2009年10月30日金曜日

映画雑感

最近日本の映画がおもしろくなってきている感じがする。

昔は一年に400本以上の映画を見ている時期があった。ちょうど企画関係、販促関係をしている頃。
イラン映画や中国映画、ベトナムの映画、
今から10数年前だから、まだ一般的にアジアの映画はメジャーではなかった頃。
日本の単館上映ものも、こまめに見て歩いた。

最初は企画で、何かのヒントになるんじゃないのかと下心満載、仕事気分で鑑賞していたが、


映画って、おとぎ話のような非日常
なのに、日常の中で感じていて、ココロの奥や片隅にひっかかっている
日常感情に、ことんとひっかかり、音を立てていく。

映画を作る人って、とても芸術家だと思う反面、一つのシーンに切り取られた
日常の感情が、何かをさわる。

隠してきた感情だったり、無くしたと思い込んでいた感情だったり、
そして観賞後は、ずいぶんと時間の感覚がおかしくなってしまっていることもある。


どの映画が一番でしたか?という質問は、

仕事をしているときの枕の話題でよく出てくる。
仕事の打ち合わせは、本題に入るまでにいろんな世間話をする訳だけれど、
それはクライアント担当の方との間合いをはかったり、何かの共通点を探してみたりという
時間でもあって、そこでの会話のセンスが、実は仕事を決めていたりする。

音楽、映画、本、
「いやーこの前、ある映画を見てきましてね。まだご覧になってないなら、ネタバレになると
申し訳ないですから、内容は言わないことにしますが」とただいま上映中の話題を持ち出すのは
野暮であると教えられたことがある。

映画の話題は、確実に上映が終わっているものにして、その映画を
「今でも記憶に残る映画があってね、数年前になるけれど・・」
と語り出すのが、一番だと、ノウハウチックなことを教えられた記憶がある。

話題の軸がただよった。
当時の日本の映画は、ちょうど斜陽産業の中核的存在で、
ヒット作品といえば、ほとんどがハリウッド映画だった。
一つのエンターテーメントとしてのハリウッド映画は、それで結構気分爽快なものではあるが、

非日常のスクリーンに、日常で感じていた、あるいは置き忘れていた感情の何かを
ことんと触るような感覚になりにくく、当時の僕は苦手だった。

僕はよく泣く。泣くに至るために映画を見ているといってもいい。
仲間うちでは僕が泣くことは、常識的になっていて、仲間とともにテレビを見ていても、
コマーシャルで、そうわずか15秒のコマーシャルの間に、感情の何かにことんと触るものさえ
一瞬登場するだけで、涙腺の開放は始まってしまう。

それを目撃した人は一様に、
「えーーー、今泣くとこあったあ?」と笑い出すのが常ではあるが、
僕は平然と
「いい話、いいシーンやったなあ」と涙を拭うのである。

で、最近の日本映画が素晴らしい。
僕は映画産業というものが、日本や韓国やアジアの国にとって、非常に
魅力ある産業になると予感していた。
それは数十年前にも感じたことがあって、その理由は、いろいろあるが、
日本や中国、韓国の文学というものが、人間の感情を中心にした
情や勇気や、愛や苦しみや孤独のような細かい描写のものだったからで、
娯楽ではなく、芸術としての文化的な素養がハリウッドとは異なる領域で成立しえると本気に
考えていた。

僕は映画について、映画産業について、何も知らないが、
お金のかけ方や、産業としての流通、配給の仕組み、俳優と監督との関係性や
プロデュースなどのものづくりの手法なるものも全く素人な中、
いち観客としての立場から、映画のジャンルはいろいろあるけれど
感情の何かを触るようなものを感じるお客様を持つアジアの素養のようなものを
何かなんとかできないものなのかなあと、その数十年前に感じていた。

また、お客様が芸人を育てていくような、
そんな文化がもっと成熟したらということも感じていた。
お客様を「対象者」として、みる構図ではなく、
制作者もお客様も同じような立場で、映画を育てているという感覚。
つまり、積極的に映画を劇場に見に行くという文化。
それで映画産業が育ち、その恩恵を観客が得られるのであれば、
送り手とお客様という対立軸としてのマーケッティングという構図だけではなくて、
何か、「我々」という構図って必要ではないかと。
(このあたりは別のテーマで書いてみたいなと)


だから最近の韓国映画ブームやここ近年の日本映画のヒットは
凄くいい感じ思う。

いいな。
大きなスクリーンで見たくなるよな。

僕の中にある原風景は、部活が放送部であったこともあるし、
高校時代の文化祭やバンドの活動や、はたまたキャンプや討論会のようなもののイベントにある。
あの高揚した雰囲気や、ものづくりの試行錯誤のシーンは
僕のココロにしっかりと「よきもの」として残り、仕事をして社会に出てからも、
そんなシーン、そんな舞台を夢想しているときがある。

夢は、自分が作品を書いて、それが原作で、
自分は舞台を作り演劇で、同じ原作でラジオドラマを、そして、その時に一番波長のあう
監督さん、脚本さん、スタッフでチームをこしらえて、映画を
そんな作品を

死ぬまでに一本作りたい。

なあ。

この秋、たくさんの映画を見たいと思う。
スケジュール的に見に行けるかどうかは皆目検討がつかないが、
予告トレーラーを見ただけで、これも、あれも見たいというものが
目白押しだ。

・「沈まぬ太陽」
これは絶対に見逃せない!映画だから、映画でないと。
・「クヒオ大佐」
本当にあったらしい結婚詐欺師の話だけれど、堺さんの演技を見ておかないと。
・「ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜」
松たか子だから。太宰だから。そして浅野君だから。
・「さまよう刃」
東野原作で涙したから。
・「僕の初恋をキミに捧ぐ」
井上さんがかわいいから。
・「無防備」
再生の物語ということだから
・「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」
これは日本映画ではないが、やはり僕らの時代のスーパースターだ!
・「サイドウェイズ」
生瀬と小日向さん、鈴木京香と菊池さん、この組み合わせは見ないといかんやろ
・「ゼロの焦点」
松本清張原作、これで映画化は何回目かな?広末さんも最近凄いんと違う?
・「笑う警官」
大森南朋、ここばらく社会派傾向か。
・「宇宙戦艦ヤマト・復活篇」
これは見逃せない!古代進と森雪の子どもが登場
・「サヨナライツカ」
ミポリンを見ない訳にはいかない。
・「おとうと」
つるべの俳優ぶりと吉永小百合さんのシーンは目撃しておくべきと
・「ACACIA」
我がココロの師匠、アントニオ猪木を見ないと後悔しそうだ。辻さんの監督さばきも。

こんだけ見れるか?
映画は映画館でやっている。(これからやる)
あとは、上映時間とスケジュールの問題やな。

スクリーンで見ないと、ちょっといかんよなあ。
後でDVDで、という誘惑に対する答えは、
スクリーンの大きさとあの音が自宅で再現できない現状。

ホームシアターが欲しい。。。

というか、シアターのスペースがある自宅が先か(苦笑)

とにかく映画が活気があることは、
この上なく幸せなこと。

映画を製作するって、とても多くの人の魂が込められていて、
それを配給、公開できるということも、資金的、人的、その他もろもろの
たくさんのかかわり合いがあって初めて、僕らが体験できること。
こんな映画を作ってくれて、公開してくれてありがとう!という気持ちを忘れずにいたいな。

日本映画、頑張れ!
ハリウッドは、ハリウッドで、ハリウッドらしいものを作ってね。
(でも、最近の経済事情では、なかなか厳しいのかもしれないけれど、
そこはやはりハリウッドのスケールはオンリーワンなのだろうし)

2009年10月28日水曜日

セルフチョイスが、ベストなチョイス?

世の中についてを考えたり、人生について考えたりする時間は、
案外日常にはなくて、旅に出たときや、
ちょいと調子がくるって、壁に当たったときに、
そんなことを考える。

で、考えても仕方がないと思いながら、
はやりちょっと考える。

で、結論的には、いつも結局

開き直って、頑張るしか無い!という答え。
(最初から開き直っておけばいいのに)

さて、突然だか、音楽についての一考察をしてみたくなった。
昭和の歌謡曲全集をこの間聞いていた。
なんとバラエティにとんだ豊かな時代だったのかと思ったが、
今でも結構たくさんのジャンルに別れているが、音楽の楽曲は存在している。

昭和が何故にあんなに豊かであったか、
それはやはり、音楽が一つの娯楽の一ジャンルとしてくくられていて
例えばテレビ番組も音楽番組があって、そこで、自分の好きなジャンルだけでなく、
いわば強制的に、いろんな歌手の唄を聞かされていたから、

なのではないだろうか?

つまり、自分の趣味趣向以外のものに触れる
ステレオタイプとしてのベストテン、あるいはヒットソングというものが
きちんと成立していた時代だ。

いまは、今の時代は
自分のセルフチョイスで、自分の趣味趣向にあったものを選択できる時代。
よって、自分の趣味趣向以外のもの、自分のストライクゾーンから外れるものには
関与していかなくてもいい時代になった。

そして僕は疑問を感じる。
すべてセルフチョイスであることが、果たしてベストチョイスであるものなのか??

強制的に触れたもの、
他人から教えられたもの、
知らなかった歌手に触れる番組

そんなものたちが、ベストチョイスのきっかけになっていることが
最近は少なくなってしまったのではないか?

よって経験が少なく、少ない経験から、自分の好き嫌いだけで
時間を経過していけてしまうことが果たして、いいのかなあ。

2009年10月27日火曜日

ブログを書くという行為

ブログを書くという行為について長らく僕は、肯定的でありながら否定的でもあった。

自分を記録するということに熱中するシーズンが来ると、ブログが更新されていない時期が非常に不快に感じてしまって、次々と更新すること自体が目標になって、中身が希薄になっていく。そしてご多分に漏れず、ブログの更新がちょっと途絶えると、嫌になって、つまり飽きてしまう。これは何かのテーマを深く追求している訳でなく、そしてブログを楽しみにしてくれている多くの読者が存在する訳でもないということが背景にあるのかもしれない。

ブログに書いて記録に残すことの意味を見いだせないでいて、個人的な日記ならば、webでなくとも、紙のノートの上に書かれていればいいじゃないかということ。

そしてブログに書くことによって、万が一、万が一の万が一、誰かの読者がいて、読んだときのイメージを妄想の中において、意識してしまうからだ。意識してしまうと文章が「よそ行き」になる。自分の思いを文字にしたとき、その文字の持つ意味合いや影響力についてイメージが膨らむことはなく、全く面白みがなくなることがよくあった。

もうひとつが文字の力の限界というか、そんなものを感じることがあった。文字に力があった時代。本が唯一の世界との扉であった時代にはたくさんの名作が残されたと思う。これはラジオが登場してからもしばらく続いたのだと思う。そしてテレビが登場し、やがてインターネットができて、情報が爆発的に世界に溢れた。動画も力を持ってきた。こんな中、特に詩の力が相対的に(絶対的ではなく、相対的に)落ちてきたのではないかと、全くいい加減ながら自己勝手に感想を持った。

僕は世代でいうとバブル世代だ。
そして全くのテレビ世代の第1層である。本を読もうという傾向は少なく、図書館はどちらかというと「暗い」マイナーなもののイメージだった。比較的活発で目立つ生徒だった僕は、毎日必ず図書館に通った。先生からは「珍しいわね、あなたのようなタイプの人が本が好きなのは」と言われて、忙しい部活の合間をぬって通った。ほぼ図書館の蔵書は手にとった。何かに追われるように本を読んだために、熟読というよりは速読だったから、特に印象に残る文章をひろうこともなく、とにかく本を、早く読了することを目標にして読んだ。同時に放送部だった僕は、活字よりもラジオドラマやビデオ編集に傾倒していくことになり、活字の世界は、前時代のものというイメージも合わせてもっていく。


僕は今までの人生で、たくさんの人々に迷惑をかけた。
ある哲学によれば、迷惑をかけない人なんてものは誰一人として存在せず、
それを意識しているか、無意識かを問わず、誰かしらの罪を抱えているから、それを懺悔せよ。という具合になる。
僕の自意識が、その罪と罰に過敏に反応をはじめ、ブログという得体の知れないネット上のスペースに自分のプライベートななにかしらの文章が電気的に記録されていくということに対して、自己保身のようなものが意識されだす。

そこでしばらく続けているブログが更新中断となっていく。

僕は文章を書くという行為について、非常に偏ったものを持っている。
先に書いたように、図書館に通いながらも、活字の限界を意識していたのだが、困ったことに
高校時代には、勝手に自分で作った冊子をこしらえて、自分で文章を書き、自分でコピーをし、自分で数ページの冊子組にのりとステープラーで制作をして、求めてもいない友人に強制的に配布をしたりしていた。都合8冊も作った。完全なる自己満足の世界。

その後、僕は人生の壊れ物と認識するようになって、創作活動、つまり自己表現を否定的にブレーキをかける。

僕の存在や経済的、人間的なものに自信を喪失し、人間不信に陥り、はては自分自身についても、自己不振に陥った。ながらくその傾向がココロの底辺に存在して、表面的に顔を出したり、背後にしっかりと控えていたりした。

今年も、何度かそのようなシーズンがあった。

と、同時に、

何度も繰り返す自己批判や自己憐憫にも、いい加減飽きて来た感も出てきた。
もうい加減にしよか?

何かの目標を目指すときに必要なものは、
自分を信じること、とたくさんの著作やセミナーで耳にする。

知識としてはずいぶん前から、そういうものだと認識をしている。
いろんな仕事を通じて、いろんな局面からそんな話や体験を知っている。

知ってはいるが、なかなか自分にとって、それを「導入」することができないでいた。
正確には「導入」することがあるが、続かなかった。

で、ブログを書く行為についてであるが、
まさにこの文章のように、自分自身にとっての自分の存在の確認作業としてのブログをと
書き始めた訳である。

僕は長らく、夢想していることがあった。作家になってみたいなということだ。

これは非常に表面的なことであった。
人生の後半には、その作家の夢を実現させるのです!
遅咲きの作家になるのです!と友人たちにも宣言をしていた。

このところ人生を終えた人が相次いだ。
人生には自覚できる賞味期限がない。
いつ死んでしまうかは自覚できない(ことが多い)、明日の人生は誰にも保証はされていない。

それともう一つ。
何故作家になりたいと思ったのか?ということだ。


作家になりたいんですと言うと多くの人がそうなんですね。と返してくれる。
昔とは環境が異なってきたを実感する。作家で食えるとは非常にギャンブルなことで通常の神経ではないと思われていた。


高校生のときに文集で、大人になったら?というテーマのひと言ページがあった。
僕は「このじいさん一体何者?という不思議なおじさんになりたい」と書いていた。
それを見た先生が、「ところで何の職業をやりたいのか?」と聞いてきた。
僕はしばらく黙り込んで、「作家かな」と言った。
先生は「それなら文学部やな」と進路指導を開始した。

僕はあわてて、文学部に行くと作家になれるのかと聞いた。
先生はひと言こういった「作家で食える訳がない。文章に興味があるなら文学部やなということやんか。君は進路が明確でない。英語を選択したり、社会福祉学部と言ったり、法学部と言ったり全く定まらない。だから一番興味のあることにしなさい」

僕はその後の進路指導には全く興味をしめさない人になった。

僕が作家になりたかった理由。


それは自分が生きた存在理由を残せると思ったからだ。
だから作家になって食えるかどうかには全く関心がなかった。食えるかどうかではなく、存在を客観的なもの、物質的なもので残せるかが重要だった訳である。さらに、作家というものについてのイメージが良かった。自由そうだ。取材とかでホテルや世界のいろんな所に行けそうだ(むろん売れる作家でないとそんな境遇はもたらせないことなどは無視している)

だから作家になりたいと夢想していたのだ。

作家になるべく文章を書きためて、公募に応募するわけでなく、自分で冊子を作って自己満足に浸れたわけである。
作家になりたいのではなく、本を残したい、存在を残したいと思っていた訳だから。

それから僕はサラリーマンにはなりたくなかった。
特に大手企業のサラリーマンにはなりたくなかった。
父親が大手企業の戦士で、いつも全国を転勤していたからだ。
(父親には非常に感謝していることが多いから、父親を否定しているのではなく、職業として選択肢に入らなかったということだ)

自らのぞんで、小さな店の従業員になった。
そのときの父親の懸念はひと言「見る世界が小さくなることが懸念されるの」でだった。


そこから紆余曲折を経て、現在。
僕は小さなSOHOと自分でビジネスを立ち上げている。

あまり上手くはいっていないが、自分で選択したことであるという自覚はある。

で、ブログを書く行為に戻ってきた。
このブログはある意味自分に対しての宣言に近いものがある。

誰にもこのブログURLを告知はしていない。が、しばらくこうして思いを書きためていこうと思っている。

何の為に生きているか

「何のために生きているのか?」
この疑問は結構長い間、僕のココロの底に滞在している。
滞在していると書いたのは、

それが優先順位の高い自問自答なのではなく、
特に調子の悪いときに顔を出すタイプの質問だったからだ。
何か人生、毎日の中でうまくいかないことに遭遇して、
先行きが見えない状況というものは人生には、いろいろある。
僕は何かを目指して生きてきたタイプではなかったから、
40年もの間、目先の興味関心のあるものにご執心しては、
経済的に、人間的に壁にぶつかるということを繰り返していた。
いい加減学習を重ねなさいよ!という声に苦笑する毎日。

何かを書いて出力することは非常に脳みそを活性化させると聞いた。
だから今日は久しぶりに書いている。書いてみて、書きながら脳みそを動かしてみる。


で、何のために生きているのかの答えを、自分なりの答えを今日は用意したい。

神様がこの宇宙を創造したとする。これは本説を解説するために、
分かりやすくするためのエピソードなので、宇宙を神様が作ったか否かは横に置いておくことにする。

神様は何のために、何を目指してこの宇宙を作られたのか。
きっと、それはこんな動機だったに違いない。神様が宇宙を作ったということは、
それ以前、宇宙に存在する意識体は神様唯一であったに相違ない。
一人ぼっちだった訳だ。神様は愛に満ちていて、唯一の存在であるとすると
きっと何も感じることができなかったのではないか。
喜びも悲しみも、そして愛のエネルギーさえも、自分が全部で、全部が自分であるということは、
それ以外のものは何もないということだ。

卑近な言い方をすると「つまんない」ということになる。

これは一大事に相違ない。
何も感情を振るわせるものが存在しない。故に、何もわからない。従って、存在自体が無と同じ。

もし僕が神様だったとして、宇宙に何も他者がないものであるならば、
これは全くつまらないというか、何も起こらない、何に感じないということで、
きっと、ずっとぼーーーーーーーーーーとしているんだと思う。

ところが全知全能の神様は、自分から働きかける能力が(当然)持ち合わせていた。
こうなったら、「他者を作ってみたろ」
そう考えたに違いない。

ここで宇宙は作られる。
自分以外のものができた。これは一大事だ。
自分がいかに大きい存在かは、他者があって初めて認識出来る。

自分を分割して宇宙を作ったという。
これは非常に面白い現象になった。
自分が分割されて、こことあそこにいる。
一人二役。僕たちも俳優になって、一人二役をやると、ふたり分の感情を演技することになる。

これは非常に面白い経験になる。
そして、次々に分割して宇宙から星を生み出し、それぞれの意思でいろんなエピソードが
体験できるようになっていく。
こことあそこがあるから、そこまでの距離と時間も付随的に生まれた。時間差も生まれた。

分割されるごとに、いろんな出来事が自然発生的に生まれる。
もとは一つのエネルギーであったから、その体験は同時に感じれることができる、とすると
これは、一度にたくさんの映画を見ているのと同じような体験になる。

「これは面白いぞ」

例えば、僕は幼いころにレゴというブロックのおもちゃに夢中になったことがある。
夢中になると色々な種類のものが欲しくなってくる。
レゴで町を作りたい。鉄道も作りたい。川も山も、そして飛行場や飛行機、車・・・

レゴはブロックなので、動かないもの。
夢中で作っていると、作ったブロックを手に、いろいろと動かしたくなっていく。
飛行機を手にもって「ぶーん」鉄道を走る列車を手で押しながら「がたんごとん」

神様はきっと同じように、もっとたくさんの種類のものを作りたくなって、

そして「自動的に動く」ようにしたんじゃないかな。

(念のために書いておくと、僕は特定の宗教を信仰もしていないし、逆に否定的にも考えていない、
よもやこの僕のブログが誰かの目に触れて、いろんな意見を誘発するとは思えないかれども)

(このブログは僕が個人的に考えたことを、自分自身の「覚え」のために書いている)
<ちょっとへりくつ>


で、何のために生きているのかの自分なりの本日の答えは

人間を神様が宇宙創造の一環として、自分のエネルギーを分けて作って、そのそれぞれが
自立的に自動的に動くようにしたということは、

何を目的に人間や生物、地球をつくったのか?の答えは案外明白なのではないか/

大いなる目的

それは、きっと「いろんな体験を、それそれの個体を通して、感じたい」ということなのではないか?
これは自分にとって、

今までいろいろな精神世界の本や、宗教、哲学の本を読んで来ての集約的な答えだ。

これは誤解を恐れずに言うと、とても広い範囲での「経験」を体験したいということであるから
大いなる仕組みとしてはとてつもなく、深い。

基本的に「いい体験」「わるい体験」はなく、オリジナルで個々の体験であることが重要で、
そこには何のために人生があるのか?の答えを自分で用意する必要があるというぐらいに大きいもの。

オリジナルな体験を感じたいという神様にとって、
人間がこのように生きるべきだという解釈よりも、実際の許容範囲は広い。
これが非常に怖い。

ほんなら、なんでも ありなのか??

基本的になんでもありなんだろう。

正しい行いというものはない。

基本的には。

しかし、ここまでの段階で、人生は何でもありじゃ!と叫ぶほど、宇宙は甘くないのかも。
これを前提に、さらに考えてみる。

つまり、宇宙(=神)は、自分自身を体験するためにいろんな他者を自分を分割して創造したとする。
基本的に体験を選択するのは、それぞれに自動的に任せた。
あらかじめの脚本はない訳だ。

選択は僕にある。

僕の立場から語ると、どんな体験を宇宙に付加したくて何を選択し、創造するか?
そのチョイスは僕に任させている。

さて、何を選択して、どんな創造をするか?

これが今日のところの答えだ。
これは僕にとって、世界にとって、何を大切にするべきかの物語になる。
世界には悲しみに満ちた戦争や貧困、さまざまな「体験」が転がっている。

基本的に宇宙は、人類や地球が行うなにもかもは許容するぐらいの広さがある。

つまり、何を選択しても許容されるが、
何を選択するかは自分自身の問題で、より好ましい体験を得るために必要な視点を
作るもの私たちであり、環境や戦争などのものがもたらす体験は、何に通じているのかを
考えて選択しなければならない。

歴史は積み重なり、環境は変化し、個々の体験は非常に早いスピードで現実化するようになってきた。

美しさ、楽しさ、達成感、などの+と思われる体験
共同作業や助け合いによって生まれる連帯感、愛に満ちた行動などが
なぜ心地よい感情を生み出すのか?

選択の羅針盤は
憎しみや悲しみの反作用ではなく、
感情がもたらす心地よい方向なのではないか?


体験を得たい宇宙が嫌うものは、一つある。

それは、体験ができなくなるような、ステージの消失だ。
舞台の消失は、体験数の減少につながる。
地球や人類が消失することは、神様が得たいはずの体験の場を失うことになる。

体験の場を消失するに繋がるものは、神様が「困るなあ」と思うはずだ。

人が減少することも、もちろん体験の場の減少につながる。
よって人を誰かの人の力によって、消失するようなことは基本的に「困る」ことなはずだ。

ここまで書いて、深い問題を提示してしまったかもしれないと思う。

人は何故生きるのか?の問いは、なぜ死ぬのか?という問いと表裏一体。
不慮の事故や、何かの人為的なものによって死ぬという「体験」は
神様のいう「体験」にあたらないのか?

基本的な概念でいうと死ぬ体験、こんな事件によって死ぬという体験自体も、
神様が体験したいと思う「いろいろな体験」に含まれるのだろう。

理不尽なことになる。

深いテーマであるし、もしかしたら、このテーマについては
神様が少しだけ「からくり」を用意していて、
生まれた記憶や死ぬ理由は、ブラックボックスの中に閉まっているのかも知れない。

これが明らかになると、予定調和的な、何か脚本があるような人生体験になってしまうからかも
しれない。

毎時間の感情や体験を楽しんでいる神様にとって、
「やらせ」のような人生や、あらかじめ脚本が分かっている「体験」を通じての
感情を味わっても、何の面白みもないのかもしれないし、
そんな卑近な理解では追いつかない大きな宇宙の目的があるのかもしれないが。


今日のところのまとめ。
それは、
何のために生きているのか?という問いを追求するよりも、
「生きて何を成したいのか?」を考えて目指すほうが、
感情は上向くということだけ。

感情を羅針盤にするということが
非常に心もとないようなものではあるが、宇宙は(神様は)無用なものは用意されていないという
立場を導入して考えてみておく。
感情が存在するには、存在する分の何かの理由があるんだと。

たくさんの作家や著作者が、
たくさんの個人的な解釈、深い洞察によって人生を語っている。
神様にとって、それぞれの個体が作り出す「考え」も楽しむべき大きな「体験」として
味わっているのかもしれない。


さて、思いつくままに書いているが故、整理整頓されない文章になった。
校正をしたりすると自己矛盾が明らかになるかもしれないが。

アイディアのヒントとして。
久しぶりのブログで。