、さもそれが難問のように表現をする。

問題はここにあり!という特集記事を読むと、一瞬、納得のあと、残尿感が残る。

特集記事の一説には、こう書かれていた。

現代社会は、19世紀、20世紀よりも「要素」が増えていて、そして関わる人々が増えているから、方程式の次元は格段に複雑になっている。複雑になっているが故に、1人の力では担当も出来ないから、守備範囲を決めて、分担をした。
守備範囲が固定されると、その守備範囲内での「慣習」が発生する。一度決められた役割には、仕事が振り分けられて、そしてそのうちに、役割担当が暇にならないように、新しい仕事が割り振りされていく。まずは、この役割分担の硬直化が問題。
そして、その役割分担の「維持」のために、たくさんの資料が作られる。

改革がなぜに難しいか?特集の解説が続く。

人は基本的に、他人から「さぼっている」とは見られたくない生き物であり、しかも、出来るだけ自分の労力としては「さぼりたい」生き物。自分がやっている仕事には、「重大な価値が存在している」という立場になりたい生き物。つまり、自分の存在価値は「ありますよ」という認識でありたいと思う生き物。

曰く、「あなたの担当していることは、無意味である」と正面から言われると、非常に抵抗する生き物。
曰く、「私の担当していることは、(あなたにはわからない)非常なる困難と、非常なるノウハウがあるんです」といいたい生き物。ここには、自分の存在意味という「他者から見られる評価」が基準となる「生き方」がある。社会を見ると、その「それぞれ」の立場が対立し、並立し、結びつき、まるで、糸がからむように交わっている。
だから、改革は難しいのだ。

一瞬、納得、そして残尿感。

特集は、こう結ばれる。

生き方という視点、ビジョンという視点。これが重要だし、今一番欠如しているもの。だからビジョンを示すべきだと。
これは大事!という認識は、多くの人が持ちつつある。だから、大事なのはわかるし、当然構築するべきもの。だが、そのビジョンの必要性をいくら訴えられても、具体的なビジョンを特集した記事をあまり見ない。問題の指摘ばかり。

ソフトバンクの孫社長が、300年ビジョンを出した。
youtubeでのコメントには、多くの「感想」が書かれているが、具体的なビジョンに対する批評は少ない。
僕自身は、IT革命が人々を幸せにする。と自動的に思ってはいない。IT革命で人々を幸せに「したい」という意図に共感する。決してIT革命自体は、幸せにつながるものとして生まれたものばかりではないと思っている。幸せにしたいという意図、そう使いたいという意思に、共感するが、実はもう一つ僕が感じていることがある。
今の会社、経営者、そして会社員、労働者という立場構図(もしくは組織構図)自体が変容するという見方をしているのだ。(これは別の機会に論じたい。)

ビジョンにテーマを戻す。
先日、youtubeで、面白い議論を見た。
景気対策、そして教育、そして国家の戦略として、国民全員が、2ヶ月間の「バカンス」が持てるように法整備をという提案の議論だ。当然、分散しての2ヶ月間のバカンス。

直接的には、観光産業がまず恩恵を受ける。そしてその人材やインフラの整備が求められる。
さらに、このバカンスを通じて、観光、レジャーだけでなく、例えば、何かの学習や、技術の習得に向かう人々もいるだろうし、集中して介護や、病気の療養に当てる人、普段は出来ないボランティアや、異業種、例えば農業体験なども実施出来るだろう。バカンスから生じる、波及効果、経済効果、人材育成教育の効果の試算が提示され、そしてバカンスから生じる、人々のライフスタイルの変化、仕事への取り組み、病気、特に精神疾患への波及効果に至るまでのスライドが続いたと記憶している。

実施する政策としては、シンプルな「2ヶ月間のバカンス」ではあるが、ビジョンとしては大きな提案と受け止めた。

今、日本に求められているのは、構造を改革するということ。
つまり、今まで変えにくかったものを変える。

今まで変えにくかった訳であるから、相当周到な計画が必要だ。
今までのがんばりで成果が出なかった訳だから、がんばるところを変えないといけない。

この2ヶ月間のバカンスの法整備の提案には、賛成意見が多いかと思いきや、現実には無理という意見が大勢を占めていた。一瞬、脳みそが巡る。現実には無理という理由が、全くおかしい。
ビジョンは、現実に無理という判断をするべきものであると判断されていることの構図が、おかしい。
もし提案が、現実に実施することが容易ならば、すでに出来ている。

今の課題の解決には、ビジョンが必要で、ビジョンを提案すると現実には無理という反応が出る。

論理的思考以前の問題だ。

こりゃ、革命でも起こさないと変わらない。か?

従来の道順では出来なかったことを変える。革命での思考。
19世紀ならば、解決に武力を行使したのだろう。国と国の戦争だけではなく、社会主義革命のような戦いも「武力」だ。

民主主義は、非常にコストのかかる統治の方法だ。
まず議論で、話し合いで物事を決める。決着は多数決であったり、する。その際、少数意見に対しての議論の余地を残す。
よって、民主主義スタイルで「革命」を起こすことは、人類にとって、まさに「革命的」なエネルギーが必要である。

論理的思考がもてはやされている。
論理的思考は、分析には向いているが、実は革命には多少向いていない。
ビジョンは、実は論理的思考だけでは、構築できない。
いわば、法螺(ほら)的要素が含まれるからだ。夢物語、そして空想の要素があるということだし、それがないビジョンは非常に乾燥した、無色透明のようなもので、人の心を捉える魅力に欠ける傾向にある。

そして、やっかいなことに、先に書いた、人は存在意義を否定されたくない生き物だということが、議論を水の泡にする。
現状の改革は否定から入る。否定されたくない立場の人が、否定を否定する。

こまった、囚人のジレンマ的、にっちもさっちもどうにも、こうにもブルドック状態。

では、民主主義スタイルで革命は絶望的なのか?
カリスマや、メッセージ力の強い、アジテーショナルな指導者が、いわば「煽動」する形でないと無理なのか?
教化では、革命は起きても、その先に「LIFE」はない。もしくは直結しない。
教育か?必要条件ではあるが、今や心もとない。

何のために存在し、生まれ、人生をどう「見る」のか?
そして、何を持って、生き様を「よし」とするのか?

人生を考えようというテーマ。
そしてここ最近、頭の中にある「大いに議論をしよう」というテーマ。

健康をテーマに話をすると、最近はこんな反応がかえってくる。
「健康で長生きをして、何するの?」

「え?」

バブル世代の私は、非常に困惑した。

僕たちの世代は、物欲で生きてこれた。車が欲しい。ギターが欲しい。酒が飲みたい。いい家に、いいマンションに住みたいし、パソコンは欲しいし、大画面のテレビも、全自動の洗濯機も、携帯電話も新機種が欲しい。
これで十分に「生きている」実感が持てた。

最近、仕事の話の打ち合わせをしたときに、先方の担当者が、こうぽつりと話をした。
「仕事に対しての情熱が持てない」

僕は、具体的な返答をしなかった。

「仕事に情熱が持てないならば、クライアントとして引き続き仕事できひんやん」という言葉を飲み込んだ。

最近、思い始めたことがある。
2年後には、一旦日本を離れようと思う。

世界は一体、どう動いているのか?
人々は、何を持って「生きている」のかを取材したい。世界の、それも、実際に生きている人々をじっくりと見てみたい。

僕自身は、50歳代に、人生として、一つ成果を出したいと思っていることがあり、その準備のための40歳代と、まあ最近になってだが、設計のようなものをつらつらと思い始めていた。

世界を見て、どのように社会に向けて関わるのかというものを含めて、ちょっと考えたいし行動したいと思うようになった。
世界を見て歩くための武器。もしくは名刺代わりのもの。フィールド。そんなものを構築したくなっている。

大きなテーマは「LIFE」

人々が何を考えて、どのように生きているのか?
もちろん、国や地域によって、そして宗教や様々な背景により、それは異なると思う。

生き方、教育、仕事、経済、思想、思考。

自ら書きながら、「えらいこと考えているな」という内なる声もする。
「お前、そんなテーマを扱える器とちゃうやろ」という声も聞こえる。
「世の中、社会に対して云々する前に、自分のフィールドさえ、うまく構築できてへんやないかい」

まさに「ぶっ飛んだ夢」ということかもしれないが、何か心の奥で突き動かされるものの卵がある。

僕にとって、何の才能がある訳でもないし、そして、よく雑誌のインタビュー記事に取り上げられる「ひとかどの人」にある悪戦苦闘の青春時代や社会人時代というほどの、武勇伝がある訳でもない。

多くの人に支えられて、多くの人からの「堪忍」を享受して生かされてきているような自分。

それは、どこか高校時代に感じていたことにつながっていて、「やらなかった、のか出来なかったのか」という自問自答に、かなり鋭角的に「やってみよう」と思い立った高校時代の感触につながっている。高校時代は、フィールドは(今から思えば箱庭のような)学校というフィールドだった。

LIFE

「人生は映画のようなもの」とはどこかの偉人の一言であったと思うが、この年になったのだから、ちょっと人生について、それは答えの出ない禅問答のような、テーマに入っていく年になるような、そんな雰囲気を感じながら、もうしばらく、自問自答を繰り返す日々の9月となる感じだ。

2010年8月31日火曜日

議論

ハーバード大学で白熱教室と呼ばれるサンデル教授が東大で講義を行ったとの報道を読む。
8月は、終戦記念日があり、日本の戦争と、その後の復興の足跡から、今を考えることがある。
最近の20代は草食と呼ばれて、物欲は抑制されていると聞く。

団塊の世代が企業生活を終えて続々と年金生活に入る。

高校のころ、学生運動の世代ではなく、全く世代は2つも違う僕らが、夏休みに「議論」をするキャンプを主催していたことがある。議題は、平和について、男女間で友情は成立するか、なぜ学ぶのか?など多岐にわたるが、議論は白熱した。

議論をすることが減っている気がする。
誰もが「答え」を求めたがるし、おりこうさんの「生徒」になりたがる。
物事には「答え」「正解」が存在し、その正解を身につけることが「正解」なのだろうか?

高校時代から、すでに20年以上も経過して、一応社会生活をしてきて思うこと、
それは「正解」がないことのほうが多いという実感。

なのに、日本の最近は、政治も、会社も「議論」をしない。もしくは「避けている」
「議論」は意見の対立を背景に、問題の本質の合意を求めて行うものではあるが、

その意見の対立が苦手になっている。

議論の方法のひとつに「賛成側」と「反対側」に意図的に分かれて、決められた立場から意見を述べるという手法がある。
一定時間を経過すると野球の攻守交代のように「賛成側」と「反対側」を交代し、やはりその立場から意見を述べる。
つまり、前半と対立する立場から、後半は意見を述べることになる。

ここには、「正解」か否かという視点はなく、テーマについて、深く思考するために、議論が存在する。

サンデル教授の本を今読んでいる。
正解が示されず、議論と思考を求められる読書は、確かに結構きつい。

なぜそう思うのか?その思いの根拠となる思想は何か?それは矛盾がないか?

一つのテーマだけを議論していると見えて来にくい、根拠と思想は、
複数の異なるテーマを論ずるうちに、根拠としている思想、背景が揺れてくることがある。
先ほどのテーマでは、Aという立場から論じていて、Bと言う視点はおかしいという指摘を論じていたにも関わらず、
次のテーマでは、Bという立場から論じているということが、本人の意識を越えて発生するのだ。

そこで、改めて、論じている本人も、思考を深めていくことになる。

高校の時の議論で体感したことは、僕自身が、本来当然好きだと思って(思い込んでいた)視点が、実は、表層的で、
矛盾を抱えていることを自己発見する「衝撃」だ。さらに、そこからその議論を通じて、あたらな視点(より深い視点、もしくはより本質的な視点)に出会ったときの「楽しさ」だった。

テーマ自体は、やはり高校生だから、幼稚ではあったかもしれないが、
その「知的興奮」のようなものは、社会生活を経験するうちに、置き忘れてきた感がある。

情報があふれてきて、そして大人になると自分自身の判断に自分自身で決着をつけるべきものではあるが、
知らないうちに「社会の正解」「会社の正解」を知り、それに従順であるもしくは、単に反発することという回路が出来てくる。

「議論が出来るイベントはできないか?」
議論を議論するのではなく、議論を体験することで得られる体験(エクスペリエンス)をイベントできないか?

20世紀の学生運動の回帰ではなく、そしてウェブで見られる書き込み、コメントのようなものではなく、
何かを決める会議ではなく、議論。テーマが次々を現れていく議論。

哲学や宗教観、人生観、仕事というもの。恋愛、環境、教育、生活。

議論を通じて、皆が考え、そしてその考えを深めていくような体験のイベントが出来ないかと思たりする。

生活、仕事、人生にとって、議論は大変面白い手法になりうる。

知的興奮を体感してみると、この知的興奮は、人間に与えられたものだと、なんとなく体感できる。

そして正解を求めることが、いかに安易かもわかる。

議論をイベントに組み立てできるようなプロデューサーがおられたら、一度お話を聞いてみたい。

2010年7月22日木曜日

全体を把握することは難しい

世界の情報に触れることが多くなった。(そんな機会をたくさん得ていることに感謝いたします。)

数々の「事業」のオーナーや自営業者さんや、そして大きな組織のリーダーの方々ともお話をする機会が多くなった。
世界を市場にしている方は、視点が、視野が広い。そして本質的な「流れ」をつかもうとされて全体像の把握力の話になることが増えた。

ホームページを制作する場合、多くの場合は、事業やサービス、商品、社員、事業の方向性など、基本的にプロジェクトの動きをすべて把握する必要に迫られることがある。僕自身の知識や経験だけでは、カバーしきれない場合(ほとんどがそうであるが)統計や白書的なものを調べたり、マーケットをリサーチしたり、場合によっては専門と呼ばれる方に取材をする必要に迫られる。

笑えない話がある。ホームページを担当していると、各部署の担当者がほかの部署の情報を、僕に訪ねてくることがある。
つまり、僕に(ホームページに)情報や集まっているからだ。
「そんなの直接聞きなさいよ」と思うが、これがそうも行かない。

実際のホームページに表現できる「公開情報」の下部に「水面下の情報」というものがある。
ホームページの制作には時間がかかるものが多い。
プログラムなどが加わると、準備過程から公開を目指して数ヶ月前から、順次制作打ち合わせに入ることが多い。

これは、いつも今までの仕事においても、感じてきたことだ。
特に商品企画やこれから作ろうとしているプロジェクトについては、水面下であるから、公開されることは少ないし、どちらかというと守秘義務をもとに情報が漏れないようにする手だてがはかられる。よって同じ企業内、組織内でも、ほかの部署には内密でことが進んでいる場合がある。

情報が分断される。分割されて動く。
だから全体を把握されて共有されていくことは、結構(非常に)難しい。

全体像を把握することは、プロジェクトや企業、組織を動かすときに重要になるテーマである。

ところがこれが一番やっかいだ。

必ずと言っていいほど、情報は分割されて担当分野に分かれていく。そのような手法が一般的だ。

そしてもう一つ全体像の把握を困難にさせるものがある。

これはコミュニケーションの問題だ。
全体像というものは、いろいろな要素が複合的に絡み合っている(関係し合っている)のが本来なので、全体像を把握するには、複雑な要素の関係性を解いていく必要に迫られるが、複雑な関係性をそのまま表現すると、本来複雑なものだから、論点が伝わりにくくなる。

論点が複雑になると、意見交換が難しくなるから、出来るだけシンプルに伝えようと、現実の複雑に入り乱れた要素を、シンプルに、最大公約数にまとめて伝える。
その最大公約数を聞いた人々は、本来、一旦そのシンプルな構成から、現実の複雑な要素を再構成して検討する構図が必要なはずだが、いつしか、そのシンプルな発信は、シンプルな反応しか得られなくなり、現実の要素がバラバラになって、全体像がぼやけてくる。理解しやすいようにシンプルにした時点で、本質から変質しているかもしれないという原則が無視されていく。

全体像がぼやけてくると、各要素ごとに、シンプルな反応が繰り返されて、いつしかその世界はバラバラに動くようになる。

この国は、複雑な要素を再構成する「力」を失って、企業も、行政も、人々はみな、「分割された要素」の中で溺れている。
誰も全体像を把握し得ない。難しい話は共感し得ない。

細かく分割された要素が、バラバラに相手を批判する。
シンプルな主張しか、理解、共感は得られない。こまったことに、おおよそ、シンプルにまとめられて分割されたものを、単純に寄せ集めても、それは全体にはならないことが多い。

これは現代だから起きている問題だと思う。

つまり、100年前ならば、分野に分割されても、分割される要素が少なかったんだと思うからだ。よって、100年前ならば、企業も社会生活も、要素がそんなに多くなかった。例えば家の中にある「モノ」も少なかったし、社会全体として「職業」も少なかったし、きっと病気の数も、そして起きる事故の種類も、問題、課題の数も、現代は実に加速度的に要素の数が増えているのだ。

そんな変化の量と、スピードが分割して考えることのキャパを超えたのだと思われるが、手法としては依然として、例えば行政ならば縦割りの分割のままだし、医療の診療も同じく分割された「◎◎科」(総合診療科なるものも登場しているらしいが)、農業も、企業も、分野を分割して、人々は分割された要素の中の一つを担当させられて、ほかの要素はわからなくなっていく。

複雑な全体像を、今は理解できないが、なんとか理解し得るために「汗をかく」ことが評価されない。

全体像は本来、要素が入り乱れるから、複雑で、瞬時に理解できない訳だから、すぐに理解できないことが存在していていい。あるいは、すぐに理解できるような「レベル」のものは、実は非常に軽いものである可能性さえある。

むろん「正解」などはあり得ない訳だから、世界観、全体像の把握力、分解力、のようなものが育成されないければならない。

ここに一つの僕の論点がある。

時代は、「スピード」を求めているが、時間をかけて検討することの評価が少し世間と僕とのずれを感じるのだ。
もちろん、じっくり100%では、物事は逆に進まない。
しかしスピード100%でも、拙速と幼稚なる現実と向き合うことになる場合も出てくる。

本物は時間をかけて推敲されて、練られていく。(のだと思う)
特にプロジェクトや組織体での物事の動きの構築には、必要な時間というものがある。


時間をかけて理解する。読み解こうともがく、あるいは推測しようと試みる。
時代のスピード感が上昇して、ある一定を超えていく感がある。
時代が、早すぎる。のかもしれない。
だから複雑な全体像を把握する、じっくり腰を据えて思索するということが、時代遅れになったのかもしれないが。

しかし全体像やビジョン、コンセプト、目的のたぐいのものは、繰り返し時間というものの栄養を得た上で、太く大きな幹になるものなんだとも思うが、結局は、そうかたりながら、時間とスピードに(期限に)追われて、いく現実。

残るは、時間とも戦い、脳みそが汗を書くまで考え続ける歩みを止めないということになる訳であるが。。。

2010年7月20日火曜日

サイズ

龍馬伝を見ている。幕末とはどんな時代だったのかを、龍馬を透かして見る。
狭く地政学的に、国境が自然と定められたように成立した日本。
そして当時の藩には、従うべき幕府という「お上」だけに焦点を当てていればよかった時代が続いたあと、外国という、幕府以外のものに焦点があたったときに、人々は、困惑したに違いない。

人は、従うべきものが明確で、かつ唯一のもののとき、安心して従う傾向にある。
ところが、それが複数現れたとき、従うべきか、自分はどう思うのか、ほかのものはどうなのか、と一様に困惑する。

支配とその支配から派生する秩序は、一定の範囲において人を安定状態におくことが出来る。
その秩序が乱れていると判断された場合、その支配と秩序は螺旋状に下降に向かい、そしてその下降を押しとどめようとする反作用のエネルギーと、あいまみえて渦のような、振り子のような情勢を作り出す。

幕末はそんな様相と見えた。そして現在も。

「国」「国家」という概念が、今後も存続しうるかどうかは、僕にはわからない。わからないという感覚は、つまり、存続し得ない可能性を感じるということを含む。

幕末、黒船来航があるが、一つの支配構造から、ほかの圧力がかかり、その支配階層が揺れているという認識が、非常に幕末のそれぞれの動きに影響を与えていて、結局その文脈から発生するエネルギーの集結が明治維新ということも言える。

注目するべきは、黒船来航自体は、実は単なる「引き金」の事象で、幕末に残された文献を見ると、その黒船来航に対しての幕府の反応の「揺らぎ感」「動揺感」が、人々に不安を与えたということが注目される。

組織やグループにおいて置き換えるとわかりやすい。
いかなるときも、リーダーが一つの指針を明確に打ち出し続けると、結果として、その組織が敗北や崩壊に至るとしても、組織の構成員からの「動揺」は少ない。
(ここで、リーダーが「動揺」すると、反作用で、「どないかしないといけない」という改革の旗手が登場する土壌を作り、その組織は、ある意味、再活性化するという可能性があるが、結果論としていいか悪いかは別にして、リーダーの動揺がない組織においての秩序は一定のレベルに保たれるという)


幕末の人気と、今の世相が似ているが、
実は、一つの支配構造から、ほかの圧力がかかり(までは似ている)が、次の段階、その支配階層が「揺れている」感が、今の日本には実感覚として希薄の感じを受ける。

つまり、なんとなく統治され、なんとなく統治能力が低下している様相。
つまり、なんとなく、カエルがゆでられている状況。


この現象は、今の日本にとって結果論として「いい」のか「悪い」のか?

破滅思考のよな感じの思いがよぎる。

いっそのこと、治安がもっと悪化して、明らかにリーダー不在の様相ならば、世の中は変化するのではないか?

非常に危険な思考ではある。
かのカルト宗教の主張の一端にも似ている。
歴史には、同様な思考が、現実になっている記録が山とある。

深刻なリーダー不在でしか、変革は生まれないのか?

不安定なビジョンの欠如から派生する、秩序崩壊からしか、未来は構築できないのか?

変革のテーマになると、必ず登場する意見がある。

「何かを変えないといけないが、何から手をつけていいかわからない。」
「自分ひとりが声をあげたところで、結局何も変化しない感覚。」
ということは、組織論的にいうならば、国家や人口、規模が、でかすぎるということになる。
人民にとって、コントロールできない規模ということだ。

もし、日本という国が、組織として大きいならば、
分割して、コントロールできる規模に組み替えない限り、変わらない。


地方分権が叫ばれる。日本という「国体」が揺らぐ。

「適切に変化成長できる「サイズ」は、そこに関わる人の能力に依存する」(組織論の公式)

関係するサイズ、温度が体感できるサイズ、自分の力が影響するサイズ。

サイズの規定が、一つのテーマになり得ると思うが、誰か研究しているのかなあ。