2009年12月27日日曜日

ちょっと怒ってみよう

とある案件での資料探し。
オバマ大統領の演説をyou tubeで見ていた。上手いね。伝達力があるな。世界を一緒にかえていこうという活気が伝わるし、何よりプレゼンターという技術面よりも、リーダーというものを感じさせるもの。

ひとつ感じたコトは、見えないものをイメージさせること、つまり未来や将来性やイメージ、ビジョンを語るには、直接的にシンプルな方が伝わるのだなあということ。オバマは、みんなで困難に立ち向かおう!出来る!私たちは未来の歴史に、困難から逃げたと審判されるか、立ち上がったと審判されるのか?と問いかけた。

未来の次の世代から、私たちは評価されるのか?批判されるのか?答えは明白だというメッセージだ。しかも結果ではなく、立ち上がる、立ち向かうなどの「姿勢」を問うている。

日本の政治家は何かを勘違いしていると感じてきた。
国をかえたい!私に投票してくれたら、○○を実現します!と訴えるが、そしてその公約や嘘だらけだと有権者は政治を批判し無関心になっていると言われているが、そもそもその構図に疑問があった。

有権者は一体政治家に何を期待していたのか?期待の反応として何に失望したのか?
有権者は政治家を「育てよう」としたか?政治を「作ろう」としたか?
政治家は民衆に何かを「してくれる」存在の構図であっているのか?
政治家は、単なる民衆の代表として議会を構成するだけであって、何かをしてくれる人たちではない。
また行政と議会は違う。
そもそも民主主義の日本では、民主主義の掟のような構図自体が理解されていないのではないか?
3権分立が、どのようなプロセスを経て成立し得たのかが理解出来ているか?
役割と権限と、出来ることと出来ないことが存在する。

日本は民主主義の前に、法治国家である。
法や構図、仕組みを文書化させて合意するスタイルをとっている。
「仕組み」を作るのが議会であるならば、仕組みの土台のビジョンを選択するのは、選挙民だ。
議員はその付託をされた代表でしかない。


オバマの演説で、本当にココロに響くのは、「一緒にこうあろうじゃないか!」というメッセージだ。アメリカの政治や演説には、いつも私たちはこうあろうではないか!という「姿勢」に関するビジョン、共感を求めるメッセージが多い。オバマは私に清き一票を、私は○○をやります!私を大統領にしてください!とは言っていない。

こうあろうではないか?その判断をあなた方に求めると判断を求めている。

この微妙な感覚をうまくことばに出来ないでいたが、オバマの演説を聞いていて感じたことは、アメリカは民主主義の国なんだなということと、日本は「お上」に何かをしてもらうことを想定するお役人の国、もしくは殿の国なんだなということ。微妙だと思っていたことは実は社会の構図の一部であるようだということだ。日本は代表者というか権威あるものを決めるような構図(人を決める)感覚だが、アメリカはビジョンや考えを選択するという感覚だ。(これも微妙でことばに置き換わりにくいが)


あと感じたことは、人の本質を知っているんだなということ。
(本質を知っているとはキレイな側面ばかりではないが)

主に、人は、ほとんど他人から「評価」をされたい根本願望がある。
評価をされたい願望は、2次的に、「批判されたくない」「認められたい」という感情をもたらす。

21世紀、経済や環境やウイルスやいろんな危機と言われるものがある。その解決は打ち出の小槌のように「ひとつ」の処方箋だけではないことは明白。

でも、基本的な土台はありそうな気がする。そのひとつが、認められたい。評価されたいという部分ではないか。大事な要素だなあ。



演説ひとつで、すべての構図を語ることは出来ないが、何となく日本の今の政治を見ていると、ちょっと複雑な心持ち。
何がそうさせるのか?

それは、
ビジョンというか、日本よ、こうあろうじゃないか!という姿勢が本当に曖昧だからだ。
特に世界の中で、何を大切にする国でいこうぜ!というものが見えにくい。

日本は大切なものを見失ったという論調はよくあるが、大切なものを「見失った」のではなく、作ってこなかった、継承してこなかったということなのだ。

歴史を見ると分かる。江戸、明治、大正、昭和と価値観を転換させて来た国であり、分断、過去の否定を繰り返してきた国なのだ。保守系の方ならば、古き良き日本、和や文化の長じている部分や、美しき義理と人情を叫ぶのであろう。革新系の方ならば、民主主義、人権、個性をさけぶだろう。

残念ながら、僕は、そのいずれにも「しっくり」こないタイプの人間だ。どちらも幼稚に見える。

戦争責任や、過去の歴史の反省や分析や、世界の変化と日本の変化などのいろいろな社会構造に対して、何が優先課題なのかを、一度も国として「検証」していないことが原因だからだ。つまり、ストーリーになっていないからだ。

全部の領域をいい感じに「よきに計らって」来たから。検証のしようがない。
流れに従って、緩やかに、穏便にしてきたから、変化の分析のポイントが明瞭ではない。

強い判断のポイントがないから、評価の座標軸がない。
この国は「各論だらけ」で、強いストーリーの軸がない。

自衛隊はどうだ?国債発行はどうだ?環境対策は?昔の公害対策は?教育はどうだ?日米安保は?赤軍の残した課題は?学生運動の総括は?バブル経済はどのように始まり、何がどうなったのか?だれが何をどの情報を元に判定したのか?

歩んだ歴史の何が後世に教訓として残せるのか?
歴史を閉じて、教訓を作り出せていないのではないか?

細切れ、縦割り、秘密主義。事流れ主義。(事「なかれ」ではない。事に流される主義)
依存体質の成せる技。外圧というか外部の「何か」に翻弄されて、今があるという感覚だから、結局責任は誰にもない国になった。結局保守主義でも革新主義でも、単なる現象とスタイルに過ぎず、保守も右翼もかっこわるいし、革新、人権主義も視野が狭いというか、人権が大事だと、他の人権を無視して大声で主張するありさま。本末転倒も甚だしい。



何の「意図」があって過去は「何を選択」し、
どの「結果」から「次の方向性」として何をジャッジしてきたのか?

日本の歴史が、政治判断が、物語にならない理由がそこにある。

誰が日本の今を決めたのか?何を最優先課題にして数年過ごしたのか?次のステージに、どれを変化させたのか?
ビジョンがない=ストーリーがない。


うつ病患者が急増したり、精神科の患者が増えたりしているのは、正常な反応なのかもしれない。異常な現実に、反応している訳なら、その反応は「あっている」訳で、異常な社会に、正常でいれる方が「異常」なのだとしたら、今の日本の社会で元気でいれるのは、正常なのか異常なのかという笑い話。

まあ今日はちょっと主張してみたが、
今年のニュースを振り返るにつれ、おかしな感覚が沸き起こる。

今の日本で、正常でいられるみんなは、本当に「正常か」?

そんな僕は、座標軸をどこに持つべきだろうか?

といいながら、現実日常はしっかりと流されているのだが
ちょっと主張をする2010年でありたいし、穏便ではなく怒ったりしていい年かなと思ったりする。

2009年12月24日木曜日

何やらモントリオールからメールが来た

ツイッターやら、ファイスブックやら、
マイスペースやら、コミュニティ関連のいろいろを試すようになってから、
ついぞ未だに、すべて使いこなした感はなく

結局ツイッターとこのブログが継続出来ているが、

先ほどカナダのモントリオールのバンド歌手なる方からメールが届いた。
マイスペースからだ。

翻訳ソフトで記入しているから、日本語がおかしかったら私は悲しいがと直訳気味のテキスト。
しかし、何やら偶然僕のアイコン写真を見つけて、あなたは海の近くであるか?それはとても素晴らしい。
とコメントが続く。

見ながらふと思ったことは、

ホンマにインターネットって海を超えるのね。

翻訳ソフトの出来の善し悪しは、別の機会に譲るとしても、ホンマに海外から
えいと書き込めば、メールが届く。
そして意味はおおよそつかめる。

ツイッターも何も特別な事を書いている訳ではないが、フォローが毎日増えている。
ありがとう。


サイト制作の仕事をしているが、もはや世界のホームページ制作のノウハウなんて、すっかり個人のキャパを超えている。携帯サイトやiphone対応、さらにはブログの設定やブログのカスタマイズに至っては、もはや「どんだけーー」という位にタグや禁則の種類がありすぎるし、htmlからxhtml、java scriptはなんとかなってもPHPからparl、cgi,さらには携帯キャリア毎のタグ関連と、ほとんど何がどうしてこうなったのかという程の量。毎回作ってみては検証して、エラーとお友達状態で、ホンマにきっとこうちゃうか?なんて至極まるで「当て物」みたいな状態も結構ある。

「おお動いた!」なんて(こんなブログに書いていいのかな?)こともあったりして、本当に試行錯誤と七転八倒なこと甚だしい。

....なのにである。

見知らぬ海外の誰かからメールが来るのだ(苦笑)

かのモントリオールのバンドマンのプロフィールからいろいろ見ているとしっかり公式サイトも、ファンサイトもあって、キチンとプロとしてやっている御方のご様子。凄いねえ。繋がるのねえ。友人承認はしたものの、まだ彼にはメールを返していないが、せっかくだからこちらも翻訳ソフトを駆使して返事をだそうかというところ。

という訳で明日も終日新しい企画の打ち合わせの予定。

ツイッターでは、わずか140文字なのに、結構な量のトラフィックがあり、そしてそれらが一つの流れを起こそうとしている。最初はまるで訳が分からなかった。何かに対してつぶやいている誰かのつぶやきは、ほとんど単独では意味を読み取れないが、しばらく読んでいると、たわいもない日常の中に、話題になっている事がつかめるようになる。

ホンマに最初は、つぶやき...○○なう。。。程度しかわからねえなあ。というところだったが、多少の好奇心と、どんなことになるのかなあという期待感で、しばらく続けていると分かってきたりするという感じだ。周囲でも、最初の段階で、「意味わからんわ」と辞めてしまっている人も多い。

今更ながら「継続は力なりい」と拳を振り上げる気は毛頭ないが、

インターネットのパワー

恐るべし。。というところか。

よく聞かれる。ミクシーってどうですか?ツイッターどうです??フェイスブックやマイスペースは?youtubeは?ブログは??

最近よく聞かれるが、いつも「わかりません」と答えるが、結局は自分が何をしたいのか?という反問になる訳で。

インターネットで何がやりたいか?とは、結局人生で何を残したいかという問いに近いなと。
僕はとにかく「何か」を残したい願望が強い。存在証明とか、そんな言葉を高校時代から良く話しをしていた。

ということで、

モントリオールのバンドマンさん。頑張ってくれたまえよ。
僕も頑張るぞい。一緒に(何を?かは聞かないでくれよ)この地球で頑張っていこうぜい/

2009年12月23日水曜日

オープンソースなる考え方

企画やプロジェクトなるものに携わって、ある程度になる。
従来(昭和)では、特定のプロジェクトや技術、商品について、特定の団体、企業、プロジェクトが「秘密」にして自分たちが独占することによって、利益を獲得するというモデルが機能していた。

「していた」と書いたのは、これからは、特定の知恵や技能、ノウハウをオープンにすることにより、2次的に広がる波及効果の輪の中にいたほうが、個々の枠内で活用するよりも、自分たちも利益が大きくなるという時代。

例えば、特定の問題に取り組んだ北海道のaさんが、エネルギーをかけて解決方法を編み出した。同じような課題を、全く別の東京で、悪戦苦闘しているbさんや同じく九州で不眠状態になって苦しんでいるcさんには、見知らぬaさんの編み出した解決方法の恩恵を受けることは出来なかった。

昭和の時代は、まさに個人も、企業もそんな、課題解決の手法、ノウハウ、技術を獲得する競争をしていて、自分たちの個性や独自性というものを自分たちの影響力の範囲内で活かすこと、独占して使うことに注力をしていた。

自分たちで編み出した技術は、特許を取得し、他人には使わせないという見解だ。

<断っておくと、特許は必ずしも他人に「使わせない」ためにあるのではない。使うときに、発明者への、その発明に関する価値を、きちんと認めてやろうというものなのだから、特許=排他的というイメージは、どうやら日本だけのもの。もちろん無断で使用すると「発明者の価値を認めていない」からダメだということなのだが、本来は、「使うときには、いかほど?」と価値を話合うというものが特許の正しい使い方だ。>

これからの時代は、先の例に戻るときっとこんな感じになるのではないか。

問題解決をしたaさんは、その解決方法を自分のブログに書いた。同じ課題をもつbさんやcさんは、インターネットで情報を探していて、aさんのブログに検索語がヒットしてaさんの見解を知ることになる。
さてこれで問題解決となる訳だが、ここで、bさんはブログのコメントに「助かった、ありがとう」と記録を残し、コミュニケーションの一端を残した。

その後、コメントを見たaさんは、bさんに「コメントありがとうございます。お役に立てて光栄です。実は、○○の箇所に一か所不都合とまではいかないのですけれど、円滑ではない部分が残っているのですが、bさん、実際に活用してみて、何かお知恵はありませんか?」とコメントを返した。

するとaさんが心残りに仕上げていた箇所については、実はBさんはエキスパートだった。そしてBさんは「その件でしたら、実はこうやって、こうすると円滑になりますよ」とすぐに対処出来た。

で、このやり取りをブログで見ていたCさんは、「おふたりの意見交換は非常に参考になりました。ところである部分ですが、この方がより円滑になるのではないかと思うのですが、aさん、bさんのご意見が頂けると嬉しい」とコメントをした。

aさんも、bさんも全く気付かなかった部分だ。
cさんの指摘により、検討をしたaさんは、cさんにコメントを返す「これは全く盲点でした、Cさんのご指摘のように非常により円滑になりますね」



さて、である。

もしこの事例が、何かの商品だったと仮定して検証すると、
aさんがはじめに開発した商品と、bさん、cさんのやりとりを経た後の商品は、どちらが品質が上がっていると想像できるか?なのだが、答えは至極当たり前に後の商品ということになる。

この3人を3つの企業に置き換えても答えは同じだ。
そして3つの企業を、3つの国に置き換えても。


最初の商品を「x」、最後の商品を「y」と名前をつける。
2つの時間軸を比較してみる。「x」を単独で販売しようとした場合と「y」を3者で共同開発、共同販売した場合との比較だ。

aさんがかたくなに秘密を守り、自分の枠の中で独占利益を得ようと頑張って販売をした「x」は1億円の売上だったとして、その改良品の「y」が広く各国に販売出来て売上が50億円になったとしたら?

同じaさんの利益は、どちらの形態の方がいいか??



現実には、そこまでイージーに事は運ばないが、
オープンソースの考え方とはきっと3者で共同していこうじゃないかという方向性の中にある。

企業間の合併や、飛行機の共同運行、共同研究開発とかが新聞に載っているが、
開発費用という点でも、結局同じ基礎実験を、お互いの企業が「秘密」でやっていて情報がないものだから、
何度も、どこかでやっているとしたら、ずいぶんと「ムダ」な話。

インターネットは、そんなオープンソースの「基盤」を作っていて、
本当に今までの閉鎖系から、開放系への革命が起きている(もしくは起きてくる)

とすれば、

閉鎖系の枠組みを、開放系に変化させないといけないんだけれども、
果たしてこの国は、閉鎖系の方向性の中にいるのではないか??

「独自の技術」「独自のノウハウ」も開発自体は素晴らしいが、活用段階では知恵が必要だ。

日本はこれから開放系になれるのかなあ?
むろん、毎日の生活と取引の中で、昔の鎖国のような状態を続ける訳にはいかないから、大きな流れとして情報は回遊していくのだけれども、問題はその「スピード」にある。

歴史は、閉鎖系から開放系に、物理のエントロピーの法則のように、確実に最高値まで変化し続けているが、
それが「世界に流されている」ように変化するのか

はたまた「流れに載って」「自ら」泳いでいけるのかは、僕は現在非常に悲観的に見ている。

だって、自ら泳いだ歴史がないんだもの。

泳げる人は、海外に出て行く。その方が自分らしく生きていけるだろうから。

泳げる日本「人」は出てくると思うが、「日本」は泳いでいけるのか?


で、オープンソースなる考え方の方向性が先の事例のような体系だとして、課題になるのは何か?

キーポイントは技術ではない。
コミュニケーションとか、プレゼンテーションとか、
あるいはコメントとして「お礼」を述べるとか、「感謝の意を表す」とかの礼儀のようなゾーンの話。

異なる立場の人と「組んで」よりよい、大きな仕事をしていくという作業のプロセスに
日本人は「慣れていない」

「交渉」「契約」「法律」やら、「構想力」や
いわば、想定を何種類も考えて、最適解を求めていくという頭の使い方が、特にこの50年では得意ではない。

いわゆるテストの回答のような、記憶、前例、の事例の暗記のようなものは優れているのかもしれないが。

「交渉」「契約」「構想力」を検討する場合は、条件別に何種類も構想を考えることに迫られる。
しかし、現実におきる出来事はその中の1種類。せっかく考えた何種類もの「没案」が足下に転がることになる。
しかし、この「没案」たち、もしくは「没案」を検討するときにシュミレートしたことどもが、やがて大きな力になる。

教育が大事だとは最近よく耳にするが、それは情報、知識ではない。(というか情報も知識も必要だが、それで十分ではない)

検討、比較、検証、仮説、構想の力が必要だ。
だから人生にはムダが多くなる(苦笑)

今までの昭和の価値観ならば、最速の最適解を「知っている」ものが強かったが、

これからの時代は、

きっと


試行錯誤や七転八倒の経験や、そのおりおりに考えては「没案」になったものに埋もれるほどの人間が必要かもしれない。
そして、人の輪を作れる人。人を巻き込む力。魅力。それは人間臭かったり、人情だったり、義理堅かったりというもの

明治の空気が必要なのかもしれない。。。。

2009年12月22日火曜日

これは久しぶりにガツンと来た!

マイケルジャンクソンの映画にギターを引いていた彼女は誰だ??と話題の彼女がいよいよ日本でデビューする。
この子すげー!絶対ヒットすると思う。

バイオグラフィーはこちら
オリアンティのバイオグラフィー








2009年12月20日日曜日

横浜と

横浜に行ってきた。
携わっているプロジェクトの会議である。
クリスマスの飾り付けが一段と美しい横浜は、僕の好きな街の一つである。もう一つは神戸。そう港町である。

横浜〜川崎、菊名のあたりは、20代の頃にしばらく仕事の研修と勉強に滞在していたことがある。
当時川崎に研修施設があって、そこでものづくりや機械構成の研修と、光学レンズの勉強をしていた。

休みになると横浜に出て、港町周辺を散策してたりしたが、みなとみらいが出来る前だったから、港町特有の少し寂しい風景があったと記憶している。

横浜は、港町であるから、外国の空気が漂う、これは神戸と似ている。明治時代には開国の嵐とともに、たくさんの外国人がこの街を闊歩したに違いない。

横浜といえば(鉄道おたくの)僕にとっては、もうひとつ東急線だ。まだ若かった社会勉強中の僕が、何度も通った鉄道。

ちょうど高校を出て、横浜や関東に仕事で出ていた同級生たちと時間を合わせて居酒屋で飲んだりして、最終の東急線にはお世話になった。寮の生活だったから、門限を破りつつ、いつも(毎回)始末書を書きながら一向に反省の色がなく、よく呼出しされたが、
決まって僕の回答は「日本の未来について研究勉強会をしております故、時間が遅くなること致し方が無い」というもので、寮長さんはいつも笑って「坂本龍馬気取りやな、あんたは」といい最後には「規則やから、呼出しして、僕も報告書を書かないといけないけれども.....」と言いながら、こっそり裏口の鍵のコピーを渡してくださった。「寮を出るときは、ちゃんと返却してくれよ」と

なつかしい気分も手伝って、横浜入りはそんなことを思い出したりする。その当時の寮長さんは2年前にお亡くなりになったが、

数年前に「今こんなビジネスをしてまして」と話をしたとき「面白いことしてるんやなあ、相変わらずやなあ。君も45歳までは思いっきり試行錯誤して、50歳には一つのモノにしなさいよ」とアドバイスとも、激励とも言えることを言ってもらい、当時僕の成績になるのならと説明を聞くこともなく、僕のオススメ商品を購入してくれたりした。

「ああ、適当に送ってくれたらいいよ」

いつか、僕も次の世代の人に、こんな風に言えるようになりたいなあと思う人だった。


寮長は職人上がりの人だったが、いつも食事の時に「日本は技術が伝承されにくくなってきている。仕事のノウハウや技術は世代に渡って継承されてはじめて本物だ。でも時代のスピードが早くなりすぎて、本当に必要な時に、きっと技術的な伝承がなかったことに後悔するときが来る。」時代はバブルの絶頂期...

僕は将来の日本には、全く心配してなかったし、寮長の言葉の意味が全く理解出来ずに、それが世の中の進歩というもので、もっとこれからは機械が素晴らしい仕事をしてくれて、人は仕事をしなくても製品が出来るぐらいになるんと違いますか?とか、いろいろと反論していた。

寮長は、光学レンズの磨き職人だった。光学レンズの最高の質のものは、最後に「手磨き」で曲率を揃えていく。人間の手の感覚に追いつく機械は、実は今現在を持っても、ない。

寮長が教えてくれたことはたくさんあるが、今の仕事にも生きている一つの僕なりのものさしがある。

ものづくりのものさしだ。

僕が評価する工場の「ものさし」は、最終工程に人の手が入っているところ。

いろいろな工場を見てきたが、僕が仕事をしているところ、取引をしているアメリカの工場も、最終工程に人の手が入っている。

これは出来そうで、実はほとんど出来ていない。
最初の工程が人の手であるところは五万とあるが、最終工程に人の手が入っていて、それをきちんと管理していることはなかなか出来ない。さらに言えば、コスト削減のために人力でやっているのではなく、コストをかけて、最高のものを仕上げるために人の手を使っているところ。最終工程であるが故に、それはきちんと継承されていく。なぜ人の手なのかから始まって、どんな「感覚」を養うのか?何に注意を払うのか?どこまで出来ればOKであるのか?というものをチキンと伝承するためのノウハウも含まれる。

伝承のノウハウは、一種プレゼンテーションのノウハウに近いし、同じ内容のことを繰り返し、繰り返し、さらにそれを繰り返して伝承していく。根気とか粘り強さというものを超えて、愚直に、馬鹿になって繰り返すことでしか、物事は伝承できない。

寮長はこんなことも教えてくれた。

「繰り返すから伝承するのではなく、伝承させようと思ったら繰り返すしかない。繰り返すためには、シンプルでなくてはならない。シンプルであるためには深く追求するしかない。伝承出来る何かを作れよ!そして、繰り返し繰り返しで追求していくんだ。時代を先読みするのも大事かもしれないが、伝承すること、伝承できることを作れよ!」


横浜にくるたびに、思い出す風景。

来月も横浜で会議がありますように。

2009年12月15日火曜日

どんな風に見えるのかなあ?

師も走り回ると言われる師走。
江戸時代には、ほとんどのお店が、貸し売りをしていて、その代金回収は年末だったとか。
それで師走!....かどうかは定かではないが、年末まで僕もスケジュールが詰まってきている。

唐突ではあるが、昔ロシアでは、いろいろな研究が実験されていて、
特に人間の感覚についての研究は、人権擁護団体からクレームの嵐になるような
「ここまでやるか」なものだったらしい。

昔視聴覚訓練の勉強をしていたときの資料だったが、
人間の目がなぜ、立体的にものを映し出すことができるのか?という疑問に
子どもを使って研究をした事例があった。

それは、生まれた子どもを集めて、いろんな情報遮断をして経過を見るというもの。

生まれたての子ども時代から、天井と壁に鏡のある部屋で暮らすと視覚は影響されるのか?
生まれてからずっと、片方の目を遮断すると、視覚は立体視ができるのか?
同じく、ずっと紅いランプの下で暮らすと?

などなど、結構な数の人体実験。

その実験の数々でわかったことは、
人間は、「脳で世界を理解している」ということ。

世界を見ているのではなく、脳の中で世界を作っているということだ。

同じ風景を見ても、同じ波長の光を見ても、それが万人が同じ風景に、それぞれの脳内に映し出されているということはなく、例えば赤色一つをとっても、あなたの感じる赤と私の感じる赤は、異なる色合いになっているかもしれないということだ。

なぜ立体視が出来るのか?には、実は答えはまだない。
「おおむねこのようになっていると、(考えられる)という仮説」でしかない。

人間の感覚器官を、リアルタイムで、生の情報としてつかむ方法は、まだない。
「経験値」的な、実験や体験の積み重ねであるだけだ。

脳の話は、だいぶとブーム的になっているが、
脳の解析を「脳」でやっているという構図の限界性は、昔から言われて来ている。
自分の目を、自分で直接分析できないのと同じだ。

ある傾向のある自分の分析を、その傾向がある自分の脳みそで行うと、ある傾向が偏って分析される。

「真実ってなんやねん」ということなのだが、
客観性のある「事実」(じじつ)と、主体のある真実(しんじつ)は、多くは異なることが多いのも、うなずける。

で、何を考えたのかということであるが、
なんてことはない。


そんな具体に真実が、どこまで行っても解明できないような、もしくは繊細な問題だとするならば、
今まで以上に、主観的でいいのと違うやろかあということ。

主観とは、主張とは、、、という毎度のテーマなのだが、
きわめて個人的、私的な範囲で言うならば、

「めっちゃ自分中心でいい」ということだ。
(もちろん、これは、他人の意見に左右されやすいとか、周囲の顔色を伺う傾向の人には特にという意味合いで)


それと、全く唐突続きだが、
最近よく思うことは、

「これ江戸時代やったら?」という自問自答だ。(すっかり文脈に着地点が見えなくなっているが)

江戸時代だったら、まず情報がない。(今よりは)
移動も今程出来ない。ほとんど徒歩だし、わらじだし。買物っていう行為も都会の限られたものだろうし、新聞テレビもない訳だから、朝起きたらまず何してたんやろか?とい想像だ。

身分は変更できない。農民に生まれたら、ずっと農民。
毎日夜更かしはできない。
食べ物は豊富ではない。
まず、文字は書けたかどうか。。。読めたかどうか。。。その前に、必要性があったかどうか。。。

同じ人間なのに、全く違う世界観と価値観と、生き方をしているに違いないが、その実感を考えるとき、日本では、100年も前にかえるだけで全く違うものなのだなあと想像する。


人間の歴史は、特に教科書の歴史は、「事件」が年表に並ぶ。
その時代の空気とか、価値観とか、生活とかは、
いつしか年末ドラマで見たイメージになっている。

人間は脳みそで世界を作っているとしたら。
一体、今の世界を見て、
江戸時代の人が見たら、どんな風に見えるのだろうか?

きっと、



これは、きっとだが、



江戸時代の人が、今の世の中を見たら、
こう思えるのではないだろうか。。。。

「神様がようさん、いてはる....」

車を見て、馬というか動物としか見えないだろうし、
テレビを見て、絶対神様が動いていると思うだろうし。

そして腰を抜かすのを通り越して、
「結構神様も、人間くさいなあ」と笑うのかな。


今日は、まったく文脈がまとまらず。これも師走か。。。

2009年12月12日土曜日

よくあること

久しぶりに、とある駅に降りたつと、そこには、「柱に注意!」という張り紙がきわめて存在感を持って目に飛び込む。うむ。これはキット誰ぞやがぶつかって苦情らしきものを申し付けたに違いないなあとイメージする。

立ち並ぶ柱を、振り返ると、全柱に「柱に注意」とシールが張っている。

ちょっと待てよ。。。

柱に注意しないといけない、その柱は、周囲の環境に合わせて
茶色に塗られている。

これは。。。。。

あのー、私、一応サイト制作をしてはおりますが、
若かりしころには眼鏡士とか視機能訓練の勉強をしておった訳ですが、

茶色はいかんやろ。茶色は。

白内障の御方にとって
茶色は一番判別しにくい色の一つ。

ぶつかるやろ、普通に。

街の景観が話題になった昭和末期の頃の作品やな、これは。
茶や緑が景観にやさしいと一時、ブームになった折にも、
いろいろなココロある人たちが意見は言っていたのを記憶している。


人に対して優しいとか、
景観破壊しないカラーとかより、

全体のデザインを考えていくことって
セグメントされた、教育では、ちょっと無理なんやろうなあ。。

柱一つから教育までに至ったけれども、

柱に注意させるなら、シールで文字を読まさずに

派手で、おしゃれなカラーリングにしなさいな。

これ、以前にもつぶやいたことがある
人間の理解は「図解」が一番!と書かれている本が文字だらけであったのと同じやな。
「図解」が一番であると「図解」しなはれ!

2009年12月7日月曜日

頑張れ!頑張らなくていいから

音楽には力がある。
仕事や生活、いろいろな小事件が挟み込まれる。
こんな時は、まず馬場とっさんで、まずは落ち着く。



落ち着いたら、気合いを入れる!
僕は近頃は、もっぱらフィンランドの誇るメタルスター★
Sonata Arctica







来月には来日決定らしい。マイナーだと思っていたら、すっかり北米ツアーもやっていて日本のサイトも出来ていたりhttp://www.sonataarcticajapan.com/
メジャーになってるやんか。(メタル頑張って!)
さあ、スイッチ入れ直して頑張るか!


2009年12月5日土曜日

上手なワニのつかまえ方



この表紙をみて、「おお懐かしい!」と思われた方は、きっと私と同じ世代ですね。


<http://noraneko-furo.cocolog-nifty.com/さんのブログの、しかも2008年8月24日のアーカイブで
この写真を発見して、ちょっといろいろと思い出して、転載させていただきました>




この本は、大変評判になってベストセラーになった(と記憶してますが、)
内容といえば、各ページ1ページに、奇妙なイラストと

・ベッドメーキング
・ハムスターの扱い方
・ポートワインのすすめ方
・イギリス女王が宮殿にいらっしゃるかどうか知るには
・ワニと駆けっこする方法
・植物を生き生きさせておく方法
・糸にビーズを通す簡単な方法
から始まり、


・吸血鬼をギューと言わすには
・モールス信号の解読法
・クイックサンド(流砂)から脱出する方法
・イノシシの頭の調理法
・砂の城の築き方
・1年に4回誕生日を迎える方法
・外胚葉型人間の見分け方
・びんで”ネコ”を釣る法
・イギリスの王様や女王様になる方法
・クマにダンスを教えるには
・大砲の打ち方
・卵の立て方
・吸血鬼の見分け方


などなど、315の方法が載っています。

で、追記に"何か忘れてやしませんか、と言いたそうなあなたに・・・・・”
と題うって”ワニをつかまえる方法”が載っています。


書いているのは、The Diagram Groupと言う、ロンドンを拠点にしているリサチャー、ライター、エディター、デザイナーなどのグループで初版は1974年です。
題目は、How to hold a crocodule.
副題に、At home, at places of work and at schools  The pros and cons are equally divied.  Is it the feat of this century or the last gasp of the publishing industry?  Anyway, the book is grandly brought out!!
事を書いてます。


<以上http://noraneko-furo.cocolog-nifty.com/さんブログから転載>

僕の記憶では、この本は、
上記のような、まったく実用的ではないけれども
誰にも答えられないノウハウ

そして、○○するには?と聞かれると

どうしても答えを知りたくなって、ついつい
読んでしまって、

読んだ後には、
なるほど!と一回深い感動を与えたあと

次の瞬間に、

で、これどないして実行するねん!?



っていうか、

実行できへんやん!


と思い


しかしながら、

本への批判にはならないという不思議な本でした。



なぜこの本を思い出したのか??


今の本はノウハウや、効率的に技術を習得したい人向けに書かれている
のが評判のようですが、


ちょっとこの本には
深い仕掛けがあったのです。

この本、じつは 、

「文字フォントの見本帳」で、同じフォントは他のページには使用されていません。しかも各ページの下にはきちんと「このページに使用しているフォント名/」が明記されているのでした。

つまり、フォント見本が今のように、パソコン上で見れなかった、あの時代
フォントを使って、どんな紙面になるのかの見本を作ったという訳で。
でも見本だけでは、まったく買う人がいない本になってしまうので、
本に「2つの意味を持たせた」

これを、分からないようにしたのが凄い!

「面白いノウハウ本」「くだらない雑学本」としての顔で
書店に並んでおいて、

じつは 

この本ってさあ・・・えええ!そうなってるのお!という驚きがある本

という



「コンセプト」めいたものを思いついた次第。


(はたしてこのコンセプトは次の実現ステージに向かうのでありましょうか??)


ああ、どなたか、「じょうずなワニのつかまえ方」余分に持っている方

(余分にはないよね。。もう20年以上も前になると思うんですが)

分けてくださーい!



2009年12月4日金曜日

散歩

















ということで、ちょっと落ち着きました。2つのプロジェクトのサイト公開が、12月1日に重なって、それぞれの初動調整に、追われていましたが、まだ作業が残ってますが、リスト化整理が出来たので、


ちょっと近所にお散歩。。。



今日も師走の紅葉との中、
美しいマザーレイク琵琶湖です。
この付近は、住宅地なので、公園が至る所に配置されてます。

いろいろな場所に居を構えてきましたが、
このあたりは、一番落ち着きますね。


ということで、(文章が難しいですねとのメールから、今日はやさしめで)

少しつづご覧頂いている方が増えているようで。
ありがとうございます!

とはいえ、自分勝手な内容のブログ。

ひとつこれからも時々見てやってください。

よろしくお願いいたします。

2009年12月3日木曜日

教訓な教訓

作業が立て込んでいる師走。

ふといろいろと思い立つことがある。

思い浮かんでは消えて、消えては思い浮かぶ中に、ちょっとしたヒントがある。それをきちんとまとめてから、文脈を整理して書いておこうと、ちょっと後回しにすると、「何かいい感じのヒントが思い浮かんだんだがなあ」という印象だけが記憶に残っていて、肝心の「何か」は、記憶の奥底からなかなか浮上しない。こんな時に「検索」できたり、適当な「タグ」を張っておければと思ったりするけれども、人間の脳みそは、奥深い。

昨日の夜、作業中にトイレに立って、「おおお」と思い浮かんだことがある。「そうか!だからやったんや!」「これは、一つの進化だなあ」とトイレを済ませて、あとで、今日のブログはこれを 書こう!と思ったが、案の定、記憶の神様にしまわれてしまった。

とても画期的なアイディアであったのだがなあ。。。

忘れていて画期的もくそもないものであるが、

画期的といえば、僕は学生時代から、いろんな「天才的発明」「天才的発見」と自らほくそ笑むことを考える夢想的なところがあった。

今となっては、ここではとても恥ずかしくてかけないが、21世紀の人類を救うアイディアになるかもしれん。とココロ密かに思って、「ここぞの時には世間に披露するのだ!」と思っていたが、

ちょっと前に、とある社長に話をしてみた。

「こんなアイディアがある!」

僕としては、いつ、どんな媒体に、どのように発表するのがいいかという案配であったので、反応に驚いた。

「それ、意味ないし」

「がーーーーーーん」

「ほ、ほ、、、、ホンマやな」

その後大笑い。

何に大笑いかと言えば、

そのアイデアを真剣かつ、全くもって、素晴らしいと思い込んでいた自分にである。


教訓。。。

思いついたら、すぐに書く(もしくは言う)

後になるほど、忘れるか、もしくは恥ずかしい思いをする。


(苦笑)。。。。。

2009年11月28日土曜日

下のエントリーのメイキングがこれ

エビアンの広告1

エビアンの広告がギネスブックに載ったそうだ。
以下ユーチューブからの転載ーーーー

YouTubeで公開中の動画「ローラー・ベビーズ」が、ギネス世界記録に正式に認定されました。

ミネラルウォーター「エビアン」の広告であるこちらの動画はフランスの広告代理店 BETC が制作し、YouTube 限定で公開され、世界中で多くのユーザーから視聴されました。
これまでの合計視聴回数は何と 4500 万回を超え「最も視聴回数の多いオンライン広告」としてギネス世界記録に認定されたそうです。

同広告キャンペーンは、日本をはじめ、イギリス、フランス、ドイツ、米国、カナダで展開されました。 ニールセンと YouTube は、このキャンペーンのブランド認識への影響を調べるために共同調査も実施しました。
調査の結果、エビアンの「ローラー・ベビーズ」の動画を視聴した米国の 80% 以上の人が動画の内容を話題にしたいと考え、2/3 が友人に動画を見せたいと答えており、世界的なバイラル広告キャンペーンとして、高い効果があったことがわかりました。
また、インターネットユーザー対象の調査では、エビアン・ブランドの認知度、購入意欲、およびイメージが非常に高まったという結果も出ているそうです。

2009年11月22日日曜日

コミュニケーション

今日は動物占いの講習会に出席してきた。

今さらながら、、、、。

昨日お誘いを受けた。「ど、動物占い?」・・・「占い?」しかも「講習会??」別段日頃占いに興味がある訳ではない。というか占いは好きかもしれないが、ぶっちぇければ、それ聞いて何になるのか?と思っていた。

もう一度、お電話を頂いて、お誘いを受けたこと自体に、何かが待っているのかな的な好奇心で参加してきた。

で、内容はというと、、、、

面白かった!!

「こんな講習会、何になるのやろか?」と思って参加した僕は、自分の占い結果に該当する説明のくだりで、「○○なあなた、そんなあなたは、「目的志向」なので、これ何になるの?が一番気になります!!口癖は「何なん?それ」そして話は結論から言われたい!と言われて、、、

「ほ、ホンマやな(苦笑)」

で、思ったことは、
コミュニケーションというものは、本当に奥深いということ。
何か一つの言葉を、こんなにも人はいろんな角度で受信して、こんなに(正反対とさえいえる反応として)受け答えするねんなあということ。

動物占いというフィルターを通して、人の属性を統計だってまとめているのだが、人の受け答えや、何を一番重要視しているのかは、それぞれ異なるということをシュミレーション的に見せる体系になっているのには感心した。

動物のキャラクターが、その人の性格に当たっているか否かというよりも、コミュニケーションをとる際に、ひと呼吸おいて、この背景で、この言葉が、どのように受信されるか?を考えるきっかけになった。

その判断が正しいか否かは、僕にとっては重要ではないかもしれない。
重要なことは、同じ言葉でも、受信者にとって、こちらの意図がそのまま伝わる訳ではないということを理解しているかどうか、もしくは想定しているか否かである。

言葉でのコミュニケーションは、特に僕はwebの仕事をしているので、メールやホームページの「テキスト」の要素が強い。

しかしながら、その言葉が、その言葉の配置が、意図する情報をきちんと伝達する文字列になっているかどうかは常に興味の対象におくべきものだなと改めて感じている。

言葉を発するまでに、意図が明確に整理されていることは少ない。特に話言葉では、ほとんどが瞬間瞬間に言葉が発せられる。したがって、言葉が持つ意図が十分に、必要最適になっているかを推敲することはないから、「そんなつもりで言ったんではなくてね、、」と解説の応酬になることもある。ただその言葉の応酬を繰り返すことによって、意図や温度が伝達したりするし、表情やイントネーションで理解しあえることも時間の経過とともに増加することも確かだと思う。

論文などの文章は、何度も推敲されて、校正されて、書き換えられることの方が多い。文字の推敲のプロセスが、より明確に意図を伝達するという目的に沿って、洗練さを目指していること、そしてその作業は、本当に骨の折れるワークになると思う。相手と言葉の応酬をする前に、自問自答的に言葉の応酬をして、洗練していく作業というのに近い。言葉の発信者側は、その意図が受信者により明確に、そして出来うるならば、即時一致することを目指して、言葉を書換え、そして図表や数字を取り入れたりしていく。



いや、実にこの講習会は伝達というか、コミュニケーションについてなどを考えることが出来た時間だった。実際の講習会は講師の方の語り口調や例えばねという事例の表現が非常に面白くて、笑いの連続の中で繰り広げられた。


しかし、動物占いが、統計学に基づいていることは知らなかった。

また統計学というものが、あまり日本では信頼されていないという情報も納得だった。先進国の中で統計学を政治的にも、企業経営的にも、一般家庭にも取り入れてない珍しい国であるという解説もあった。

なるほど。。。

確かに日本では、「だって、それは統計上ってことでしょ」という言葉には、信頼性よりも懐疑性の色を感じる会話になることが多い気がする。あるいは「統計がすべてではない」「数字だけでは割り切れない」という言葉も同じニュアンスを受ける。企画のプレゼンテーションのときにも、数字、統計、グラフを入れてという企画書作りのノウハウ的要素は教科書のトップに書かれているのだが、実際のプレゼンの現場では、

「以上のように統計数字上では、こんな結論になりますが、それだけでは冷たくなるので」というような解説をつけて、主観的、感情的な解説が必ず加わる体験が多い。

外国企業とのプレゼンでは、この後の主観的、感情的(感覚的)な解説は途中で切られることがある。
「それは、あなたの主観的な主張ですね。それは後で聞きます」という具合にだ。

「聞きたいのは統計数字上の市場背景とその客観的動向である。あなたの主観的解説は参考にすぎない」とか
場合によっては、「変な結論誘導、バイアスをかけないでいただいたい!」と一喝さえされることがある。



とまあ、話が延長線上に、長くなったが、

コミュニケーションというものは、ことほど左様に、個々においての意味が異なることがおおい。

すべての価値観を全統一する全体主義的な思考も、いかがかとは思うが、個々に異なるということは、まあまあめんどくさい。

その異なる価値観でのコミュニケーションをはかるためには、やはり目的、目標の共有が不可欠なのだろう。

その目的を達成するためにおいて、必要なことは??と要素を分解して組み立てなければ、ならないなと感じる。


今日のまとめ!・・・
で、動物占い、、本日は初級編ということで、中級編って今度いつあるのかな??
(苦笑)

2009年11月19日木曜日

生まれてからの時間

これおもしろい!

人生の時間

僕の場合、生まれてから366,311時間が経過。

寝る前にぼんやりとながめそう・・・

2009年11月15日日曜日

第2思春期

なにかyou tube貼付けに凝ってきた感があるが(苦笑)

僕にとって、渡辺美里さんは特別存在で、僕の若かりし頃の魂を何度も救ってもらった。今でも、好きな歌手のリストには、別枠特別推薦の席に渡辺美里さんは登場する。

何がココロに突き刺さるのか?

一生懸命生きていくと、誰のココロも傷つけずにいることは不可能。
その傷をつけてしまったという記憶が自分のココロを責めることになるが、
それが意識してない場面で、自分の意識の範囲外で起きると、そして後からそれを知ると
本当に自分のココロをメンテナンスすることが難しくなる。

そんな時やら、こんなとき、美里さんの声に
癒され、励まされ、そして勇気をもらって歩いてきている。

当時19〜20歳で、この曲を書いたみさっちゃんの感受性とか、世界観とかの衝撃は、結構なものだった。歌で言われれば、「そうそう!」と理解が出来ることでも、それを言葉にして発信することの難しさを身にしみていたころ。なんとこんな感情を歌にする才能に驚いたし、まともに影響された訳ではないが、サルトルやヘルマンヘッセや、ロマンロランの著作を読み、それを語った。

高校時代の美術の先生がジャズ愛好家であり、学生運動の時代の燃え残り(先生失礼!)のような反体制の価値観について語り合ったりした。



1994西武球場での美里さんのLovin youは当時会場で聴いた。
ちょうどその動画がアップされていた。




フルコーラスはこちら(苦笑)



で、

第2思春期の話を聞いたことがある。

40代は、一通りの人生経験をしてきて、生きるということや使命や、存在意義について、もう一度考える思春期が来るという説であるらしい。会社を辞めたり、農業の世界に入ったり、僕のまわりでは、精神的なダメージの中、通院をしたり、親の介護に、そして子育てに、さらにリストラされたり、リストラを進める立場だったり、そして家庭を一回解散したりと、それぞれに一通りの事件を通過している。

長年、ライブ活動をしてきた友人が、今月最後のライブ(かもしれない)をする。

長年、一流と言われる会社で、営業成績を伸ばし続けて役職に辿り着き、そして今、リストラを推進する役割を持って、体調を崩して、通院している友人がいる。彼には、家庭以外に愛がある。

教職に努めて、学校崩壊に立ち向かい、ついには自分の精神を崩壊させてしまって、田舎暮らしに転じた友人からメールが届く。

親との関係、家族、夫婦のありかた、仕事、お金、仲間、健康、競争、世界、矛盾、理想と現実、愛を見失い、そして自分の存在を自問自答している姿。。。




僕は、20代の頃が今までの人生で一番がむしゃらだったし、一番人を傷つけたし、自分も不安定でうろうろしていた。でも人生や生きることに対しての情熱や意思は一番、尖っていたし、もっともっと色んな意味で「わがまま」だった。当時は「タイフーン」と呼ばれていて、波風を立てるのはおかまい無し。

僕はこう思う!という主張を重ねて、大騒ぎな事件も巻き起こしたりした。(もちろん法には触れてはいないが)

自分の人生にとって自分なりのルールを作ろうとあがいていた。
何事にも怒っていたし、何事の理不尽さにも対抗をして、そして反抗をしていた。

ロックは死んだのかと叫び、そして権力や既成概念と戦った。青臭いことを誇りにしていたし、そして「死んでるみたいに生きたくない」と毎晩ノートに文字を綴った。



自分の中で「挫折」と「敗北感」を抱えた30代を通過して、なんとかそれを
周囲の人との関わりの中で、自分なりに解消しながら、

今40代に入って、今年の感覚は、また20代の頃の感覚がよみがえってきている感覚。

人生の中で、何かの「波」のようなものがあるならば、もういちど「がむしゃら」に毎日を生きるということが、何かメッセージのように降りて来ているこのごろ。

とにかく、まあ、何もまとまりもない文字列になったが、今日は渡辺美里さんの曲で、少し夜更かし。

仕事の事務処理もかねて(苦笑)

2009年11月14日土曜日

こまどり姉妹とポールポッツ

これは、もう一年以上も前に、
あのポールポッツという歌手が、イギリスのコンテスト番組に出た初回の模様。動画を紹介してもらって、ビックリしたし、感動もした。一年以上も前で、おそらく、このコンテストのグランドチャンピオン大会前の時だった。

今では世界ツアーもしているポールポッツであるが、チャンスを手にして、最近のインタビューで話をしていた。私が歌手として今こうして皆さんの前でうたえることは、とても幸せなことです。チャンスが巡り来るまでの私は、本当に、何も希望がなく、本当に夢をあきらめて生きていました。この初回のコンテストの僕の順番の前、私は怖くて、逃げ出そうとしていて、あと5秒も呼出しが遅ければ、棄権をして家に帰っていたところだったのです。

チャンスを求めて、ひたすら努力する人はすばらしいし、

こうして、まるで運命のように、そして爪の先ほどのわずかなきっかけから人生が転がることがある。
出会いや人生は、摩訶不思議な「何か」があって、それぞれに、オリジナルな人生ストーリーが展開するんだなあ。

久しぶりに、この動画を見て、そしてこの動画の時には、未来であった今から

ちょっと振り返ってみたら、当時の感動とトモに、何か、ヒントを得たような気がする。

それは、その時間その時間を一生懸命に生きるということかなと。




なぜにポールポッツを思い出したのかといえば、
おとといに「こまどり姉妹」の映画を見て来たからだ。
新宿だけで単館上映されている「こまどり姉妹がやってきた!ヤアヤアヤア」という1時間15分の映画。

ちょっとココロの奥が響いた。

だってこまどり姉妹って、この2人の人生って、
昭和の時代って、凄いんだもの。

「歌が好きで歌手になった訳ではありません」から始まるこまどり姉妹の壮絶なドラマ。

こまどり姉妹がやってきた映画公式サイト

歌手ではないのに、歌が好きで好きで、というポールポッツ。

対照的なような、

どこか、そう人生の展開という意味では、
何か同じもの、表に出て来ているドラマは全く異なるが、
何か、

人生ってこうなんだろうなと感じるもの。

そうなんだろうなって感じるものが、共通している気がした。

2009年11月8日日曜日

コミュニケーション談

ブログにものを書く(アウトプット)ということは、
思考を一つの流れにする体操のようなものだと書いてあった。

文字の情報は、狭い。だから、一つの方向性、筋書き、ストーリーの中において制約をうける。
例えば、同時多発的なものごとを文字で、同時に書くことはできない。

この文字の制約性が、逆に、異なる顔を持つ人々に、「共通認識」を加えていくことを可能にする。

人は、文字を受け取り、自分の中にある体験値や知識に照らし合わせて、置き換えて解釈をする。
同じ文字でも、例えば「青」とだけ聞いて、解釈を集めると「空」「海」「憂鬱」と解釈は別れていくが、前後に説明文がつくと、やがて一つの認識に集約されていく。

映像は、情報量が多い。したがって同じ映画を見ても、それぞれの体験値や知識に置き換えられたときに、解釈の「幅」が出来る。よって、映像の方が、たくさんの情報を与えられるが故に、たくさんの解釈が発生することになる。

文字の制約性が必要な場合は、解釈や認識を共有させたいとき。

イメージや解釈を、広げていきたいときにはイラスト、写真、図解、映像と情報量を増やしていく。

ホームページは、文字の情報も、イラストや写真も、そして現在では動画も情報として掲載するコトが出来る。

制作する側としては、これらの媒体を有効に分解して、意図する伝え方に組み立てるという作業が必要な場合がある。

「必要な場合」とは、そうでない場合もあるからだ。

同じ文字としても、解説文か、詩的なものかによって受け取る背景が変化する。
キャッチフレーズも、効果的なキャッチコピーの作り方というノウハウが氾濫するように、大切なファクターであるが、人のココロをつかむキャッチコピーが、すべてのサイトに必要な訳ではない。キャッチコピーなく、写真やイラストだけの方が世界観が伝わる場合などがそうだ。

コミュニケーションというものは、
昔はもっと直線的であったかもしれない。

生活様式や習慣、何をよしとするかの道徳観のようなものが、一つの枠にあったから、
それを前提にして、残りをコミュニケーションすればいいからだ。

今は価値観が多様化してきて、説明する内容に階層が出来ている。

価値観が多様化するということは、前提となる「これよい」「これいまいち」という価値観のベース自体が異なることになるから、説明が階層化する。前提となるものの解説を加えて、「このような価値観をベースに言うのであれば」と次の論理の展開に入らないといけない。

めんどくさい。

コミュニケーションが希薄になってきているということは、実は能力が落ちてきたのではなく、説明する範囲が広がってしまって、コミュニケーションが長くなるということなのかもしれない。

だから、よく落語のオチが笑えないのは、生活背景の理解がないからやから、本題に入るまえに、
「えー江戸時代というものは、大変のんびりしておりまして、長屋での生活というものは、こんな感じで、隣との壁は板一枚、音も何もが筒抜けというところがありました。・・・そんな長屋でのお話です」と説明を入れないと、隣から釘が出てきて、お仏壇のおくから釘が打ち抜かれている」という落語を笑えない。

つまり。

コミュニケーションは、手順が増えているから、相対的に、コミュニケーション力が落ちているということ。

伝えたい情報を分解して。

小学生向け、中学生向け、高校生向けと階層化していく必要があり、
生活背景や、生き方の道徳観、価値観の前提条件をふまえたものを用意するとか、
漫画や図解、イラストをはさむとか。

コミュニケーションって、やはり、同じような価値観の中が一番伝わるのですが、違う価値観の人に、コミュニケーションができるノウハウが・・・いきなり飛ぶけれども、世界の平和にさえ繋がっているのではないかしらと。

あと、
価値観が違うということを認めた上で、コミュニケーションするときに必要になる土台は、「基本」なんだとふと思った。基本とは、ぶっ飛びついでに世界で言うと、「私たちは地球に住んでいて、地球は美しくあるほうがいい」とか世界観の広さだろうし、それらを「おおきな前提」というならば、「人間は皆豊かになりたい」「自由になりたい」と思っているというようなある種普遍的な、本質的な価値観を土台にしてコミュニケーションをしたほうが、わかりやすい。

つまり、そんな大きなことをテーマにしてるのではないのですが、でもね、まずもって、人間たるもの、○○○○であるでしょ。で、あるなならば、という流れのコミュニケーションが、一番伝わるということになる。

まあ、めんどくさいね。

でも、めんどくさいけれども、そのほうが伝わっていくのであれば、その方が効率的とも言える。

コミュニケーションって深いようで、案外と「基本」「本質」から照らしてみたら、ヒントはたくさんあるかもしれない。

伝わること

いろいろな企画が、ちょうど企画構成段階が重なって苦闘中。

ホームページを使って何かを表現する、お知らせするという仕事を通じて

いつもおもうこと は、
伝えるってことは、結局その人やモノ、サービス、商品が持っている
本質が「伝わっていく」ということ。

特にマーケットに向けての企画の時には、
こちらにある商品やサービスが、いかに魅力的で価値あるものであるかを
伝えようとするあまりに、小手先の、見れくれの、そして刺激のある
新鮮な、吸引力のある「何か」を探したくなることが、、、
そして、手法的なものに偏ることがある。



昔から、販売促進に携わって、もう20年以上になる。
最初は、お店の販促、セール企画、チラシやDMや、キャンペーンや展示会の企画
テレビCMや、番組制作と経験をした。

そこから、オリジナルの商品企画にも立ち入るようになって、
企画から営業支援、ついにはセールスの人材教育や、店舗のオペレーションまで
担当しないといけなくなった。人員の頭数がいなかったから、何から何までしなくては
間に合わなかったからだが、先輩やノウハウは何もなかったから、
図書館にある、セールスから、心理学、労務管理まであらゆる種類の本を読むしかなかった。

東京にセミナーがあると聞けば、休日を返上して参加した。
とにかく、「何」を「どうすれば」効果が出るのかを知りたかった。

やがて、一つの課題に出くわした。

それは、とある本に出ていた、
「販促は麻薬である。次次に新しい刺激を与えないと飽きられる」という
一説だった。

顧客満足の追求というテーマを、自分なりに一つのものにまとめたことがある。
ワープロにして200ページを超える大作だった。

顧客満足や仕事、営業、利益を追求すると、
必ず「何のために、それを全力で行っているのか」というテーマにぶつかる。
それは、「何のために生きているのか」「そのお店や商品、ひいては自分の存在理由は何か」ということにぶつかる。

それは、当時20代後半であった僕にとっては、非常に難問だった。

そこから、哲学、企業哲学、病理学、マルクスからケインズなどの経済学理論と
今から見ても、異常なほど本を読みあさったが、

結局、どこにも答えを見つけることは、当時出来なかった。。。

今も、効果的な自分なりの答え、

「何のために存在し、どう生きようとしているのか」の自問自答は続いている。



さて、ホームページの企画であるが、
実は、僕はクライアント様から最近、言われることがある。
「ホームページの制作の技術が欲しいのではなく、
コンセプトや伝えること、何をどのようなワークフレームで考えたらいいのか?
それを一緒に考えて頂けそうなので、発注しました」ということだ。

制作者としては、「技術の評価は?」という思いもかすめるが、
今までの僕の試行錯誤、苦しみが、
もしかして、お役に立つようなことに繋がっているのではないかということを
思うようになってきた。

限られた予算、限られた時間、限られた人員、
「制約条件」の厳しい中に、

何かの変化や、何かのメッセージを込めたい、これを届けたいという「思い」

成果を、つまり数字を求められ、そして、結果は現実を冷静に伝える。
「伝えようとしている事」と、「伝わってしまっている」コト

このずれとの戦いが続く。




突然だか、ボンジョビの新曲が発売される。
何かのメッセージを直球で伝える感じが、ボンジョビらしい。

もちろん、マーケットへの分析やシュミレーションはスタッフによって繰り返される
世界的な音楽マーケットだが、

歌のメッセージが

人の「勇気」の背中を押すことがある。

yahooのニュースから抜粋〜
『ザ・サークル』からの新曲「ウィー・ワーント・ボーン・トゥ・フォロー」のPVは、オバマ大統領も登場していることも大きな話題となっているもの。この曲は「金融危機等に端を発した世界的に苦しい時代において、ただ嘆くばかりでなく自ら立ち上がりポジティヴに動いていこう、そうすることで変化は必ず訪れる」というボン・ジョヴィの強いメッセージが発せられている楽曲。新曲のPVにはオバマ大統領の他に、ベルリンの壁の崩壊、スペース・シャトル打ち上げ、ダイアナ妃のボランティア活動、環境問題を訴えるあるゴア、真冬のハドソン河に着陸した飛行機など、変化をもたらす為に自ら動いた人や場面などが中心に編集されている。〜

ボンジョビ「ウィー・ワーント・ボーン・トゥ・フォロー」you tube
ユニバーサルミュージックの公式チャネルだから、埋め込みは禁止になってますね。

さて、もう少し作業を。

2009年11月7日土曜日

この発想素敵やなあ〜2

下の「この発想素敵やなあ」エントリーの関連動画らしい。
おもしろい!



これ見て思い出したことがある。
高校時代に、
京都の四条の交差点で、同級生4人で、
一斉に「あっ」と叫んで、空を指差す遊びをしていた。

周囲の人は、みな空を見上げて、
「何?何?」という表情。

・・・まあ、それだけのことのシーンですが、
思い出しました。

この発想素敵やなあ

こんな動画が紹介されてました。

ストックホルムの地下鉄の階段で、
ほとんどの人がエスカレーターを利用する状態のところ

ちょっと変わった仕掛けの階段にしたら
66%の人が階段を利用するようになった。

こんな発想自体が
日本のどこかで出来たら素敵。

日本も出来ると思うよ。
誰がお金を出すねんとか、突飛な仕掛けを施すことに
慣れてないかもしれないし、
何やら規制とか、法令の制約があるかもわからないけれど。

全く出来ない国ではないと思うのやけど、、、。

ユニバーサルデザインに、
こんな一工夫も加われば、街が楽しくなるじゃないですかねえ。

微笑ましいなあ。

2009年11月4日水曜日

才能の贈り物

今ひとつのプロジェクトを抱えている。
これは、
「才能の贈り物」というコンセプトのサイトなのだが、
これからの展開をいろいろと計画をしていて、

ちょっと自分でもワクワクしているものだ。

人には何がしかの才能があって、
その才能は、誰かが引き出すことを待っている。
もちろん、力のある人は、自らの力で、その才能を
世に問うことが出来たり、しようとするのであるが、

このサイトのコンセプトは、
特に自分から売り込んだり、何かを作り出そうということはないものの、
本人たちは本当に対象のものを好きで、大好きで作り出しているという
そんな人たちのホームページを作る活動だ。

で、まだ企画段階であるので、詳細はこれからだが、
ホームページを通じて、それらの才能を世に問うのみならず、
人が集うようなイベント企画に作り上げられないかということで
プロジェクトチームを作ろうとしている。

間もなく、第一ステップのサイトがお披露目となる。
能面作りの人や
イラストレーター
それから書道の人とか、
フラワーアレンジメントなど
それぞれの作品を公開するところから始まる。

インターネットの可能性と
人が集うというアナログの部分

それらをつなぐようなプロジェクトに成長してくれますことを



個人的に応援している書道詩人てらきちさんのブログが
(今までもあったけれど)アメブロに引っ越しをしたそうだ。
今、彼は四国を徒歩で周回している。
詳しくはこちら
書道詩人てらきちブログ

2009年11月1日日曜日

リンクを張った。

ホームページにリンクを張った。

SOHOとして、社会とかかわり合いをもって、仕事を通じて生きていくためには、
まず自分がどんな視点をもっていて、出来不出来も含めて、
(勇気はいるけれども)主張のようなものや、雑感というか何かの発信をしていくべきではないかと
自分なりに思い込んでのこと。ひいては、何か個人の魅力のようなものが
成長する舞台になればいいなと期待を込めて、Assertion「主張」というタイトルになった。


今日は、ホームページにリンクを張ったので、
ちょっとサイトについて雑感を記録しておくことにしよう。


ホームページは、今やたくさんの素晴らしいアプリケーションが登場してきて、
誰もが以前に比較して簡単に、作れるようになった。
そして誰もが、ブログやミクシーのようなSNS、さらにはメールやwebのゲームなど
インターネットの恩恵を受けて生活するようになってきた。

モノを買うのもインターネット。オークションは非常に盛り上がってきているし、
携帯サイトを含めて、たくさんの商行為や文化活動がインターネットで行われている。


歴史的な視点から見ると、

人は行動範囲の広さが広くなるに従って、文化生活を広げてきた。
最初は徒歩。だから江戸時代の人はおそらく、自分たちの村の領域でほとんどの人生の時間を
過ごしたし、それが交通手段が発達するに従って行動範囲を広げていったのだと感じる。

江戸時代には、藩という「領域区分」があった。
これは土地図版的に徒歩圏内のサイズに収まっていて、人生の「舞台」はこの領域だった。

明治になり、馬車が出来、鉄道が出来、その移動範囲に従って、行政区分も広がる。
「県」は馬車と鉄道の移動範囲のサイズだし、鉄道や車の性能発達に従って、
県を超えて、今話題の道州制の範囲ぐらいに広がってきているのだと思う。

そして飛行機が出来て、行動範囲は島や大陸を超えるようになった。
物理的な移動範囲は、世界標準に近くなり、
そして、物理的な行動範囲を、電子的に軽々と乗り越えてしまったものが、
インターネットだ。

言葉の壁さえも、間もなく自動翻訳なるもの、音声認識のようなもので乗り越えるに違いない。

インターネットは、物理的な障害の壁をいとも簡単に乗り越えるものとなっている。
健常者と身体が不自由な人をも結びつけ、世代を超えた交流も
きっとこれから先は、乗り越えていくのだろう。

世界がインターネットで標準化されていくと
世界が同じような価値観で動くようになる。

が、一方、人間の生活認識範囲は、まだ明治の時代から物理的には変化がなくて、
世界という広さを認識する脳には至っていない。
世界が広がるに従って、反動のように地域社会や、同じ趣向を持つ人との
「閉じられた環境」に集合する意識も働く。

ナショナリズムも、SNSも。

だから、インターネットも、世界に通じる窓であるのと同時に、
同じ技術で、閉じられた(ID、パスワードで限定された)コミュニティーの成立も可能にする。


理屈っぽい文章になった。

今までのホームページの制作は、
特殊な技術が必要だったりしたから、「出来ない」人が「出来る人」に仕事を頼むという
構図でもって、商行為を成立させてきた。
仕事としては何も変わった構図なのではなく、
それは医者も弁護士も、そしてほとんどの旧来の仕事の構図は、この
「出来ない人」が「出来る人」に仕事を頼むという構図の中にある。

ホームページの仕事をして、今感じることは、
クライアントの皆さんが、(私の場合)
ホームページ制作が「出来ない」人なのではなく、時間さえあれば「出来る」スキルがある人たちであること。
または意欲がある人であるということ。

求められているのは、
ページ制作が、出来るか、出来ないかなのではなくて、
「何をのせるか」「何を載せないのか」というような、中身のディレクションに関してのこと。

強引に集約すると、
ホームページは、制作が出来るかどうかではなく、
何をホームページに掲載するか、どう活用するかということであり、
それぞれのクライアント様が持つ、「主張」をどのように反映させて、
どのような使い方をするのかという部分になってきている。

うちの屋号は、WithGrowthと命名して頂いた。
実際、僕が考案したのではなく、命名して頂いたもの。

〜トモに成長しよう、体験しよう〜という意味を込めて頂いた。

僕はwebに関して、何でもござれ、何でも出来ますよという才能と能力を持っている訳ではない。

ただ、一緒になって汗をかき、どうしたら一番の(現状の)最適解になるのか?
をトモに考えていきましょうという視点で事を進めるようにしている。

「主張」を際立たせるという仕事。

「手段」としてのインターネット、ホームページ。



これが僕にとってのチャレンジになる。

独りよがりのものではなく、様々な要素からなるものを、集約して、
必要な取捨選択をして、深め、あるいは、捨て去り
作り上げて、さらに成長させていくという、面倒なプロセスを経ている。

じゃんけんのグー、チョキ、パーのトライアングル関係のような、
あちらを立てれば、こちらが立たずの制約要素と
何が必要で、何がさらに重要なのかという判断。

毎日がその繰り返しの中で、結局僕が一番磨かれている。

仕事として、代金を頂いて、勉強もさせて頂けている。
ありがたいことです。

最後は、落語のようなオチもなく、
雑感のままに書いてしまったので、僕の主張は何か、漂ってしまって
感謝の文面になってしまったが、

そんな事を今日は感じたので、
ブログとしては、こんな感じで。

11月が始まりました。
今月もよろしくお願いいたします。

2009年10月30日金曜日

映画雑感

最近日本の映画がおもしろくなってきている感じがする。

昔は一年に400本以上の映画を見ている時期があった。ちょうど企画関係、販促関係をしている頃。
イラン映画や中国映画、ベトナムの映画、
今から10数年前だから、まだ一般的にアジアの映画はメジャーではなかった頃。
日本の単館上映ものも、こまめに見て歩いた。

最初は企画で、何かのヒントになるんじゃないのかと下心満載、仕事気分で鑑賞していたが、


映画って、おとぎ話のような非日常
なのに、日常の中で感じていて、ココロの奥や片隅にひっかかっている
日常感情に、ことんとひっかかり、音を立てていく。

映画を作る人って、とても芸術家だと思う反面、一つのシーンに切り取られた
日常の感情が、何かをさわる。

隠してきた感情だったり、無くしたと思い込んでいた感情だったり、
そして観賞後は、ずいぶんと時間の感覚がおかしくなってしまっていることもある。


どの映画が一番でしたか?という質問は、

仕事をしているときの枕の話題でよく出てくる。
仕事の打ち合わせは、本題に入るまでにいろんな世間話をする訳だけれど、
それはクライアント担当の方との間合いをはかったり、何かの共通点を探してみたりという
時間でもあって、そこでの会話のセンスが、実は仕事を決めていたりする。

音楽、映画、本、
「いやーこの前、ある映画を見てきましてね。まだご覧になってないなら、ネタバレになると
申し訳ないですから、内容は言わないことにしますが」とただいま上映中の話題を持ち出すのは
野暮であると教えられたことがある。

映画の話題は、確実に上映が終わっているものにして、その映画を
「今でも記憶に残る映画があってね、数年前になるけれど・・」
と語り出すのが、一番だと、ノウハウチックなことを教えられた記憶がある。

話題の軸がただよった。
当時の日本の映画は、ちょうど斜陽産業の中核的存在で、
ヒット作品といえば、ほとんどがハリウッド映画だった。
一つのエンターテーメントとしてのハリウッド映画は、それで結構気分爽快なものではあるが、

非日常のスクリーンに、日常で感じていた、あるいは置き忘れていた感情の何かを
ことんと触るような感覚になりにくく、当時の僕は苦手だった。

僕はよく泣く。泣くに至るために映画を見ているといってもいい。
仲間うちでは僕が泣くことは、常識的になっていて、仲間とともにテレビを見ていても、
コマーシャルで、そうわずか15秒のコマーシャルの間に、感情の何かにことんと触るものさえ
一瞬登場するだけで、涙腺の開放は始まってしまう。

それを目撃した人は一様に、
「えーーー、今泣くとこあったあ?」と笑い出すのが常ではあるが、
僕は平然と
「いい話、いいシーンやったなあ」と涙を拭うのである。

で、最近の日本映画が素晴らしい。
僕は映画産業というものが、日本や韓国やアジアの国にとって、非常に
魅力ある産業になると予感していた。
それは数十年前にも感じたことがあって、その理由は、いろいろあるが、
日本や中国、韓国の文学というものが、人間の感情を中心にした
情や勇気や、愛や苦しみや孤独のような細かい描写のものだったからで、
娯楽ではなく、芸術としての文化的な素養がハリウッドとは異なる領域で成立しえると本気に
考えていた。

僕は映画について、映画産業について、何も知らないが、
お金のかけ方や、産業としての流通、配給の仕組み、俳優と監督との関係性や
プロデュースなどのものづくりの手法なるものも全く素人な中、
いち観客としての立場から、映画のジャンルはいろいろあるけれど
感情の何かを触るようなものを感じるお客様を持つアジアの素養のようなものを
何かなんとかできないものなのかなあと、その数十年前に感じていた。

また、お客様が芸人を育てていくような、
そんな文化がもっと成熟したらということも感じていた。
お客様を「対象者」として、みる構図ではなく、
制作者もお客様も同じような立場で、映画を育てているという感覚。
つまり、積極的に映画を劇場に見に行くという文化。
それで映画産業が育ち、その恩恵を観客が得られるのであれば、
送り手とお客様という対立軸としてのマーケッティングという構図だけではなくて、
何か、「我々」という構図って必要ではないかと。
(このあたりは別のテーマで書いてみたいなと)


だから最近の韓国映画ブームやここ近年の日本映画のヒットは
凄くいい感じ思う。

いいな。
大きなスクリーンで見たくなるよな。

僕の中にある原風景は、部活が放送部であったこともあるし、
高校時代の文化祭やバンドの活動や、はたまたキャンプや討論会のようなもののイベントにある。
あの高揚した雰囲気や、ものづくりの試行錯誤のシーンは
僕のココロにしっかりと「よきもの」として残り、仕事をして社会に出てからも、
そんなシーン、そんな舞台を夢想しているときがある。

夢は、自分が作品を書いて、それが原作で、
自分は舞台を作り演劇で、同じ原作でラジオドラマを、そして、その時に一番波長のあう
監督さん、脚本さん、スタッフでチームをこしらえて、映画を
そんな作品を

死ぬまでに一本作りたい。

なあ。

この秋、たくさんの映画を見たいと思う。
スケジュール的に見に行けるかどうかは皆目検討がつかないが、
予告トレーラーを見ただけで、これも、あれも見たいというものが
目白押しだ。

・「沈まぬ太陽」
これは絶対に見逃せない!映画だから、映画でないと。
・「クヒオ大佐」
本当にあったらしい結婚詐欺師の話だけれど、堺さんの演技を見ておかないと。
・「ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜」
松たか子だから。太宰だから。そして浅野君だから。
・「さまよう刃」
東野原作で涙したから。
・「僕の初恋をキミに捧ぐ」
井上さんがかわいいから。
・「無防備」
再生の物語ということだから
・「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」
これは日本映画ではないが、やはり僕らの時代のスーパースターだ!
・「サイドウェイズ」
生瀬と小日向さん、鈴木京香と菊池さん、この組み合わせは見ないといかんやろ
・「ゼロの焦点」
松本清張原作、これで映画化は何回目かな?広末さんも最近凄いんと違う?
・「笑う警官」
大森南朋、ここばらく社会派傾向か。
・「宇宙戦艦ヤマト・復活篇」
これは見逃せない!古代進と森雪の子どもが登場
・「サヨナライツカ」
ミポリンを見ない訳にはいかない。
・「おとうと」
つるべの俳優ぶりと吉永小百合さんのシーンは目撃しておくべきと
・「ACACIA」
我がココロの師匠、アントニオ猪木を見ないと後悔しそうだ。辻さんの監督さばきも。

こんだけ見れるか?
映画は映画館でやっている。(これからやる)
あとは、上映時間とスケジュールの問題やな。

スクリーンで見ないと、ちょっといかんよなあ。
後でDVDで、という誘惑に対する答えは、
スクリーンの大きさとあの音が自宅で再現できない現状。

ホームシアターが欲しい。。。

というか、シアターのスペースがある自宅が先か(苦笑)

とにかく映画が活気があることは、
この上なく幸せなこと。

映画を製作するって、とても多くの人の魂が込められていて、
それを配給、公開できるということも、資金的、人的、その他もろもろの
たくさんのかかわり合いがあって初めて、僕らが体験できること。
こんな映画を作ってくれて、公開してくれてありがとう!という気持ちを忘れずにいたいな。

日本映画、頑張れ!
ハリウッドは、ハリウッドで、ハリウッドらしいものを作ってね。
(でも、最近の経済事情では、なかなか厳しいのかもしれないけれど、
そこはやはりハリウッドのスケールはオンリーワンなのだろうし)

2009年10月28日水曜日

セルフチョイスが、ベストなチョイス?

世の中についてを考えたり、人生について考えたりする時間は、
案外日常にはなくて、旅に出たときや、
ちょいと調子がくるって、壁に当たったときに、
そんなことを考える。

で、考えても仕方がないと思いながら、
はやりちょっと考える。

で、結論的には、いつも結局

開き直って、頑張るしか無い!という答え。
(最初から開き直っておけばいいのに)

さて、突然だか、音楽についての一考察をしてみたくなった。
昭和の歌謡曲全集をこの間聞いていた。
なんとバラエティにとんだ豊かな時代だったのかと思ったが、
今でも結構たくさんのジャンルに別れているが、音楽の楽曲は存在している。

昭和が何故にあんなに豊かであったか、
それはやはり、音楽が一つの娯楽の一ジャンルとしてくくられていて
例えばテレビ番組も音楽番組があって、そこで、自分の好きなジャンルだけでなく、
いわば強制的に、いろんな歌手の唄を聞かされていたから、

なのではないだろうか?

つまり、自分の趣味趣向以外のものに触れる
ステレオタイプとしてのベストテン、あるいはヒットソングというものが
きちんと成立していた時代だ。

いまは、今の時代は
自分のセルフチョイスで、自分の趣味趣向にあったものを選択できる時代。
よって、自分の趣味趣向以外のもの、自分のストライクゾーンから外れるものには
関与していかなくてもいい時代になった。

そして僕は疑問を感じる。
すべてセルフチョイスであることが、果たしてベストチョイスであるものなのか??

強制的に触れたもの、
他人から教えられたもの、
知らなかった歌手に触れる番組

そんなものたちが、ベストチョイスのきっかけになっていることが
最近は少なくなってしまったのではないか?

よって経験が少なく、少ない経験から、自分の好き嫌いだけで
時間を経過していけてしまうことが果たして、いいのかなあ。

2009年10月27日火曜日

ブログを書くという行為

ブログを書くという行為について長らく僕は、肯定的でありながら否定的でもあった。

自分を記録するということに熱中するシーズンが来ると、ブログが更新されていない時期が非常に不快に感じてしまって、次々と更新すること自体が目標になって、中身が希薄になっていく。そしてご多分に漏れず、ブログの更新がちょっと途絶えると、嫌になって、つまり飽きてしまう。これは何かのテーマを深く追求している訳でなく、そしてブログを楽しみにしてくれている多くの読者が存在する訳でもないということが背景にあるのかもしれない。

ブログに書いて記録に残すことの意味を見いだせないでいて、個人的な日記ならば、webでなくとも、紙のノートの上に書かれていればいいじゃないかということ。

そしてブログに書くことによって、万が一、万が一の万が一、誰かの読者がいて、読んだときのイメージを妄想の中において、意識してしまうからだ。意識してしまうと文章が「よそ行き」になる。自分の思いを文字にしたとき、その文字の持つ意味合いや影響力についてイメージが膨らむことはなく、全く面白みがなくなることがよくあった。

もうひとつが文字の力の限界というか、そんなものを感じることがあった。文字に力があった時代。本が唯一の世界との扉であった時代にはたくさんの名作が残されたと思う。これはラジオが登場してからもしばらく続いたのだと思う。そしてテレビが登場し、やがてインターネットができて、情報が爆発的に世界に溢れた。動画も力を持ってきた。こんな中、特に詩の力が相対的に(絶対的ではなく、相対的に)落ちてきたのではないかと、全くいい加減ながら自己勝手に感想を持った。

僕は世代でいうとバブル世代だ。
そして全くのテレビ世代の第1層である。本を読もうという傾向は少なく、図書館はどちらかというと「暗い」マイナーなもののイメージだった。比較的活発で目立つ生徒だった僕は、毎日必ず図書館に通った。先生からは「珍しいわね、あなたのようなタイプの人が本が好きなのは」と言われて、忙しい部活の合間をぬって通った。ほぼ図書館の蔵書は手にとった。何かに追われるように本を読んだために、熟読というよりは速読だったから、特に印象に残る文章をひろうこともなく、とにかく本を、早く読了することを目標にして読んだ。同時に放送部だった僕は、活字よりもラジオドラマやビデオ編集に傾倒していくことになり、活字の世界は、前時代のものというイメージも合わせてもっていく。


僕は今までの人生で、たくさんの人々に迷惑をかけた。
ある哲学によれば、迷惑をかけない人なんてものは誰一人として存在せず、
それを意識しているか、無意識かを問わず、誰かしらの罪を抱えているから、それを懺悔せよ。という具合になる。
僕の自意識が、その罪と罰に過敏に反応をはじめ、ブログという得体の知れないネット上のスペースに自分のプライベートななにかしらの文章が電気的に記録されていくということに対して、自己保身のようなものが意識されだす。

そこでしばらく続けているブログが更新中断となっていく。

僕は文章を書くという行為について、非常に偏ったものを持っている。
先に書いたように、図書館に通いながらも、活字の限界を意識していたのだが、困ったことに
高校時代には、勝手に自分で作った冊子をこしらえて、自分で文章を書き、自分でコピーをし、自分で数ページの冊子組にのりとステープラーで制作をして、求めてもいない友人に強制的に配布をしたりしていた。都合8冊も作った。完全なる自己満足の世界。

その後、僕は人生の壊れ物と認識するようになって、創作活動、つまり自己表現を否定的にブレーキをかける。

僕の存在や経済的、人間的なものに自信を喪失し、人間不信に陥り、はては自分自身についても、自己不振に陥った。ながらくその傾向がココロの底辺に存在して、表面的に顔を出したり、背後にしっかりと控えていたりした。

今年も、何度かそのようなシーズンがあった。

と、同時に、

何度も繰り返す自己批判や自己憐憫にも、いい加減飽きて来た感も出てきた。
もうい加減にしよか?

何かの目標を目指すときに必要なものは、
自分を信じること、とたくさんの著作やセミナーで耳にする。

知識としてはずいぶん前から、そういうものだと認識をしている。
いろんな仕事を通じて、いろんな局面からそんな話や体験を知っている。

知ってはいるが、なかなか自分にとって、それを「導入」することができないでいた。
正確には「導入」することがあるが、続かなかった。

で、ブログを書く行為についてであるが、
まさにこの文章のように、自分自身にとっての自分の存在の確認作業としてのブログをと
書き始めた訳である。

僕は長らく、夢想していることがあった。作家になってみたいなということだ。

これは非常に表面的なことであった。
人生の後半には、その作家の夢を実現させるのです!
遅咲きの作家になるのです!と友人たちにも宣言をしていた。

このところ人生を終えた人が相次いだ。
人生には自覚できる賞味期限がない。
いつ死んでしまうかは自覚できない(ことが多い)、明日の人生は誰にも保証はされていない。

それともう一つ。
何故作家になりたいと思ったのか?ということだ。


作家になりたいんですと言うと多くの人がそうなんですね。と返してくれる。
昔とは環境が異なってきたを実感する。作家で食えるとは非常にギャンブルなことで通常の神経ではないと思われていた。


高校生のときに文集で、大人になったら?というテーマのひと言ページがあった。
僕は「このじいさん一体何者?という不思議なおじさんになりたい」と書いていた。
それを見た先生が、「ところで何の職業をやりたいのか?」と聞いてきた。
僕はしばらく黙り込んで、「作家かな」と言った。
先生は「それなら文学部やな」と進路指導を開始した。

僕はあわてて、文学部に行くと作家になれるのかと聞いた。
先生はひと言こういった「作家で食える訳がない。文章に興味があるなら文学部やなということやんか。君は進路が明確でない。英語を選択したり、社会福祉学部と言ったり、法学部と言ったり全く定まらない。だから一番興味のあることにしなさい」

僕はその後の進路指導には全く興味をしめさない人になった。

僕が作家になりたかった理由。


それは自分が生きた存在理由を残せると思ったからだ。
だから作家になって食えるかどうかには全く関心がなかった。食えるかどうかではなく、存在を客観的なもの、物質的なもので残せるかが重要だった訳である。さらに、作家というものについてのイメージが良かった。自由そうだ。取材とかでホテルや世界のいろんな所に行けそうだ(むろん売れる作家でないとそんな境遇はもたらせないことなどは無視している)

だから作家になりたいと夢想していたのだ。

作家になるべく文章を書きためて、公募に応募するわけでなく、自分で冊子を作って自己満足に浸れたわけである。
作家になりたいのではなく、本を残したい、存在を残したいと思っていた訳だから。

それから僕はサラリーマンにはなりたくなかった。
特に大手企業のサラリーマンにはなりたくなかった。
父親が大手企業の戦士で、いつも全国を転勤していたからだ。
(父親には非常に感謝していることが多いから、父親を否定しているのではなく、職業として選択肢に入らなかったということだ)

自らのぞんで、小さな店の従業員になった。
そのときの父親の懸念はひと言「見る世界が小さくなることが懸念されるの」でだった。


そこから紆余曲折を経て、現在。
僕は小さなSOHOと自分でビジネスを立ち上げている。

あまり上手くはいっていないが、自分で選択したことであるという自覚はある。

で、ブログを書く行為に戻ってきた。
このブログはある意味自分に対しての宣言に近いものがある。

誰にもこのブログURLを告知はしていない。が、しばらくこうして思いを書きためていこうと思っている。

何の為に生きているか

「何のために生きているのか?」
この疑問は結構長い間、僕のココロの底に滞在している。
滞在していると書いたのは、

それが優先順位の高い自問自答なのではなく、
特に調子の悪いときに顔を出すタイプの質問だったからだ。
何か人生、毎日の中でうまくいかないことに遭遇して、
先行きが見えない状況というものは人生には、いろいろある。
僕は何かを目指して生きてきたタイプではなかったから、
40年もの間、目先の興味関心のあるものにご執心しては、
経済的に、人間的に壁にぶつかるということを繰り返していた。
いい加減学習を重ねなさいよ!という声に苦笑する毎日。

何かを書いて出力することは非常に脳みそを活性化させると聞いた。
だから今日は久しぶりに書いている。書いてみて、書きながら脳みそを動かしてみる。


で、何のために生きているのかの答えを、自分なりの答えを今日は用意したい。

神様がこの宇宙を創造したとする。これは本説を解説するために、
分かりやすくするためのエピソードなので、宇宙を神様が作ったか否かは横に置いておくことにする。

神様は何のために、何を目指してこの宇宙を作られたのか。
きっと、それはこんな動機だったに違いない。神様が宇宙を作ったということは、
それ以前、宇宙に存在する意識体は神様唯一であったに相違ない。
一人ぼっちだった訳だ。神様は愛に満ちていて、唯一の存在であるとすると
きっと何も感じることができなかったのではないか。
喜びも悲しみも、そして愛のエネルギーさえも、自分が全部で、全部が自分であるということは、
それ以外のものは何もないということだ。

卑近な言い方をすると「つまんない」ということになる。

これは一大事に相違ない。
何も感情を振るわせるものが存在しない。故に、何もわからない。従って、存在自体が無と同じ。

もし僕が神様だったとして、宇宙に何も他者がないものであるならば、
これは全くつまらないというか、何も起こらない、何に感じないということで、
きっと、ずっとぼーーーーーーーーーーとしているんだと思う。

ところが全知全能の神様は、自分から働きかける能力が(当然)持ち合わせていた。
こうなったら、「他者を作ってみたろ」
そう考えたに違いない。

ここで宇宙は作られる。
自分以外のものができた。これは一大事だ。
自分がいかに大きい存在かは、他者があって初めて認識出来る。

自分を分割して宇宙を作ったという。
これは非常に面白い現象になった。
自分が分割されて、こことあそこにいる。
一人二役。僕たちも俳優になって、一人二役をやると、ふたり分の感情を演技することになる。

これは非常に面白い経験になる。
そして、次々に分割して宇宙から星を生み出し、それぞれの意思でいろんなエピソードが
体験できるようになっていく。
こことあそこがあるから、そこまでの距離と時間も付随的に生まれた。時間差も生まれた。

分割されるごとに、いろんな出来事が自然発生的に生まれる。
もとは一つのエネルギーであったから、その体験は同時に感じれることができる、とすると
これは、一度にたくさんの映画を見ているのと同じような体験になる。

「これは面白いぞ」

例えば、僕は幼いころにレゴというブロックのおもちゃに夢中になったことがある。
夢中になると色々な種類のものが欲しくなってくる。
レゴで町を作りたい。鉄道も作りたい。川も山も、そして飛行場や飛行機、車・・・

レゴはブロックなので、動かないもの。
夢中で作っていると、作ったブロックを手に、いろいろと動かしたくなっていく。
飛行機を手にもって「ぶーん」鉄道を走る列車を手で押しながら「がたんごとん」

神様はきっと同じように、もっとたくさんの種類のものを作りたくなって、

そして「自動的に動く」ようにしたんじゃないかな。

(念のために書いておくと、僕は特定の宗教を信仰もしていないし、逆に否定的にも考えていない、
よもやこの僕のブログが誰かの目に触れて、いろんな意見を誘発するとは思えないかれども)

(このブログは僕が個人的に考えたことを、自分自身の「覚え」のために書いている)
<ちょっとへりくつ>


で、何のために生きているのかの自分なりの本日の答えは

人間を神様が宇宙創造の一環として、自分のエネルギーを分けて作って、そのそれぞれが
自立的に自動的に動くようにしたということは、

何を目的に人間や生物、地球をつくったのか?の答えは案外明白なのではないか/

大いなる目的

それは、きっと「いろんな体験を、それそれの個体を通して、感じたい」ということなのではないか?
これは自分にとって、

今までいろいろな精神世界の本や、宗教、哲学の本を読んで来ての集約的な答えだ。

これは誤解を恐れずに言うと、とても広い範囲での「経験」を体験したいということであるから
大いなる仕組みとしてはとてつもなく、深い。

基本的に「いい体験」「わるい体験」はなく、オリジナルで個々の体験であることが重要で、
そこには何のために人生があるのか?の答えを自分で用意する必要があるというぐらいに大きいもの。

オリジナルな体験を感じたいという神様にとって、
人間がこのように生きるべきだという解釈よりも、実際の許容範囲は広い。
これが非常に怖い。

ほんなら、なんでも ありなのか??

基本的になんでもありなんだろう。

正しい行いというものはない。

基本的には。

しかし、ここまでの段階で、人生は何でもありじゃ!と叫ぶほど、宇宙は甘くないのかも。
これを前提に、さらに考えてみる。

つまり、宇宙(=神)は、自分自身を体験するためにいろんな他者を自分を分割して創造したとする。
基本的に体験を選択するのは、それぞれに自動的に任せた。
あらかじめの脚本はない訳だ。

選択は僕にある。

僕の立場から語ると、どんな体験を宇宙に付加したくて何を選択し、創造するか?
そのチョイスは僕に任させている。

さて、何を選択して、どんな創造をするか?

これが今日のところの答えだ。
これは僕にとって、世界にとって、何を大切にするべきかの物語になる。
世界には悲しみに満ちた戦争や貧困、さまざまな「体験」が転がっている。

基本的に宇宙は、人類や地球が行うなにもかもは許容するぐらいの広さがある。

つまり、何を選択しても許容されるが、
何を選択するかは自分自身の問題で、より好ましい体験を得るために必要な視点を
作るもの私たちであり、環境や戦争などのものがもたらす体験は、何に通じているのかを
考えて選択しなければならない。

歴史は積み重なり、環境は変化し、個々の体験は非常に早いスピードで現実化するようになってきた。

美しさ、楽しさ、達成感、などの+と思われる体験
共同作業や助け合いによって生まれる連帯感、愛に満ちた行動などが
なぜ心地よい感情を生み出すのか?

選択の羅針盤は
憎しみや悲しみの反作用ではなく、
感情がもたらす心地よい方向なのではないか?


体験を得たい宇宙が嫌うものは、一つある。

それは、体験ができなくなるような、ステージの消失だ。
舞台の消失は、体験数の減少につながる。
地球や人類が消失することは、神様が得たいはずの体験の場を失うことになる。

体験の場を消失するに繋がるものは、神様が「困るなあ」と思うはずだ。

人が減少することも、もちろん体験の場の減少につながる。
よって人を誰かの人の力によって、消失するようなことは基本的に「困る」ことなはずだ。

ここまで書いて、深い問題を提示してしまったかもしれないと思う。

人は何故生きるのか?の問いは、なぜ死ぬのか?という問いと表裏一体。
不慮の事故や、何かの人為的なものによって死ぬという「体験」は
神様のいう「体験」にあたらないのか?

基本的な概念でいうと死ぬ体験、こんな事件によって死ぬという体験自体も、
神様が体験したいと思う「いろいろな体験」に含まれるのだろう。

理不尽なことになる。

深いテーマであるし、もしかしたら、このテーマについては
神様が少しだけ「からくり」を用意していて、
生まれた記憶や死ぬ理由は、ブラックボックスの中に閉まっているのかも知れない。

これが明らかになると、予定調和的な、何か脚本があるような人生体験になってしまうからかも
しれない。

毎時間の感情や体験を楽しんでいる神様にとって、
「やらせ」のような人生や、あらかじめ脚本が分かっている「体験」を通じての
感情を味わっても、何の面白みもないのかもしれないし、
そんな卑近な理解では追いつかない大きな宇宙の目的があるのかもしれないが。


今日のところのまとめ。
それは、
何のために生きているのか?という問いを追求するよりも、
「生きて何を成したいのか?」を考えて目指すほうが、
感情は上向くということだけ。

感情を羅針盤にするということが
非常に心もとないようなものではあるが、宇宙は(神様は)無用なものは用意されていないという
立場を導入して考えてみておく。
感情が存在するには、存在する分の何かの理由があるんだと。

たくさんの作家や著作者が、
たくさんの個人的な解釈、深い洞察によって人生を語っている。
神様にとって、それぞれの個体が作り出す「考え」も楽しむべき大きな「体験」として
味わっているのかもしれない。


さて、思いつくままに書いているが故、整理整頓されない文章になった。
校正をしたりすると自己矛盾が明らかになるかもしれないが。

アイディアのヒントとして。
久しぶりのブログで。

2009年1月3日土曜日

2009年年頭に

2009年が始まる。年頭の所信表明ということで思いつくままに書いておく。
まずは目標と価値観を明確にすること
稼ぐこと
そして古い自分自身についての脚本を書き換えること
自分の意思を明確にすること

決意を変えても何も変わらないので行動を変えることを意識すること
そして全ては2度作られるという法則に則り、先に頭とイメージで現実をシュミレートして取り組んでみる。

中心に置くべき価値観を結果、成果重視において、そのプロセスも楽しんでいく。

今までの僕の価値観、何をYESとし、何をNOとしてきたのか?
自分の人生においての今までの経験を一旦再編集をしてみる。
自分自身の反応の古い価値観は、「僕は悪くない」というものだったと思う。僕は悪くないに発する反応は、全ての現実が僕自身の内部の問題ではなく、僕は精一杯やっているが外部(僕の内部以外のもの)に原因があって、自分のコントロールを超えているために、僕は悪くないと規定する価値観だった。何度も訪れる経済的な行き詰まりも結局自分の影響力を超えたもの、世間の景気、仕事先のシステムや評価基準が原因であると見なす。悪くないと自己保身に走ったのは、それが何から発生したものかはあまりよく分析できていないが、きっと自己愛(自分に対しての愛情)というものを重要視していなかったことがある。
僕はよく壊れものだと思っていて、それは親の指し示すような期待に応えることが出来なかったことに対して、自分は良くない人間だと思ったことと無縁ではないと思う。とにかく自分の意思を貫くよりも、周囲がYESとなるような自分でいることで拒絶感を回避していたことがよくある。自分の意思よりも周囲の意見や風向きを、つまり人の顔色を伺うような状態で波風を立たせる事無く生きるほうが、衝突が少なくて済むという傾向だ。しかも困ったことに、一定以上の抑制エネルギーがたまると今度は、開き直って自分の我欲を発信し、(それが一定我慢する時間を経て、物事の最終局面において我欲を発散させるものであるから、周囲にとんでもない迷惑をかけることに至る訳である)その我欲を発散して以降は、自分に対する批判をシャットアウトするように周囲の意見から閉じこもり、交流までも閉ざすためにたちがわるいことになっていく。最終局面で、他人が介入する余地がほとんどない状態=僕の我欲の発散が発する方向以外に進める選択肢がない状態に追い込むために全く破壊的な現実を生み出すことになることがしばしばであった。

その最終局面が破滅的な現実を迎えると、その反作用としての自己批判のシーズンが始まる。全ての原因は自分にあって外部には何も悪いところはないと規定する訳だ。実はこれも、自己保身から来る反応で、そのような反省局面では、また他人は誰も僕を責めることができなくなる。自分が全て悪いのです。これから改心して変化しますと先回りして「宣言」をする訳なので、周囲は執行猶予として僕の行動を見守るしかないということになるのだ。これがまた繰り返すと非常にたちが悪いことになる。だから現象のネタが変化するだけで構図は一向に変化がないということになる。

さて、結局はそんな自分の「性向」や「自分に与えた自分の行動脚本」は書き換え可能であると知ったのはつい最近のことである。

「3つ子の魂100まで」ということわざがある。
小さい頃に身に付いてしまった習慣、性向、性格はその人生において支配的なものなのだという意味として捉える僕に衝撃を与えることが昨年にたくさん引き起こされた。人間は目標=目指すものに対して変化成長出来る生き物であるということを感じることが続けて起きたのだ。今年の所信表明を書くつもりが文脈があちらこちらに逸れていくが、思い込みや既成概念を超えるということについて、たくさんの本を読んではきたが、その読後の感想は、つまり「こんな人もいるのだろうな」という他人事であったのかもしれない。
人は生まれ変われるかどうかという命題について、僕はこの40年間こんな気持ちだった。「変化成長は可能ではあるが、人の本質的な部分は変化出来ない。その本質的なものを個性をいう」と。今年僕はその価値観(ある種の思い込み)を変化させようとしている。
人は「目指すもの」を達成するために歩いていくと必要な変化に迫られて、その変化は永遠かつ、広範囲にわたるものである」という価値観への変更だ。

これを書きながら変な夢を思い出した。
いつも僕は同じような夢を見る。昨日みた夢(つまり初夢)も、またこのシュチエーションかと思うものだった。
何かの戦いが起きている。僕はどうやら反体制のような立場にいるらしく、体制側のものたちに追われていく。一本道の両脇にある建物を次々と隠れながら、ゲリラ的に体制側の兵士にかく乱戦を挑んでいる。そしてある大きなビルの一角に身を隠しながら、追っ手から逃げる。途中で現実の人生での周囲の人々が登場していく。追っ手を1人また1人と倒していきながら、まだ制圧されていない混乱の中を駆け巡る。敵なのか味方なのかが分かりにくい中で出会う人々。スパイがひそみ、偽の情報をもらったりして、これは信用していい情報なのか、ひっかけ(言葉が貧弱だな)情報なのかを瞬時に決断していき、追っ手を判断して銃を打つ。こちらからもいろんな情報を流し、あたかも次のビルに大群が隠れているかの情報を流したりしながらかく乱させて逃げる。エレベーターの上下を使って敵をおびき寄せたり、顔は分からないが味方とおぼしき人を連携して挟み撃ちにしたりする。何発かの銃声が僕の近くで鳴り響き、なんとなく自分の味方の優勢雰囲気で夢は終わる。こんな夢を学生時代から何度も見ている。

僕の深層心理は何から逃れようとしているのか?ずいぶん長い間謎であった。現実からの逃避かなと思ったこともあるし、過去生の記憶、それはスパイか何か、もしくは戦争時代の記憶が夢になって表れているのかなとか色々と解釈をしてきた。
今日ふと感じた答えは、僕は結局僕自身の既成概念や思い込みのようなものから逃れようとして戦っているのではなかったのかということだ。思い込みや既成概念との戦いといえば格好が良すぎるが、思い込みを外して、自分の能力を超えた何かを求めているからかもしれないなと。

潜在能力というものが引き出される瞬間の話を聞いた。それは目標を達成したいという時に、ここで一気に達成じゃと気合いを入れたときに、どうしても達成したいという思いがあふれたときに訪れるらしい。
とすれば、目標を達成する能力よりも、目標を設定することが重要であるということになる。

どんな目標を設定するか?
本当に欲する目標は何か?これが本当の潜在能力を引き出す最初のステップということになる。

僕の目標。

それは本音でいきたいということ。そして本音を語る仲間に囲まれて、本音を語る家族やパートナーに囲まれていたいということだ。本音でいきていくのは何かと制限や制約が多い。その制約を出来うる限り低くするために必要なものは何か?それは、きっとこうだ。
まず自分の人生は自分次第であるという価値観を基本としていくこと。ということは自分の仕事は雇われでは制約を多くつけていくことになる。自分で起業することが必要だ。つまりオーナーになるということが必要だ。しかも仲間もそうであって欲しいとするならば、仲間も同じ制約が少ない方がいいということになる。起業の種類は、ここから限定される。人に雇われず、人を雇わず、起業することだ。
これは大きなチャレンジになる。僕には幸いなことにその制約を低くするようなビジネスの機会に恵まれている。
そのビジネスモデルの機能を発揮するためにこの一年を費やそうと思う。
これは大きなチャレンジになる。

今日はここまで。さらにモデルを構築するべく明日一日もじっくりを考えたい。