2009年11月14日土曜日

こまどり姉妹とポールポッツ

これは、もう一年以上も前に、
あのポールポッツという歌手が、イギリスのコンテスト番組に出た初回の模様。動画を紹介してもらって、ビックリしたし、感動もした。一年以上も前で、おそらく、このコンテストのグランドチャンピオン大会前の時だった。

今では世界ツアーもしているポールポッツであるが、チャンスを手にして、最近のインタビューで話をしていた。私が歌手として今こうして皆さんの前でうたえることは、とても幸せなことです。チャンスが巡り来るまでの私は、本当に、何も希望がなく、本当に夢をあきらめて生きていました。この初回のコンテストの僕の順番の前、私は怖くて、逃げ出そうとしていて、あと5秒も呼出しが遅ければ、棄権をして家に帰っていたところだったのです。

チャンスを求めて、ひたすら努力する人はすばらしいし、

こうして、まるで運命のように、そして爪の先ほどのわずかなきっかけから人生が転がることがある。
出会いや人生は、摩訶不思議な「何か」があって、それぞれに、オリジナルな人生ストーリーが展開するんだなあ。

久しぶりに、この動画を見て、そしてこの動画の時には、未来であった今から

ちょっと振り返ってみたら、当時の感動とトモに、何か、ヒントを得たような気がする。

それは、その時間その時間を一生懸命に生きるということかなと。




なぜにポールポッツを思い出したのかといえば、
おとといに「こまどり姉妹」の映画を見て来たからだ。
新宿だけで単館上映されている「こまどり姉妹がやってきた!ヤアヤアヤア」という1時間15分の映画。

ちょっとココロの奥が響いた。

だってこまどり姉妹って、この2人の人生って、
昭和の時代って、凄いんだもの。

「歌が好きで歌手になった訳ではありません」から始まるこまどり姉妹の壮絶なドラマ。

こまどり姉妹がやってきた映画公式サイト

歌手ではないのに、歌が好きで好きで、というポールポッツ。

対照的なような、

どこか、そう人生の展開という意味では、
何か同じもの、表に出て来ているドラマは全く異なるが、
何か、

人生ってこうなんだろうなと感じるもの。

そうなんだろうなって感じるものが、共通している気がした。

2009年11月8日日曜日

コミュニケーション談

ブログにものを書く(アウトプット)ということは、
思考を一つの流れにする体操のようなものだと書いてあった。

文字の情報は、狭い。だから、一つの方向性、筋書き、ストーリーの中において制約をうける。
例えば、同時多発的なものごとを文字で、同時に書くことはできない。

この文字の制約性が、逆に、異なる顔を持つ人々に、「共通認識」を加えていくことを可能にする。

人は、文字を受け取り、自分の中にある体験値や知識に照らし合わせて、置き換えて解釈をする。
同じ文字でも、例えば「青」とだけ聞いて、解釈を集めると「空」「海」「憂鬱」と解釈は別れていくが、前後に説明文がつくと、やがて一つの認識に集約されていく。

映像は、情報量が多い。したがって同じ映画を見ても、それぞれの体験値や知識に置き換えられたときに、解釈の「幅」が出来る。よって、映像の方が、たくさんの情報を与えられるが故に、たくさんの解釈が発生することになる。

文字の制約性が必要な場合は、解釈や認識を共有させたいとき。

イメージや解釈を、広げていきたいときにはイラスト、写真、図解、映像と情報量を増やしていく。

ホームページは、文字の情報も、イラストや写真も、そして現在では動画も情報として掲載するコトが出来る。

制作する側としては、これらの媒体を有効に分解して、意図する伝え方に組み立てるという作業が必要な場合がある。

「必要な場合」とは、そうでない場合もあるからだ。

同じ文字としても、解説文か、詩的なものかによって受け取る背景が変化する。
キャッチフレーズも、効果的なキャッチコピーの作り方というノウハウが氾濫するように、大切なファクターであるが、人のココロをつかむキャッチコピーが、すべてのサイトに必要な訳ではない。キャッチコピーなく、写真やイラストだけの方が世界観が伝わる場合などがそうだ。

コミュニケーションというものは、
昔はもっと直線的であったかもしれない。

生活様式や習慣、何をよしとするかの道徳観のようなものが、一つの枠にあったから、
それを前提にして、残りをコミュニケーションすればいいからだ。

今は価値観が多様化してきて、説明する内容に階層が出来ている。

価値観が多様化するということは、前提となる「これよい」「これいまいち」という価値観のベース自体が異なることになるから、説明が階層化する。前提となるものの解説を加えて、「このような価値観をベースに言うのであれば」と次の論理の展開に入らないといけない。

めんどくさい。

コミュニケーションが希薄になってきているということは、実は能力が落ちてきたのではなく、説明する範囲が広がってしまって、コミュニケーションが長くなるということなのかもしれない。

だから、よく落語のオチが笑えないのは、生活背景の理解がないからやから、本題に入るまえに、
「えー江戸時代というものは、大変のんびりしておりまして、長屋での生活というものは、こんな感じで、隣との壁は板一枚、音も何もが筒抜けというところがありました。・・・そんな長屋でのお話です」と説明を入れないと、隣から釘が出てきて、お仏壇のおくから釘が打ち抜かれている」という落語を笑えない。

つまり。

コミュニケーションは、手順が増えているから、相対的に、コミュニケーション力が落ちているということ。

伝えたい情報を分解して。

小学生向け、中学生向け、高校生向けと階層化していく必要があり、
生活背景や、生き方の道徳観、価値観の前提条件をふまえたものを用意するとか、
漫画や図解、イラストをはさむとか。

コミュニケーションって、やはり、同じような価値観の中が一番伝わるのですが、違う価値観の人に、コミュニケーションができるノウハウが・・・いきなり飛ぶけれども、世界の平和にさえ繋がっているのではないかしらと。

あと、
価値観が違うということを認めた上で、コミュニケーションするときに必要になる土台は、「基本」なんだとふと思った。基本とは、ぶっ飛びついでに世界で言うと、「私たちは地球に住んでいて、地球は美しくあるほうがいい」とか世界観の広さだろうし、それらを「おおきな前提」というならば、「人間は皆豊かになりたい」「自由になりたい」と思っているというようなある種普遍的な、本質的な価値観を土台にしてコミュニケーションをしたほうが、わかりやすい。

つまり、そんな大きなことをテーマにしてるのではないのですが、でもね、まずもって、人間たるもの、○○○○であるでしょ。で、あるなならば、という流れのコミュニケーションが、一番伝わるということになる。

まあ、めんどくさいね。

でも、めんどくさいけれども、そのほうが伝わっていくのであれば、その方が効率的とも言える。

コミュニケーションって深いようで、案外と「基本」「本質」から照らしてみたら、ヒントはたくさんあるかもしれない。

伝わること

いろいろな企画が、ちょうど企画構成段階が重なって苦闘中。

ホームページを使って何かを表現する、お知らせするという仕事を通じて

いつもおもうこと は、
伝えるってことは、結局その人やモノ、サービス、商品が持っている
本質が「伝わっていく」ということ。

特にマーケットに向けての企画の時には、
こちらにある商品やサービスが、いかに魅力的で価値あるものであるかを
伝えようとするあまりに、小手先の、見れくれの、そして刺激のある
新鮮な、吸引力のある「何か」を探したくなることが、、、
そして、手法的なものに偏ることがある。



昔から、販売促進に携わって、もう20年以上になる。
最初は、お店の販促、セール企画、チラシやDMや、キャンペーンや展示会の企画
テレビCMや、番組制作と経験をした。

そこから、オリジナルの商品企画にも立ち入るようになって、
企画から営業支援、ついにはセールスの人材教育や、店舗のオペレーションまで
担当しないといけなくなった。人員の頭数がいなかったから、何から何までしなくては
間に合わなかったからだが、先輩やノウハウは何もなかったから、
図書館にある、セールスから、心理学、労務管理まであらゆる種類の本を読むしかなかった。

東京にセミナーがあると聞けば、休日を返上して参加した。
とにかく、「何」を「どうすれば」効果が出るのかを知りたかった。

やがて、一つの課題に出くわした。

それは、とある本に出ていた、
「販促は麻薬である。次次に新しい刺激を与えないと飽きられる」という
一説だった。

顧客満足の追求というテーマを、自分なりに一つのものにまとめたことがある。
ワープロにして200ページを超える大作だった。

顧客満足や仕事、営業、利益を追求すると、
必ず「何のために、それを全力で行っているのか」というテーマにぶつかる。
それは、「何のために生きているのか」「そのお店や商品、ひいては自分の存在理由は何か」ということにぶつかる。

それは、当時20代後半であった僕にとっては、非常に難問だった。

そこから、哲学、企業哲学、病理学、マルクスからケインズなどの経済学理論と
今から見ても、異常なほど本を読みあさったが、

結局、どこにも答えを見つけることは、当時出来なかった。。。

今も、効果的な自分なりの答え、

「何のために存在し、どう生きようとしているのか」の自問自答は続いている。



さて、ホームページの企画であるが、
実は、僕はクライアント様から最近、言われることがある。
「ホームページの制作の技術が欲しいのではなく、
コンセプトや伝えること、何をどのようなワークフレームで考えたらいいのか?
それを一緒に考えて頂けそうなので、発注しました」ということだ。

制作者としては、「技術の評価は?」という思いもかすめるが、
今までの僕の試行錯誤、苦しみが、
もしかして、お役に立つようなことに繋がっているのではないかということを
思うようになってきた。

限られた予算、限られた時間、限られた人員、
「制約条件」の厳しい中に、

何かの変化や、何かのメッセージを込めたい、これを届けたいという「思い」

成果を、つまり数字を求められ、そして、結果は現実を冷静に伝える。
「伝えようとしている事」と、「伝わってしまっている」コト

このずれとの戦いが続く。




突然だか、ボンジョビの新曲が発売される。
何かのメッセージを直球で伝える感じが、ボンジョビらしい。

もちろん、マーケットへの分析やシュミレーションはスタッフによって繰り返される
世界的な音楽マーケットだが、

歌のメッセージが

人の「勇気」の背中を押すことがある。

yahooのニュースから抜粋〜
『ザ・サークル』からの新曲「ウィー・ワーント・ボーン・トゥ・フォロー」のPVは、オバマ大統領も登場していることも大きな話題となっているもの。この曲は「金融危機等に端を発した世界的に苦しい時代において、ただ嘆くばかりでなく自ら立ち上がりポジティヴに動いていこう、そうすることで変化は必ず訪れる」というボン・ジョヴィの強いメッセージが発せられている楽曲。新曲のPVにはオバマ大統領の他に、ベルリンの壁の崩壊、スペース・シャトル打ち上げ、ダイアナ妃のボランティア活動、環境問題を訴えるあるゴア、真冬のハドソン河に着陸した飛行機など、変化をもたらす為に自ら動いた人や場面などが中心に編集されている。〜

ボンジョビ「ウィー・ワーント・ボーン・トゥ・フォロー」you tube
ユニバーサルミュージックの公式チャネルだから、埋め込みは禁止になってますね。

さて、もう少し作業を。