これおもしろい!
人生の時間
僕の場合、生まれてから366,311時間が経過。
寝る前にぼんやりとながめそう・・・
日々の感想やアイディアのヒントを記録するためのブログ。あるいは作品の草稿やテーマの整理。全く個人的な記録も含めて、今生きている存在証明の一部。編集しながら校正をして文章を改廃していくことも。
2009年11月19日木曜日
2009年11月15日日曜日
第2思春期
なにかyou tube貼付けに凝ってきた感があるが(苦笑)
僕にとって、渡辺美里さんは特別存在で、僕の若かりし頃の魂を何度も救ってもらった。今でも、好きな歌手のリストには、別枠特別推薦の席に渡辺美里さんは登場する。
何がココロに突き刺さるのか?
一生懸命生きていくと、誰のココロも傷つけずにいることは不可能。
その傷をつけてしまったという記憶が自分のココロを責めることになるが、
それが意識してない場面で、自分の意識の範囲外で起きると、そして後からそれを知ると
本当に自分のココロをメンテナンスすることが難しくなる。
そんな時やら、こんなとき、美里さんの声に
癒され、励まされ、そして勇気をもらって歩いてきている。
当時19〜20歳で、この曲を書いたみさっちゃんの感受性とか、世界観とかの衝撃は、結構なものだった。歌で言われれば、「そうそう!」と理解が出来ることでも、それを言葉にして発信することの難しさを身にしみていたころ。なんとこんな感情を歌にする才能に驚いたし、まともに影響された訳ではないが、サルトルやヘルマンヘッセや、ロマンロランの著作を読み、それを語った。
高校時代の美術の先生がジャズ愛好家であり、学生運動の時代の燃え残り(先生失礼!)のような反体制の価値観について語り合ったりした。
1994西武球場での美里さんのLovin youは当時会場で聴いた。
ちょうどその動画がアップされていた。
フルコーラスはこちら(苦笑)
で、
第2思春期の話を聞いたことがある。
40代は、一通りの人生経験をしてきて、生きるということや使命や、存在意義について、もう一度考える思春期が来るという説であるらしい。会社を辞めたり、農業の世界に入ったり、僕のまわりでは、精神的なダメージの中、通院をしたり、親の介護に、そして子育てに、さらにリストラされたり、リストラを進める立場だったり、そして家庭を一回解散したりと、それぞれに一通りの事件を通過している。
長年、ライブ活動をしてきた友人が、今月最後のライブ(かもしれない)をする。
長年、一流と言われる会社で、営業成績を伸ばし続けて役職に辿り着き、そして今、リストラを推進する役割を持って、体調を崩して、通院している友人がいる。彼には、家庭以外に愛がある。
教職に努めて、学校崩壊に立ち向かい、ついには自分の精神を崩壊させてしまって、田舎暮らしに転じた友人からメールが届く。
親との関係、家族、夫婦のありかた、仕事、お金、仲間、健康、競争、世界、矛盾、理想と現実、愛を見失い、そして自分の存在を自問自答している姿。。。
僕は、20代の頃が今までの人生で一番がむしゃらだったし、一番人を傷つけたし、自分も不安定でうろうろしていた。でも人生や生きることに対しての情熱や意思は一番、尖っていたし、もっともっと色んな意味で「わがまま」だった。当時は「タイフーン」と呼ばれていて、波風を立てるのはおかまい無し。
僕はこう思う!という主張を重ねて、大騒ぎな事件も巻き起こしたりした。(もちろん法には触れてはいないが)
自分の人生にとって自分なりのルールを作ろうとあがいていた。
何事にも怒っていたし、何事の理不尽さにも対抗をして、そして反抗をしていた。
ロックは死んだのかと叫び、そして権力や既成概念と戦った。青臭いことを誇りにしていたし、そして「死んでるみたいに生きたくない」と毎晩ノートに文字を綴った。
自分の中で「挫折」と「敗北感」を抱えた30代を通過して、なんとかそれを
周囲の人との関わりの中で、自分なりに解消しながら、
今40代に入って、今年の感覚は、また20代の頃の感覚がよみがえってきている感覚。
人生の中で、何かの「波」のようなものがあるならば、もういちど「がむしゃら」に毎日を生きるということが、何かメッセージのように降りて来ているこのごろ。
とにかく、まあ、何もまとまりもない文字列になったが、今日は渡辺美里さんの曲で、少し夜更かし。
仕事の事務処理もかねて(苦笑)
僕にとって、渡辺美里さんは特別存在で、僕の若かりし頃の魂を何度も救ってもらった。今でも、好きな歌手のリストには、別枠特別推薦の席に渡辺美里さんは登場する。
何がココロに突き刺さるのか?
一生懸命生きていくと、誰のココロも傷つけずにいることは不可能。
その傷をつけてしまったという記憶が自分のココロを責めることになるが、
それが意識してない場面で、自分の意識の範囲外で起きると、そして後からそれを知ると
本当に自分のココロをメンテナンスすることが難しくなる。
そんな時やら、こんなとき、美里さんの声に
癒され、励まされ、そして勇気をもらって歩いてきている。
当時19〜20歳で、この曲を書いたみさっちゃんの感受性とか、世界観とかの衝撃は、結構なものだった。歌で言われれば、「そうそう!」と理解が出来ることでも、それを言葉にして発信することの難しさを身にしみていたころ。なんとこんな感情を歌にする才能に驚いたし、まともに影響された訳ではないが、サルトルやヘルマンヘッセや、ロマンロランの著作を読み、それを語った。
高校時代の美術の先生がジャズ愛好家であり、学生運動の時代の燃え残り(先生失礼!)のような反体制の価値観について語り合ったりした。
1994西武球場での美里さんのLovin youは当時会場で聴いた。
ちょうどその動画がアップされていた。
フルコーラスはこちら(苦笑)
で、
第2思春期の話を聞いたことがある。
40代は、一通りの人生経験をしてきて、生きるということや使命や、存在意義について、もう一度考える思春期が来るという説であるらしい。会社を辞めたり、農業の世界に入ったり、僕のまわりでは、精神的なダメージの中、通院をしたり、親の介護に、そして子育てに、さらにリストラされたり、リストラを進める立場だったり、そして家庭を一回解散したりと、それぞれに一通りの事件を通過している。
長年、ライブ活動をしてきた友人が、今月最後のライブ(かもしれない)をする。
長年、一流と言われる会社で、営業成績を伸ばし続けて役職に辿り着き、そして今、リストラを推進する役割を持って、体調を崩して、通院している友人がいる。彼には、家庭以外に愛がある。
教職に努めて、学校崩壊に立ち向かい、ついには自分の精神を崩壊させてしまって、田舎暮らしに転じた友人からメールが届く。
親との関係、家族、夫婦のありかた、仕事、お金、仲間、健康、競争、世界、矛盾、理想と現実、愛を見失い、そして自分の存在を自問自答している姿。。。
僕は、20代の頃が今までの人生で一番がむしゃらだったし、一番人を傷つけたし、自分も不安定でうろうろしていた。でも人生や生きることに対しての情熱や意思は一番、尖っていたし、もっともっと色んな意味で「わがまま」だった。当時は「タイフーン」と呼ばれていて、波風を立てるのはおかまい無し。
僕はこう思う!という主張を重ねて、大騒ぎな事件も巻き起こしたりした。(もちろん法には触れてはいないが)
自分の人生にとって自分なりのルールを作ろうとあがいていた。
何事にも怒っていたし、何事の理不尽さにも対抗をして、そして反抗をしていた。
ロックは死んだのかと叫び、そして権力や既成概念と戦った。青臭いことを誇りにしていたし、そして「死んでるみたいに生きたくない」と毎晩ノートに文字を綴った。
自分の中で「挫折」と「敗北感」を抱えた30代を通過して、なんとかそれを
周囲の人との関わりの中で、自分なりに解消しながら、
今40代に入って、今年の感覚は、また20代の頃の感覚がよみがえってきている感覚。
人生の中で、何かの「波」のようなものがあるならば、もういちど「がむしゃら」に毎日を生きるということが、何かメッセージのように降りて来ているこのごろ。
とにかく、まあ、何もまとまりもない文字列になったが、今日は渡辺美里さんの曲で、少し夜更かし。
仕事の事務処理もかねて(苦笑)
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