このところ、思考がジェットコースターのように駆け巡る。
それは、今一度、何のために生きているのかと自問自答をして、その「ありたい」姿になるために、エネルギーを集中していこうと決意したからかもしれない。
生きていくにはお金が必要で、そのお金を得るには仕事を行うという構図。その構図が自分の中に、ずっとある意味制約として残っていて、思考の展開は、その制約の壁の存在と共に停止をする。
自分の生きている、生活している行為そのものが、「仕事」になることが最上だと思うようになったのは、つい最近のことだ。
先日、マクセルのCMに出ている津軽弥三郎節のおばさんの回をyoutubeで見た。
ゆるやかな衝撃を受けた。マクセルのCMは、「残したいものがある」というコンセプトで、毎回取材構成されていて、新留小学校篇などは涙腺がゆるんでしまう。
その津軽編は、僕の生まれ故郷である西津軽の話で、弥三郎節を継承する人がなく、おばさんのみがその唄の「正調」をうたえるとの話であったが、そのCM取材の数日後に、そのおばさんがお亡くなりになったという。
文化や伝統を守ろうという話は、正論でありかつみんながyesとうなづく話ではあるが、当事者として伝統を継承するということになると、話は変わる。現代では、たくさんの伝統が「失われていく」が、それをやむを得ないものとしていくには、大変残念だし、惜しい。しかし、それを守ろうとしたら、技術的にも、経済的にも、そして能力的にも、誰もが出来る話ではない。
伝統とは、守れる仕組みがあって、もしくは、生活に、仕事の中にその意思があってはじめて守れるかどうかという厳しさがあり、弱肉強食、あるいは生き残りの理論というような側面から、時間の流れと共に、それらの伝統が生き残る「強さ」があれば生き残り、生き残れないとなれば、それはある意味寿命のようなもので、致し方がないという意見に、賛同しかねるが、積極的に否定が出来ない自分がいる。
全く今までは、そんな伝統と無縁で生きてきた。
自分が当事者として守るべき、例えば、地域伝統のお祭りであったり、地域伝統芸能に関わるようなことはなかったし、僕のほうから、そのような環境に入ろうと意図したこともない。
ある意味傍観者として、つまり一般論として「伝統は大切にしたほうがいい」「伝統は守るべきだ」というような意見を述べていたにすぎない。
動植物の絶滅危惧種を守ろうという運動や、伝統を守ろうという運動に、現代に「生き残る」ための仕組み、つまり人が注目したり、人が集まるという仕組みというものが必要なんだと感じる。
伝統だから守りましょうというお題目は、少し現実的なアプローチではないと思われる。なぜなら、平たく言えば、人気のあるものは「生き残る」からだ。理由は人気があるから。
ホームページや商品企画の仕事をしていて、思うことは、新商品でも、自社のサービスでも、知っていただくこと、理解して頂く事を通じて集客や売上げを獲得するという流れの中にいて、伝統も、守るべきものも、知らない事となっていては何の術ももたない。
どうだろう。守りたい、継承したいことを取材していき、まずは記録すること、そして今の人々が興味を持つようなイベントにしていくとか、仕組みを考案することは出来ないだろうか?人気を得るという言葉を使うと、ある意味、保守的な感覚の方々からは、「魂を売る」ような感覚をもたらすかもしれない。人気を得たいがために、商業主義に走るというイメージで。
出来る限り正確に伝統ものを記録した上で、現代や後世にも人気を得て残っていくようにリニューアルする。今の段階で残っているものは、まず正確に記録する。そして検討をするのだ。
演劇のような形、映画としての記録、舞台芸術としてのスタイルで残す。とか写真展を行う、本やホームページにする。とか記録の手法や、リニューアルの手法は、ワークショップの形で議論をする。出来れば、そのプロセスも記録する。
いわゆるメイキングとしての記録も、残す。
とまあ、ここまで書いていて恐縮だが、僕が知らないだけで、日本各地には、志を持って、後世に伝統を残していくべく地道に活動されている方々が、ひょっとしたらたくさんおられるかもしれないが。
強引に意見を書くと、僕が知らないということ自体がすでに、知らない人々が多く存在しているということに、なる(のではるまいか)、まあこれは強引な意見として、つまり、伝統を残していくということについて、議論や手法などを行うことが重要ではないかと思うということ。
記録に残す。取材をする。世界を観ていく。
発表できる「場」を作り出す。
そんな活動を軸にするべく、アイディアを考案している。
というところ。
自分の意思、使命のようなものを通じて、生活出来ていくという世の中に、これからしたいし、なって欲しい。
と思う。とういうような感覚。
そんな思いの記録として。
日々の感想やアイディアのヒントを記録するためのブログ。あるいは作品の草稿やテーマの整理。全く個人的な記録も含めて、今生きている存在証明の一部。編集しながら校正をして文章を改廃していくことも。
2010年9月8日水曜日
2010年9月4日土曜日
LIFE
9月を迎えて、政治の世界では政権党が代表選挙をやるという。
政治は、冬に向けて、来年度の予算を議論するシーズン。
ニュースでは円高が話題となったりしている。
時代の閉塞感というもの。
本当にそれは閉塞感なのか、それとも閉塞感とアナウンスされていることによる社会の雰囲気なのか?
なぜ、閉塞感を打ち破れないのかという雑誌の特集が売れているらしい。
一見、原因究明のような感じを受けるが、テーマはそれで合っているのか?
課題について、何から手をつければいいかと悩む人々が、つまり、自分の視野から見えている課題の中から、議論となりにくい、波風の立ちにくいテーマをピックアップして、さもそれが難問のように表現をする。
問題はここにあり!という特集記事を読むと、一瞬、納得のあと、残尿感が残る。
特集記事の一説には、こう書かれていた。
現代社会は、19世紀、20世紀よりも「要素」が増えていて、そして関わる人々が増えているから、方程式の次元は格段に複雑になっている。複雑になっているが故に、1人の力では担当も出来ないから、守備範囲を決めて、分担をした。
守備範囲が固定されると、その守備範囲内での「慣習」が発生する。一度決められた役割には、仕事が振り分けられて、そしてそのうちに、役割担当が暇にならないように、新しい仕事が割り振りされていく。まずは、この役割分担の硬直化が問題。
そして、その役割分担の「維持」のために、たくさんの資料が作られる。
改革がなぜに難しいか?特集の解説が続く。
人は基本的に、他人から「さぼっている」とは見られたくない生き物であり、しかも、出来るだけ自分の労力としては「さぼりたい」生き物。自分がやっている仕事には、「重大な価値が存在している」という立場になりたい生き物。つまり、自分の存在価値は「ありますよ」という認識でありたいと思う生き物。
曰く、「あなたの担当していることは、無意味である」と正面から言われると、非常に抵抗する生き物。
曰く、「私の担当していることは、(あなたにはわからない)非常なる困難と、非常なるノウハウがあるんです」といいたい生き物。ここには、自分の存在意味という「他者から見られる評価」が基準となる「生き方」がある。社会を見ると、その「それぞれ」の立場が対立し、並立し、結びつき、まるで、糸がからむように交わっている。
だから、改革は難しいのだ。
一瞬、納得、そして残尿感。
特集は、こう結ばれる。
生き方という視点、ビジョンという視点。これが重要だし、今一番欠如しているもの。だからビジョンを示すべきだと。
これは大事!という認識は、多くの人が持ちつつある。だから、大事なのはわかるし、当然構築するべきもの。だが、そのビジョンの必要性をいくら訴えられても、具体的なビジョンを特集した記事をあまり見ない。問題の指摘ばかり。
ソフトバンクの孫社長が、300年ビジョンを出した。
youtubeでのコメントには、多くの「感想」が書かれているが、具体的なビジョンに対する批評は少ない。
僕自身は、IT革命が人々を幸せにする。と自動的に思ってはいない。IT革命で人々を幸せに「したい」という意図に共感する。決してIT革命自体は、幸せにつながるものとして生まれたものばかりではないと思っている。幸せにしたいという意図、そう使いたいという意思に、共感するが、実はもう一つ僕が感じていることがある。
今の会社、経営者、そして会社員、労働者という立場構図(もしくは組織構図)自体が変容するという見方をしているのだ。(これは別の機会に論じたい。)
ビジョンにテーマを戻す。
先日、youtubeで、面白い議論を見た。
景気対策、そして教育、そして国家の戦略として、国民全員が、2ヶ月間の「バカンス」が持てるように法整備をという提案の議論だ。当然、分散しての2ヶ月間のバカンス。
直接的には、観光産業がまず恩恵を受ける。そしてその人材やインフラの整備が求められる。
さらに、このバカンスを通じて、観光、レジャーだけでなく、例えば、何かの学習や、技術の習得に向かう人々もいるだろうし、集中して介護や、病気の療養に当てる人、普段は出来ないボランティアや、異業種、例えば農業体験なども実施出来るだろう。バカンスから生じる、波及効果、経済効果、人材育成教育の効果の試算が提示され、そしてバカンスから生じる、人々のライフスタイルの変化、仕事への取り組み、病気、特に精神疾患への波及効果に至るまでのスライドが続いたと記憶している。
実施する政策としては、シンプルな「2ヶ月間のバカンス」ではあるが、ビジョンとしては大きな提案と受け止めた。
今、日本に求められているのは、構造を改革するということ。
つまり、今まで変えにくかったものを変える。
今まで変えにくかった訳であるから、相当周到な計画が必要だ。
今までのがんばりで成果が出なかった訳だから、がんばるところを変えないといけない。
この2ヶ月間のバカンスの法整備の提案には、賛成意見が多いかと思いきや、現実には無理という意見が大勢を占めていた。一瞬、脳みそが巡る。現実には無理という理由が、全くおかしい。
ビジョンは、現実に無理という判断をするべきものであると判断されていることの構図が、おかしい。
もし提案が、現実に実施することが容易ならば、すでに出来ている。
今の課題の解決には、ビジョンが必要で、ビジョンを提案すると現実には無理という反応が出る。
論理的思考以前の問題だ。
こりゃ、革命でも起こさないと変わらない。か?
従来の道順では出来なかったことを変える。革命での思考。
19世紀ならば、解決に武力を行使したのだろう。国と国の戦争だけではなく、社会主義革命のような戦いも「武力」だ。
民主主義は、非常にコストのかかる統治の方法だ。
まず議論で、話し合いで物事を決める。決着は多数決であったり、する。その際、少数意見に対しての議論の余地を残す。
よって、民主主義スタイルで「革命」を起こすことは、人類にとって、まさに「革命的」なエネルギーが必要である。
論理的思考がもてはやされている。
論理的思考は、分析には向いているが、実は革命には多少向いていない。
ビジョンは、実は論理的思考だけでは、構築できない。
いわば、法螺(ほら)的要素が含まれるからだ。夢物語、そして空想の要素があるということだし、それがないビジョンは非常に乾燥した、無色透明のようなもので、人の心を捉える魅力に欠ける傾向にある。
そして、やっかいなことに、先に書いた、人は存在意義を否定されたくない生き物だということが、議論を水の泡にする。
現状の改革は否定から入る。否定されたくない立場の人が、否定を否定する。
こまった、囚人のジレンマ的、にっちもさっちもどうにも、こうにもブルドック状態。
では、民主主義スタイルで革命は絶望的なのか?
カリスマや、メッセージ力の強い、アジテーショナルな指導者が、いわば「煽動」する形でないと無理なのか?
教化では、革命は起きても、その先に「LIFE」はない。もしくは直結しない。
教育か?必要条件ではあるが、今や心もとない。
何のために存在し、生まれ、人生をどう「見る」のか?
そして、何を持って、生き様を「よし」とするのか?
人生を考えようというテーマ。
そしてここ最近、頭の中にある「大いに議論をしよう」というテーマ。
健康をテーマに話をすると、最近はこんな反応がかえってくる。
「健康で長生きをして、何するの?」
「え?」
バブル世代の私は、非常に困惑した。
僕たちの世代は、物欲で生きてこれた。車が欲しい。ギターが欲しい。酒が飲みたい。いい家に、いいマンションに住みたいし、パソコンは欲しいし、大画面のテレビも、全自動の洗濯機も、携帯電話も新機種が欲しい。
これで十分に「生きている」実感が持てた。
最近、仕事の話の打ち合わせをしたときに、先方の担当者が、こうぽつりと話をした。
「仕事に対しての情熱が持てない」
僕は、具体的な返答をしなかった。
「仕事に情熱が持てないならば、クライアントとして引き続き仕事できひんやん」という言葉を飲み込んだ。
最近、思い始めたことがある。
2年後には、一旦日本を離れようと思う。
世界は一体、どう動いているのか?
人々は、何を持って「生きている」のかを取材したい。世界の、それも、実際に生きている人々をじっくりと見てみたい。
僕自身は、50歳代に、人生として、一つ成果を出したいと思っていることがあり、その準備のための40歳代と、まあ最近になってだが、設計のようなものをつらつらと思い始めていた。
世界を見て、どのように社会に向けて関わるのかというものを含めて、ちょっと考えたいし行動したいと思うようになった。
世界を見て歩くための武器。もしくは名刺代わりのもの。フィールド。そんなものを構築したくなっている。
大きなテーマは「LIFE」
人々が何を考えて、どのように生きているのか?
もちろん、国や地域によって、そして宗教や様々な背景により、それは異なると思う。
生き方、教育、仕事、経済、思想、思考。
自ら書きながら、「えらいこと考えているな」という内なる声もする。
「お前、そんなテーマを扱える器とちゃうやろ」という声も聞こえる。
「世の中、社会に対して云々する前に、自分のフィールドさえ、うまく構築できてへんやないかい」
まさに「ぶっ飛んだ夢」ということかもしれないが、何か心の奥で突き動かされるものの卵がある。
僕にとって、何の才能がある訳でもないし、そして、よく雑誌のインタビュー記事に取り上げられる「ひとかどの人」にある悪戦苦闘の青春時代や社会人時代というほどの、武勇伝がある訳でもない。
多くの人に支えられて、多くの人からの「堪忍」を享受して生かされてきているような自分。
それは、どこか高校時代に感じていたことにつながっていて、「やらなかった、のか出来なかったのか」という自問自答に、かなり鋭角的に「やってみよう」と思い立った高校時代の感触につながっている。高校時代は、フィールドは(今から思えば箱庭のような)学校というフィールドだった。
LIFE
「人生は映画のようなもの」とはどこかの偉人の一言であったと思うが、この年になったのだから、ちょっと人生について、それは答えの出ない禅問答のような、テーマに入っていく年になるような、そんな雰囲気を感じながら、もうしばらく、自問自答を繰り返す日々の9月となる感じだ。
政治は、冬に向けて、来年度の予算を議論するシーズン。
ニュースでは円高が話題となったりしている。
時代の閉塞感というもの。
本当にそれは閉塞感なのか、それとも閉塞感とアナウンスされていることによる社会の雰囲気なのか?
なぜ、閉塞感を打ち破れないのかという雑誌の特集が売れているらしい。
一見、原因究明のような感じを受けるが、テーマはそれで合っているのか?
課題について、何から手をつければいいかと悩む人々が、つまり、自分の視野から見えている課題の中から、議論となりにくい、波風の立ちにくいテーマをピックアップして、さもそれが難問のように表現をする。
問題はここにあり!という特集記事を読むと、一瞬、納得のあと、残尿感が残る。
特集記事の一説には、こう書かれていた。
現代社会は、19世紀、20世紀よりも「要素」が増えていて、そして関わる人々が増えているから、方程式の次元は格段に複雑になっている。複雑になっているが故に、1人の力では担当も出来ないから、守備範囲を決めて、分担をした。
守備範囲が固定されると、その守備範囲内での「慣習」が発生する。一度決められた役割には、仕事が振り分けられて、そしてそのうちに、役割担当が暇にならないように、新しい仕事が割り振りされていく。まずは、この役割分担の硬直化が問題。
そして、その役割分担の「維持」のために、たくさんの資料が作られる。
改革がなぜに難しいか?特集の解説が続く。
人は基本的に、他人から「さぼっている」とは見られたくない生き物であり、しかも、出来るだけ自分の労力としては「さぼりたい」生き物。自分がやっている仕事には、「重大な価値が存在している」という立場になりたい生き物。つまり、自分の存在価値は「ありますよ」という認識でありたいと思う生き物。
曰く、「あなたの担当していることは、無意味である」と正面から言われると、非常に抵抗する生き物。
曰く、「私の担当していることは、(あなたにはわからない)非常なる困難と、非常なるノウハウがあるんです」といいたい生き物。ここには、自分の存在意味という「他者から見られる評価」が基準となる「生き方」がある。社会を見ると、その「それぞれ」の立場が対立し、並立し、結びつき、まるで、糸がからむように交わっている。
だから、改革は難しいのだ。
一瞬、納得、そして残尿感。
特集は、こう結ばれる。
生き方という視点、ビジョンという視点。これが重要だし、今一番欠如しているもの。だからビジョンを示すべきだと。
これは大事!という認識は、多くの人が持ちつつある。だから、大事なのはわかるし、当然構築するべきもの。だが、そのビジョンの必要性をいくら訴えられても、具体的なビジョンを特集した記事をあまり見ない。問題の指摘ばかり。
ソフトバンクの孫社長が、300年ビジョンを出した。
youtubeでのコメントには、多くの「感想」が書かれているが、具体的なビジョンに対する批評は少ない。
僕自身は、IT革命が人々を幸せにする。と自動的に思ってはいない。IT革命で人々を幸せに「したい」という意図に共感する。決してIT革命自体は、幸せにつながるものとして生まれたものばかりではないと思っている。幸せにしたいという意図、そう使いたいという意思に、共感するが、実はもう一つ僕が感じていることがある。
今の会社、経営者、そして会社員、労働者という立場構図(もしくは組織構図)自体が変容するという見方をしているのだ。(これは別の機会に論じたい。)
ビジョンにテーマを戻す。
先日、youtubeで、面白い議論を見た。
景気対策、そして教育、そして国家の戦略として、国民全員が、2ヶ月間の「バカンス」が持てるように法整備をという提案の議論だ。当然、分散しての2ヶ月間のバカンス。
直接的には、観光産業がまず恩恵を受ける。そしてその人材やインフラの整備が求められる。
さらに、このバカンスを通じて、観光、レジャーだけでなく、例えば、何かの学習や、技術の習得に向かう人々もいるだろうし、集中して介護や、病気の療養に当てる人、普段は出来ないボランティアや、異業種、例えば農業体験なども実施出来るだろう。バカンスから生じる、波及効果、経済効果、人材育成教育の効果の試算が提示され、そしてバカンスから生じる、人々のライフスタイルの変化、仕事への取り組み、病気、特に精神疾患への波及効果に至るまでのスライドが続いたと記憶している。
実施する政策としては、シンプルな「2ヶ月間のバカンス」ではあるが、ビジョンとしては大きな提案と受け止めた。
今、日本に求められているのは、構造を改革するということ。
つまり、今まで変えにくかったものを変える。
今まで変えにくかった訳であるから、相当周到な計画が必要だ。
今までのがんばりで成果が出なかった訳だから、がんばるところを変えないといけない。
この2ヶ月間のバカンスの法整備の提案には、賛成意見が多いかと思いきや、現実には無理という意見が大勢を占めていた。一瞬、脳みそが巡る。現実には無理という理由が、全くおかしい。
ビジョンは、現実に無理という判断をするべきものであると判断されていることの構図が、おかしい。
もし提案が、現実に実施することが容易ならば、すでに出来ている。
今の課題の解決には、ビジョンが必要で、ビジョンを提案すると現実には無理という反応が出る。
論理的思考以前の問題だ。
こりゃ、革命でも起こさないと変わらない。か?
従来の道順では出来なかったことを変える。革命での思考。
19世紀ならば、解決に武力を行使したのだろう。国と国の戦争だけではなく、社会主義革命のような戦いも「武力」だ。
民主主義は、非常にコストのかかる統治の方法だ。
まず議論で、話し合いで物事を決める。決着は多数決であったり、する。その際、少数意見に対しての議論の余地を残す。
よって、民主主義スタイルで「革命」を起こすことは、人類にとって、まさに「革命的」なエネルギーが必要である。
論理的思考がもてはやされている。
論理的思考は、分析には向いているが、実は革命には多少向いていない。
ビジョンは、実は論理的思考だけでは、構築できない。
いわば、法螺(ほら)的要素が含まれるからだ。夢物語、そして空想の要素があるということだし、それがないビジョンは非常に乾燥した、無色透明のようなもので、人の心を捉える魅力に欠ける傾向にある。
そして、やっかいなことに、先に書いた、人は存在意義を否定されたくない生き物だということが、議論を水の泡にする。
現状の改革は否定から入る。否定されたくない立場の人が、否定を否定する。
こまった、囚人のジレンマ的、にっちもさっちもどうにも、こうにもブルドック状態。
では、民主主義スタイルで革命は絶望的なのか?
カリスマや、メッセージ力の強い、アジテーショナルな指導者が、いわば「煽動」する形でないと無理なのか?
教化では、革命は起きても、その先に「LIFE」はない。もしくは直結しない。
教育か?必要条件ではあるが、今や心もとない。
何のために存在し、生まれ、人生をどう「見る」のか?
そして、何を持って、生き様を「よし」とするのか?
人生を考えようというテーマ。
そしてここ最近、頭の中にある「大いに議論をしよう」というテーマ。
健康をテーマに話をすると、最近はこんな反応がかえってくる。
「健康で長生きをして、何するの?」
「え?」
バブル世代の私は、非常に困惑した。
僕たちの世代は、物欲で生きてこれた。車が欲しい。ギターが欲しい。酒が飲みたい。いい家に、いいマンションに住みたいし、パソコンは欲しいし、大画面のテレビも、全自動の洗濯機も、携帯電話も新機種が欲しい。
これで十分に「生きている」実感が持てた。
最近、仕事の話の打ち合わせをしたときに、先方の担当者が、こうぽつりと話をした。
「仕事に対しての情熱が持てない」
僕は、具体的な返答をしなかった。
「仕事に情熱が持てないならば、クライアントとして引き続き仕事できひんやん」という言葉を飲み込んだ。
最近、思い始めたことがある。
2年後には、一旦日本を離れようと思う。
世界は一体、どう動いているのか?
人々は、何を持って「生きている」のかを取材したい。世界の、それも、実際に生きている人々をじっくりと見てみたい。
僕自身は、50歳代に、人生として、一つ成果を出したいと思っていることがあり、その準備のための40歳代と、まあ最近になってだが、設計のようなものをつらつらと思い始めていた。
世界を見て、どのように社会に向けて関わるのかというものを含めて、ちょっと考えたいし行動したいと思うようになった。
世界を見て歩くための武器。もしくは名刺代わりのもの。フィールド。そんなものを構築したくなっている。
大きなテーマは「LIFE」
人々が何を考えて、どのように生きているのか?
もちろん、国や地域によって、そして宗教や様々な背景により、それは異なると思う。
生き方、教育、仕事、経済、思想、思考。
自ら書きながら、「えらいこと考えているな」という内なる声もする。
「お前、そんなテーマを扱える器とちゃうやろ」という声も聞こえる。
「世の中、社会に対して云々する前に、自分のフィールドさえ、うまく構築できてへんやないかい」
まさに「ぶっ飛んだ夢」ということかもしれないが、何か心の奥で突き動かされるものの卵がある。
僕にとって、何の才能がある訳でもないし、そして、よく雑誌のインタビュー記事に取り上げられる「ひとかどの人」にある悪戦苦闘の青春時代や社会人時代というほどの、武勇伝がある訳でもない。
多くの人に支えられて、多くの人からの「堪忍」を享受して生かされてきているような自分。
それは、どこか高校時代に感じていたことにつながっていて、「やらなかった、のか出来なかったのか」という自問自答に、かなり鋭角的に「やってみよう」と思い立った高校時代の感触につながっている。高校時代は、フィールドは(今から思えば箱庭のような)学校というフィールドだった。
LIFE
「人生は映画のようなもの」とはどこかの偉人の一言であったと思うが、この年になったのだから、ちょっと人生について、それは答えの出ない禅問答のような、テーマに入っていく年になるような、そんな雰囲気を感じながら、もうしばらく、自問自答を繰り返す日々の9月となる感じだ。
2010年8月31日火曜日
議論
ハーバード大学で白熱教室と呼ばれるサンデル教授が東大で講義を行ったとの報道を読む。
8月は、終戦記念日があり、日本の戦争と、その後の復興の足跡から、今を考えることがある。
最近の20代は草食と呼ばれて、物欲は抑制されていると聞く。
団塊の世代が企業生活を終えて続々と年金生活に入る。
高校のころ、学生運動の世代ではなく、全く世代は2つも違う僕らが、夏休みに「議論」をするキャンプを主催していたことがある。議題は、平和について、男女間で友情は成立するか、なぜ学ぶのか?など多岐にわたるが、議論は白熱した。
議論をすることが減っている気がする。
誰もが「答え」を求めたがるし、おりこうさんの「生徒」になりたがる。
物事には「答え」「正解」が存在し、その正解を身につけることが「正解」なのだろうか?
高校時代から、すでに20年以上も経過して、一応社会生活をしてきて思うこと、
それは「正解」がないことのほうが多いという実感。
なのに、日本の最近は、政治も、会社も「議論」をしない。もしくは「避けている」
「議論」は意見の対立を背景に、問題の本質の合意を求めて行うものではあるが、
その意見の対立が苦手になっている。
議論の方法のひとつに「賛成側」と「反対側」に意図的に分かれて、決められた立場から意見を述べるという手法がある。
一定時間を経過すると野球の攻守交代のように「賛成側」と「反対側」を交代し、やはりその立場から意見を述べる。
つまり、前半と対立する立場から、後半は意見を述べることになる。
ここには、「正解」か否かという視点はなく、テーマについて、深く思考するために、議論が存在する。
サンデル教授の本を今読んでいる。
正解が示されず、議論と思考を求められる読書は、確かに結構きつい。
なぜそう思うのか?その思いの根拠となる思想は何か?それは矛盾がないか?
一つのテーマだけを議論していると見えて来にくい、根拠と思想は、
複数の異なるテーマを論ずるうちに、根拠としている思想、背景が揺れてくることがある。
先ほどのテーマでは、Aという立場から論じていて、Bと言う視点はおかしいという指摘を論じていたにも関わらず、
次のテーマでは、Bという立場から論じているということが、本人の意識を越えて発生するのだ。
そこで、改めて、論じている本人も、思考を深めていくことになる。
高校の時の議論で体感したことは、僕自身が、本来当然好きだと思って(思い込んでいた)視点が、実は、表層的で、
矛盾を抱えていることを自己発見する「衝撃」だ。さらに、そこからその議論を通じて、あたらな視点(より深い視点、もしくはより本質的な視点)に出会ったときの「楽しさ」だった。
テーマ自体は、やはり高校生だから、幼稚ではあったかもしれないが、
その「知的興奮」のようなものは、社会生活を経験するうちに、置き忘れてきた感がある。
情報があふれてきて、そして大人になると自分自身の判断に自分自身で決着をつけるべきものではあるが、
知らないうちに「社会の正解」「会社の正解」を知り、それに従順であるもしくは、単に反発することという回路が出来てくる。
「議論が出来るイベントはできないか?」
議論を議論するのではなく、議論を体験することで得られる体験(エクスペリエンス)をイベントできないか?
20世紀の学生運動の回帰ではなく、そしてウェブで見られる書き込み、コメントのようなものではなく、
何かを決める会議ではなく、議論。テーマが次々を現れていく議論。
哲学や宗教観、人生観、仕事というもの。恋愛、環境、教育、生活。
議論を通じて、皆が考え、そしてその考えを深めていくような体験のイベントが出来ないかと思たりする。
生活、仕事、人生にとって、議論は大変面白い手法になりうる。
知的興奮を体感してみると、この知的興奮は、人間に与えられたものだと、なんとなく体感できる。
そして正解を求めることが、いかに安易かもわかる。
議論をイベントに組み立てできるようなプロデューサーがおられたら、一度お話を聞いてみたい。
8月は、終戦記念日があり、日本の戦争と、その後の復興の足跡から、今を考えることがある。
最近の20代は草食と呼ばれて、物欲は抑制されていると聞く。
団塊の世代が企業生活を終えて続々と年金生活に入る。
高校のころ、学生運動の世代ではなく、全く世代は2つも違う僕らが、夏休みに「議論」をするキャンプを主催していたことがある。議題は、平和について、男女間で友情は成立するか、なぜ学ぶのか?など多岐にわたるが、議論は白熱した。
議論をすることが減っている気がする。
誰もが「答え」を求めたがるし、おりこうさんの「生徒」になりたがる。
物事には「答え」「正解」が存在し、その正解を身につけることが「正解」なのだろうか?
高校時代から、すでに20年以上も経過して、一応社会生活をしてきて思うこと、
それは「正解」がないことのほうが多いという実感。
なのに、日本の最近は、政治も、会社も「議論」をしない。もしくは「避けている」
「議論」は意見の対立を背景に、問題の本質の合意を求めて行うものではあるが、
その意見の対立が苦手になっている。
議論の方法のひとつに「賛成側」と「反対側」に意図的に分かれて、決められた立場から意見を述べるという手法がある。
一定時間を経過すると野球の攻守交代のように「賛成側」と「反対側」を交代し、やはりその立場から意見を述べる。
つまり、前半と対立する立場から、後半は意見を述べることになる。
ここには、「正解」か否かという視点はなく、テーマについて、深く思考するために、議論が存在する。
サンデル教授の本を今読んでいる。
正解が示されず、議論と思考を求められる読書は、確かに結構きつい。
なぜそう思うのか?その思いの根拠となる思想は何か?それは矛盾がないか?
一つのテーマだけを議論していると見えて来にくい、根拠と思想は、
複数の異なるテーマを論ずるうちに、根拠としている思想、背景が揺れてくることがある。
先ほどのテーマでは、Aという立場から論じていて、Bと言う視点はおかしいという指摘を論じていたにも関わらず、
次のテーマでは、Bという立場から論じているということが、本人の意識を越えて発生するのだ。
そこで、改めて、論じている本人も、思考を深めていくことになる。
高校の時の議論で体感したことは、僕自身が、本来当然好きだと思って(思い込んでいた)視点が、実は、表層的で、
矛盾を抱えていることを自己発見する「衝撃」だ。さらに、そこからその議論を通じて、あたらな視点(より深い視点、もしくはより本質的な視点)に出会ったときの「楽しさ」だった。
テーマ自体は、やはり高校生だから、幼稚ではあったかもしれないが、
その「知的興奮」のようなものは、社会生活を経験するうちに、置き忘れてきた感がある。
情報があふれてきて、そして大人になると自分自身の判断に自分自身で決着をつけるべきものではあるが、
知らないうちに「社会の正解」「会社の正解」を知り、それに従順であるもしくは、単に反発することという回路が出来てくる。
「議論が出来るイベントはできないか?」
議論を議論するのではなく、議論を体験することで得られる体験(エクスペリエンス)をイベントできないか?
20世紀の学生運動の回帰ではなく、そしてウェブで見られる書き込み、コメントのようなものではなく、
何かを決める会議ではなく、議論。テーマが次々を現れていく議論。
哲学や宗教観、人生観、仕事というもの。恋愛、環境、教育、生活。
議論を通じて、皆が考え、そしてその考えを深めていくような体験のイベントが出来ないかと思たりする。
生活、仕事、人生にとって、議論は大変面白い手法になりうる。
知的興奮を体感してみると、この知的興奮は、人間に与えられたものだと、なんとなく体感できる。
そして正解を求めることが、いかに安易かもわかる。
議論をイベントに組み立てできるようなプロデューサーがおられたら、一度お話を聞いてみたい。
2010年7月22日木曜日
全体を把握することは難しい
世界の情報に触れることが多くなった。(そんな機会をたくさん得ていることに感謝いたします。)
数々の「事業」のオーナーや自営業者さんや、そして大きな組織のリーダーの方々ともお話をする機会が多くなった。
世界を市場にしている方は、視点が、視野が広い。そして本質的な「流れ」をつかもうとされて全体像の把握力の話になることが増えた。
ホームページを制作する場合、多くの場合は、事業やサービス、商品、社員、事業の方向性など、基本的にプロジェクトの動きをすべて把握する必要に迫られることがある。僕自身の知識や経験だけでは、カバーしきれない場合(ほとんどがそうであるが)統計や白書的なものを調べたり、マーケットをリサーチしたり、場合によっては専門と呼ばれる方に取材をする必要に迫られる。
笑えない話がある。ホームページを担当していると、各部署の担当者がほかの部署の情報を、僕に訪ねてくることがある。
つまり、僕に(ホームページに)情報や集まっているからだ。
「そんなの直接聞きなさいよ」と思うが、これがそうも行かない。
実際のホームページに表現できる「公開情報」の下部に「水面下の情報」というものがある。
ホームページの制作には時間がかかるものが多い。
プログラムなどが加わると、準備過程から公開を目指して数ヶ月前から、順次制作打ち合わせに入ることが多い。
これは、いつも今までの仕事においても、感じてきたことだ。
特に商品企画やこれから作ろうとしているプロジェクトについては、水面下であるから、公開されることは少ないし、どちらかというと守秘義務をもとに情報が漏れないようにする手だてがはかられる。よって同じ企業内、組織内でも、ほかの部署には内密でことが進んでいる場合がある。
情報が分断される。分割されて動く。
だから全体を把握されて共有されていくことは、結構(非常に)難しい。
全体像を把握することは、プロジェクトや企業、組織を動かすときに重要になるテーマである。
ところがこれが一番やっかいだ。
必ずと言っていいほど、情報は分割されて担当分野に分かれていく。そのような手法が一般的だ。
そしてもう一つ全体像の把握を困難にさせるものがある。
これはコミュニケーションの問題だ。
全体像というものは、いろいろな要素が複合的に絡み合っている(関係し合っている)のが本来なので、全体像を把握するには、複雑な要素の関係性を解いていく必要に迫られるが、複雑な関係性をそのまま表現すると、本来複雑なものだから、論点が伝わりにくくなる。
論点が複雑になると、意見交換が難しくなるから、出来るだけシンプルに伝えようと、現実の複雑に入り乱れた要素を、シンプルに、最大公約数にまとめて伝える。
その最大公約数を聞いた人々は、本来、一旦そのシンプルな構成から、現実の複雑な要素を再構成して検討する構図が必要なはずだが、いつしか、そのシンプルな発信は、シンプルな反応しか得られなくなり、現実の要素がバラバラになって、全体像がぼやけてくる。理解しやすいようにシンプルにした時点で、本質から変質しているかもしれないという原則が無視されていく。
全体像がぼやけてくると、各要素ごとに、シンプルな反応が繰り返されて、いつしかその世界はバラバラに動くようになる。
この国は、複雑な要素を再構成する「力」を失って、企業も、行政も、人々はみな、「分割された要素」の中で溺れている。
誰も全体像を把握し得ない。難しい話は共感し得ない。
細かく分割された要素が、バラバラに相手を批判する。
シンプルな主張しか、理解、共感は得られない。こまったことに、おおよそ、シンプルにまとめられて分割されたものを、単純に寄せ集めても、それは全体にはならないことが多い。
これは現代だから起きている問題だと思う。
つまり、100年前ならば、分野に分割されても、分割される要素が少なかったんだと思うからだ。よって、100年前ならば、企業も社会生活も、要素がそんなに多くなかった。例えば家の中にある「モノ」も少なかったし、社会全体として「職業」も少なかったし、きっと病気の数も、そして起きる事故の種類も、問題、課題の数も、現代は実に加速度的に要素の数が増えているのだ。
そんな変化の量と、スピードが分割して考えることのキャパを超えたのだと思われるが、手法としては依然として、例えば行政ならば縦割りの分割のままだし、医療の診療も同じく分割された「◎◎科」(総合診療科なるものも登場しているらしいが)、農業も、企業も、分野を分割して、人々は分割された要素の中の一つを担当させられて、ほかの要素はわからなくなっていく。
複雑な全体像を、今は理解できないが、なんとか理解し得るために「汗をかく」ことが評価されない。
全体像は本来、要素が入り乱れるから、複雑で、瞬時に理解できない訳だから、すぐに理解できないことが存在していていい。あるいは、すぐに理解できるような「レベル」のものは、実は非常に軽いものである可能性さえある。
むろん「正解」などはあり得ない訳だから、世界観、全体像の把握力、分解力、のようなものが育成されないければならない。
ここに一つの僕の論点がある。
時代は、「スピード」を求めているが、時間をかけて検討することの評価が少し世間と僕とのずれを感じるのだ。
もちろん、じっくり100%では、物事は逆に進まない。
しかしスピード100%でも、拙速と幼稚なる現実と向き合うことになる場合も出てくる。
本物は時間をかけて推敲されて、練られていく。(のだと思う)
特にプロジェクトや組織体での物事の動きの構築には、必要な時間というものがある。
時間をかけて理解する。読み解こうともがく、あるいは推測しようと試みる。
時代のスピード感が上昇して、ある一定を超えていく感がある。
時代が、早すぎる。のかもしれない。
だから複雑な全体像を把握する、じっくり腰を据えて思索するということが、時代遅れになったのかもしれないが。
しかし全体像やビジョン、コンセプト、目的のたぐいのものは、繰り返し時間というものの栄養を得た上で、太く大きな幹になるものなんだとも思うが、結局は、そうかたりながら、時間とスピードに(期限に)追われて、いく現実。
残るは、時間とも戦い、脳みそが汗を書くまで考え続ける歩みを止めないということになる訳であるが。。。
数々の「事業」のオーナーや自営業者さんや、そして大きな組織のリーダーの方々ともお話をする機会が多くなった。
世界を市場にしている方は、視点が、視野が広い。そして本質的な「流れ」をつかもうとされて全体像の把握力の話になることが増えた。
ホームページを制作する場合、多くの場合は、事業やサービス、商品、社員、事業の方向性など、基本的にプロジェクトの動きをすべて把握する必要に迫られることがある。僕自身の知識や経験だけでは、カバーしきれない場合(ほとんどがそうであるが)統計や白書的なものを調べたり、マーケットをリサーチしたり、場合によっては専門と呼ばれる方に取材をする必要に迫られる。
笑えない話がある。ホームページを担当していると、各部署の担当者がほかの部署の情報を、僕に訪ねてくることがある。
つまり、僕に(ホームページに)情報や集まっているからだ。
「そんなの直接聞きなさいよ」と思うが、これがそうも行かない。
実際のホームページに表現できる「公開情報」の下部に「水面下の情報」というものがある。
ホームページの制作には時間がかかるものが多い。
プログラムなどが加わると、準備過程から公開を目指して数ヶ月前から、順次制作打ち合わせに入ることが多い。
これは、いつも今までの仕事においても、感じてきたことだ。
特に商品企画やこれから作ろうとしているプロジェクトについては、水面下であるから、公開されることは少ないし、どちらかというと守秘義務をもとに情報が漏れないようにする手だてがはかられる。よって同じ企業内、組織内でも、ほかの部署には内密でことが進んでいる場合がある。
情報が分断される。分割されて動く。
だから全体を把握されて共有されていくことは、結構(非常に)難しい。
全体像を把握することは、プロジェクトや企業、組織を動かすときに重要になるテーマである。
ところがこれが一番やっかいだ。
必ずと言っていいほど、情報は分割されて担当分野に分かれていく。そのような手法が一般的だ。
そしてもう一つ全体像の把握を困難にさせるものがある。
これはコミュニケーションの問題だ。
全体像というものは、いろいろな要素が複合的に絡み合っている(関係し合っている)のが本来なので、全体像を把握するには、複雑な要素の関係性を解いていく必要に迫られるが、複雑な関係性をそのまま表現すると、本来複雑なものだから、論点が伝わりにくくなる。
論点が複雑になると、意見交換が難しくなるから、出来るだけシンプルに伝えようと、現実の複雑に入り乱れた要素を、シンプルに、最大公約数にまとめて伝える。
その最大公約数を聞いた人々は、本来、一旦そのシンプルな構成から、現実の複雑な要素を再構成して検討する構図が必要なはずだが、いつしか、そのシンプルな発信は、シンプルな反応しか得られなくなり、現実の要素がバラバラになって、全体像がぼやけてくる。理解しやすいようにシンプルにした時点で、本質から変質しているかもしれないという原則が無視されていく。
全体像がぼやけてくると、各要素ごとに、シンプルな反応が繰り返されて、いつしかその世界はバラバラに動くようになる。
この国は、複雑な要素を再構成する「力」を失って、企業も、行政も、人々はみな、「分割された要素」の中で溺れている。
誰も全体像を把握し得ない。難しい話は共感し得ない。
細かく分割された要素が、バラバラに相手を批判する。
シンプルな主張しか、理解、共感は得られない。こまったことに、おおよそ、シンプルにまとめられて分割されたものを、単純に寄せ集めても、それは全体にはならないことが多い。
これは現代だから起きている問題だと思う。
つまり、100年前ならば、分野に分割されても、分割される要素が少なかったんだと思うからだ。よって、100年前ならば、企業も社会生活も、要素がそんなに多くなかった。例えば家の中にある「モノ」も少なかったし、社会全体として「職業」も少なかったし、きっと病気の数も、そして起きる事故の種類も、問題、課題の数も、現代は実に加速度的に要素の数が増えているのだ。
そんな変化の量と、スピードが分割して考えることのキャパを超えたのだと思われるが、手法としては依然として、例えば行政ならば縦割りの分割のままだし、医療の診療も同じく分割された「◎◎科」(総合診療科なるものも登場しているらしいが)、農業も、企業も、分野を分割して、人々は分割された要素の中の一つを担当させられて、ほかの要素はわからなくなっていく。
複雑な全体像を、今は理解できないが、なんとか理解し得るために「汗をかく」ことが評価されない。
全体像は本来、要素が入り乱れるから、複雑で、瞬時に理解できない訳だから、すぐに理解できないことが存在していていい。あるいは、すぐに理解できるような「レベル」のものは、実は非常に軽いものである可能性さえある。
むろん「正解」などはあり得ない訳だから、世界観、全体像の把握力、分解力、のようなものが育成されないければならない。
ここに一つの僕の論点がある。
時代は、「スピード」を求めているが、時間をかけて検討することの評価が少し世間と僕とのずれを感じるのだ。
もちろん、じっくり100%では、物事は逆に進まない。
しかしスピード100%でも、拙速と幼稚なる現実と向き合うことになる場合も出てくる。
本物は時間をかけて推敲されて、練られていく。(のだと思う)
特にプロジェクトや組織体での物事の動きの構築には、必要な時間というものがある。
時間をかけて理解する。読み解こうともがく、あるいは推測しようと試みる。
時代のスピード感が上昇して、ある一定を超えていく感がある。
時代が、早すぎる。のかもしれない。
だから複雑な全体像を把握する、じっくり腰を据えて思索するということが、時代遅れになったのかもしれないが。
しかし全体像やビジョン、コンセプト、目的のたぐいのものは、繰り返し時間というものの栄養を得た上で、太く大きな幹になるものなんだとも思うが、結局は、そうかたりながら、時間とスピードに(期限に)追われて、いく現実。
残るは、時間とも戦い、脳みそが汗を書くまで考え続ける歩みを止めないということになる訳であるが。。。
2010年7月20日火曜日
サイズ
龍馬伝を見ている。幕末とはどんな時代だったのかを、龍馬を透かして見る。
狭く地政学的に、国境が自然と定められたように成立した日本。
そして当時の藩には、従うべき幕府という「お上」だけに焦点を当てていればよかった時代が続いたあと、外国という、幕府以外のものに焦点があたったときに、人々は、困惑したに違いない。
人は、従うべきものが明確で、かつ唯一のもののとき、安心して従う傾向にある。
ところが、それが複数現れたとき、従うべきか、自分はどう思うのか、ほかのものはどうなのか、と一様に困惑する。
支配とその支配から派生する秩序は、一定の範囲において人を安定状態におくことが出来る。
その秩序が乱れていると判断された場合、その支配と秩序は螺旋状に下降に向かい、そしてその下降を押しとどめようとする反作用のエネルギーと、あいまみえて渦のような、振り子のような情勢を作り出す。
幕末はそんな様相と見えた。そして現在も。
「国」「国家」という概念が、今後も存続しうるかどうかは、僕にはわからない。わからないという感覚は、つまり、存続し得ない可能性を感じるということを含む。
幕末、黒船来航があるが、一つの支配構造から、ほかの圧力がかかり、その支配階層が揺れているという認識が、非常に幕末のそれぞれの動きに影響を与えていて、結局その文脈から発生するエネルギーの集結が明治維新ということも言える。
注目するべきは、黒船来航自体は、実は単なる「引き金」の事象で、幕末に残された文献を見ると、その黒船来航に対しての幕府の反応の「揺らぎ感」「動揺感」が、人々に不安を与えたということが注目される。
組織やグループにおいて置き換えるとわかりやすい。
いかなるときも、リーダーが一つの指針を明確に打ち出し続けると、結果として、その組織が敗北や崩壊に至るとしても、組織の構成員からの「動揺」は少ない。
(ここで、リーダーが「動揺」すると、反作用で、「どないかしないといけない」という改革の旗手が登場する土壌を作り、その組織は、ある意味、再活性化するという可能性があるが、結果論としていいか悪いかは別にして、リーダーの動揺がない組織においての秩序は一定のレベルに保たれるという)
幕末の人気と、今の世相が似ているが、
実は、一つの支配構造から、ほかの圧力がかかり(までは似ている)が、次の段階、その支配階層が「揺れている」感が、今の日本には実感覚として希薄の感じを受ける。
つまり、なんとなく統治され、なんとなく統治能力が低下している様相。
つまり、なんとなく、カエルがゆでられている状況。
この現象は、今の日本にとって結果論として「いい」のか「悪い」のか?
破滅思考のよな感じの思いがよぎる。
いっそのこと、治安がもっと悪化して、明らかにリーダー不在の様相ならば、世の中は変化するのではないか?
非常に危険な思考ではある。
かのカルト宗教の主張の一端にも似ている。
歴史には、同様な思考が、現実になっている記録が山とある。
深刻なリーダー不在でしか、変革は生まれないのか?
不安定なビジョンの欠如から派生する、秩序崩壊からしか、未来は構築できないのか?
変革のテーマになると、必ず登場する意見がある。
「何かを変えないといけないが、何から手をつけていいかわからない。」
「自分ひとりが声をあげたところで、結局何も変化しない感覚。」
ということは、組織論的にいうならば、国家や人口、規模が、でかすぎるということになる。
人民にとって、コントロールできない規模ということだ。
もし、日本という国が、組織として大きいならば、
分割して、コントロールできる規模に組み替えない限り、変わらない。
地方分権が叫ばれる。日本という「国体」が揺らぐ。
「適切に変化成長できる「サイズ」は、そこに関わる人の能力に依存する」(組織論の公式)
関係するサイズ、温度が体感できるサイズ、自分の力が影響するサイズ。
サイズの規定が、一つのテーマになり得ると思うが、誰か研究しているのかなあ。
狭く地政学的に、国境が自然と定められたように成立した日本。
そして当時の藩には、従うべき幕府という「お上」だけに焦点を当てていればよかった時代が続いたあと、外国という、幕府以外のものに焦点があたったときに、人々は、困惑したに違いない。
人は、従うべきものが明確で、かつ唯一のもののとき、安心して従う傾向にある。
ところが、それが複数現れたとき、従うべきか、自分はどう思うのか、ほかのものはどうなのか、と一様に困惑する。
支配とその支配から派生する秩序は、一定の範囲において人を安定状態におくことが出来る。
その秩序が乱れていると判断された場合、その支配と秩序は螺旋状に下降に向かい、そしてその下降を押しとどめようとする反作用のエネルギーと、あいまみえて渦のような、振り子のような情勢を作り出す。
幕末はそんな様相と見えた。そして現在も。
「国」「国家」という概念が、今後も存続しうるかどうかは、僕にはわからない。わからないという感覚は、つまり、存続し得ない可能性を感じるということを含む。
幕末、黒船来航があるが、一つの支配構造から、ほかの圧力がかかり、その支配階層が揺れているという認識が、非常に幕末のそれぞれの動きに影響を与えていて、結局その文脈から発生するエネルギーの集結が明治維新ということも言える。
注目するべきは、黒船来航自体は、実は単なる「引き金」の事象で、幕末に残された文献を見ると、その黒船来航に対しての幕府の反応の「揺らぎ感」「動揺感」が、人々に不安を与えたということが注目される。
組織やグループにおいて置き換えるとわかりやすい。
いかなるときも、リーダーが一つの指針を明確に打ち出し続けると、結果として、その組織が敗北や崩壊に至るとしても、組織の構成員からの「動揺」は少ない。
(ここで、リーダーが「動揺」すると、反作用で、「どないかしないといけない」という改革の旗手が登場する土壌を作り、その組織は、ある意味、再活性化するという可能性があるが、結果論としていいか悪いかは別にして、リーダーの動揺がない組織においての秩序は一定のレベルに保たれるという)
幕末の人気と、今の世相が似ているが、
実は、一つの支配構造から、ほかの圧力がかかり(までは似ている)が、次の段階、その支配階層が「揺れている」感が、今の日本には実感覚として希薄の感じを受ける。
つまり、なんとなく統治され、なんとなく統治能力が低下している様相。
つまり、なんとなく、カエルがゆでられている状況。
この現象は、今の日本にとって結果論として「いい」のか「悪い」のか?
破滅思考のよな感じの思いがよぎる。
いっそのこと、治安がもっと悪化して、明らかにリーダー不在の様相ならば、世の中は変化するのではないか?
非常に危険な思考ではある。
かのカルト宗教の主張の一端にも似ている。
歴史には、同様な思考が、現実になっている記録が山とある。
深刻なリーダー不在でしか、変革は生まれないのか?
不安定なビジョンの欠如から派生する、秩序崩壊からしか、未来は構築できないのか?
変革のテーマになると、必ず登場する意見がある。
「何かを変えないといけないが、何から手をつけていいかわからない。」
「自分ひとりが声をあげたところで、結局何も変化しない感覚。」
ということは、組織論的にいうならば、国家や人口、規模が、でかすぎるということになる。
人民にとって、コントロールできない規模ということだ。
もし、日本という国が、組織として大きいならば、
分割して、コントロールできる規模に組み替えない限り、変わらない。
地方分権が叫ばれる。日本という「国体」が揺らぐ。
「適切に変化成長できる「サイズ」は、そこに関わる人の能力に依存する」(組織論の公式)
関係するサイズ、温度が体感できるサイズ、自分の力が影響するサイズ。
サイズの規定が、一つのテーマになり得ると思うが、誰か研究しているのかなあ。
2010年7月11日日曜日
かなりご無沙汰〜新しい試みの始まり
すっかりツイッターやら、ホームページやらでブログの更新がご無沙汰になっていた。
日付をみたら、3月末以来の更新。
その間、すっかり景色はかわりましたが、思うことや決めたことが数多くあり、
その間を埋める記事を書こうかと思ったが、何から書き始めたらいいのかわからないから、
そのまま引き続き今を書きたいと思うところ。
サイトを少しリニューアルしております。
新しくmiura37jp.netを開設して、withgrowthとsceneryというプロジェクトネームを2つこしらえていくことにしました。
仕事面も去ることながら、もう少し自分個人の表現を打ち出していこうと思った次第。
そして新しい仕事のカテゴリーとしてscenery整理整頓をコンセプトにしたプロジェクトを立ち上げようとしております。こちらはメルマガも配信して行く予定で、ちょっと自分としては面白いコンセプト、方向性に成長するといいなと思っています。
ツイッターは、このところ毎日フォローが増えていて、フォロワーの皆様、どうもありがとうございます。
何も告知などはしていないものに、200を超えるフォローで、本当に驚いております。
アカウント単位の平均フォロー数というものは全くわかりませんが、確実にツイッターはメディアの一つになって来ていて、
最初は「何が面白いんやろか」と何度かブログにも書きました。
しかし、このツイッターの情報から、新聞記事のような世相から、ワールドカップの情報、そして地域の天気の様子から、コンサルタントの方の売り込みから、雑多な中に、今の情報が満載になっていて、新しい何かを生み出すことが出来る予感を得るまでに成長。
僕自身も、上記新プロジェクトのmiura37jp.netとsceneryの整理整頓アドバイザープロジェクトで、いろいろと新しい試みをして、情報シェアでお役にたてればと思ってます。
情報を得て、その情報をシェアすることで、お役に立って、その流れの中から生み出される幾ばくかの報酬から、さらにお役に立てる情報を得るという循環の試みとも言えます。
miura37jp.netは既にテスト(制作中ですが)アップを先ほどすませました。
従来なら、制作中でアップすることは、全くもってなかった訳ですが、テストアップしながら、その経過をみながら成長させていくということも試みの一つ。WEBで公開しながらテストするという概念は、僕にとって既成概念を超える試み。
今年のテーマである既成概念を壊すというものを行動にうつしながら試行錯誤で進みたいと思います。
オープンにしながら、そして交流しながら成長させていく方が、実際は非常にシンプルにことが運ぶのではないかという想定です。
いろいろな出会いや刺激を期待して。
自分の枠をどれだけ超えられるか?
楽しみであり、どんなになるのかなという不安もあり。
仕事の概念や生き方の概念も、枠が超えられるように試みたいと思います。
日付をみたら、3月末以来の更新。
その間、すっかり景色はかわりましたが、思うことや決めたことが数多くあり、
その間を埋める記事を書こうかと思ったが、何から書き始めたらいいのかわからないから、
そのまま引き続き今を書きたいと思うところ。
サイトを少しリニューアルしております。
新しくmiura37jp.netを開設して、withgrowthとsceneryというプロジェクトネームを2つこしらえていくことにしました。
仕事面も去ることながら、もう少し自分個人の表現を打ち出していこうと思った次第。
そして新しい仕事のカテゴリーとしてscenery整理整頓をコンセプトにしたプロジェクトを立ち上げようとしております。こちらはメルマガも配信して行く予定で、ちょっと自分としては面白いコンセプト、方向性に成長するといいなと思っています。
ツイッターは、このところ毎日フォローが増えていて、フォロワーの皆様、どうもありがとうございます。
何も告知などはしていないものに、200を超えるフォローで、本当に驚いております。
アカウント単位の平均フォロー数というものは全くわかりませんが、確実にツイッターはメディアの一つになって来ていて、
最初は「何が面白いんやろか」と何度かブログにも書きました。
しかし、このツイッターの情報から、新聞記事のような世相から、ワールドカップの情報、そして地域の天気の様子から、コンサルタントの方の売り込みから、雑多な中に、今の情報が満載になっていて、新しい何かを生み出すことが出来る予感を得るまでに成長。
僕自身も、上記新プロジェクトのmiura37jp.netとsceneryの整理整頓アドバイザープロジェクトで、いろいろと新しい試みをして、情報シェアでお役にたてればと思ってます。
情報を得て、その情報をシェアすることで、お役に立って、その流れの中から生み出される幾ばくかの報酬から、さらにお役に立てる情報を得るという循環の試みとも言えます。
miura37jp.netは既にテスト(制作中ですが)アップを先ほどすませました。
従来なら、制作中でアップすることは、全くもってなかった訳ですが、テストアップしながら、その経過をみながら成長させていくということも試みの一つ。WEBで公開しながらテストするという概念は、僕にとって既成概念を超える試み。
今年のテーマである既成概念を壊すというものを行動にうつしながら試行錯誤で進みたいと思います。
オープンにしながら、そして交流しながら成長させていく方が、実際は非常にシンプルにことが運ぶのではないかという想定です。
いろいろな出会いや刺激を期待して。
自分の枠をどれだけ超えられるか?
楽しみであり、どんなになるのかなという不安もあり。
仕事の概念や生き方の概念も、枠が超えられるように試みたいと思います。
2010年3月28日日曜日
目に見えないもの
今月は僕の意識のひとつが大きく変化している。
それは、存在証明のようなものを枯渇して求めていた高校時代からの思いのからくりがわかったからかもしれぬが、人から見たら小さな変化である、僕にとっては大きな変化。
生きている証のようなものを、存在証明という言葉で認識して、その存在証明のようなものの「姿」の一つとして書籍や本、のような媒体をイメージして来た。晩年は作家になろうという思いが何によって沸き起こっていたのか?
それは自分の考えや、ものの見方のような、自分なりのオリジナルなものを目に見える形で残しておきたいと思っていたからだ。高校時代に自作していた冊子には、晩年の僕が書いた本を、生まれかわりの次の世代の「僕」が読んで、多大なる影響を受けて、(当然僕が前世を認識していないように、次の世代の僕も、今の僕を認識することはないが)つまり、今の僕の書いた著作の影響が次の僕に及ぼして、その考えの続きを僕自身が、(しかしまったく認識のない僕の生まれ変わりが)継承していくような物語を夢想していた。
わかるよな、訳わからないよな話だが、一時は本気で、「生まれ変わった僕へ」的なタイトルの作品もどきを習作していた。
今月の僕の変化は、その本を書くということではなく、ビジネスや、何かのプロジェクトに対しての「哲学」が、もし今の僕が亡くなって、次の僕が誕生し、(つまり生まれ変わって)社会に出たときに、幸運ながら今の僕が生み出したプロジェクトが綿々と受け継がれていて、次世代にも影響力があって、その哲学に触れて、継承していくということが、本当に実現したら、こちらのほうが「見に見えない哲学のようなもの」だけに格好いいなああと思ったことだ。
時代に合わせて物事は変化していくのは鴨長明が語ったことだし、それほどまでに永続性のあるものと言えば、それは結局時代背景や環境を問わずに変化しない「哲学」「考え方」「倫理、論理」みたいなものなんだろうし、本質的な価値観というものなんだろう。
原理主義的に言ってしまえば、かのキリストの教えとか仏陀の教えというものも、彼らが生きていた時代に、彼ら自身が語ったものから、今は変化しているんやでと言えるかもしれないから、いくら「哲学」といっても、やはり永続性という面では目に見えないものである分、それは結局はかないものなのかもしれないから、やはり本のような物質的な何かが、後世に残すためには有効なのかもしれないという気もする。
ブッタの教えに至っては、親鸞や蓮如の例を出すまでもなく、時代に合わせて「再定義」が試みられて、本来の解釈というものを、独自の視点と解釈を付け加え、削ぎ落とし、その変化があるが故に、今の時代まで伝えられてきているという要素が多分にある。
電線で電力を送電する際に、だんだん減衰していく電力を途中の変電所とかで、増幅させながら遠くへ運ぶように、一つの哲学を後世に伝えるために、その哲学自体に増幅の手を加える必要がある。故に純粋な意味で哲学が「そのまま」継承されることは少ないというパラドックス。
話がこんがらがったが、実際のところ、後世までに「確実に」残るか否かという問題ではなく、自分が何を残したいと思ったのかという現時点の思いの方が重要で、
つまり、哲学のようなものがいいなあと思ったというだけのこと。
目に見えないものが、一番価値があるように「見える」という転換の体験であったし、今のそのテーマの渦中にある。
それは、存在証明のようなものを枯渇して求めていた高校時代からの思いのからくりがわかったからかもしれぬが、人から見たら小さな変化である、僕にとっては大きな変化。
生きている証のようなものを、存在証明という言葉で認識して、その存在証明のようなものの「姿」の一つとして書籍や本、のような媒体をイメージして来た。晩年は作家になろうという思いが何によって沸き起こっていたのか?
それは自分の考えや、ものの見方のような、自分なりのオリジナルなものを目に見える形で残しておきたいと思っていたからだ。高校時代に自作していた冊子には、晩年の僕が書いた本を、生まれかわりの次の世代の「僕」が読んで、多大なる影響を受けて、(当然僕が前世を認識していないように、次の世代の僕も、今の僕を認識することはないが)つまり、今の僕の書いた著作の影響が次の僕に及ぼして、その考えの続きを僕自身が、(しかしまったく認識のない僕の生まれ変わりが)継承していくような物語を夢想していた。
わかるよな、訳わからないよな話だが、一時は本気で、「生まれ変わった僕へ」的なタイトルの作品もどきを習作していた。
今月の僕の変化は、その本を書くということではなく、ビジネスや、何かのプロジェクトに対しての「哲学」が、もし今の僕が亡くなって、次の僕が誕生し、(つまり生まれ変わって)社会に出たときに、幸運ながら今の僕が生み出したプロジェクトが綿々と受け継がれていて、次世代にも影響力があって、その哲学に触れて、継承していくということが、本当に実現したら、こちらのほうが「見に見えない哲学のようなもの」だけに格好いいなああと思ったことだ。
時代に合わせて物事は変化していくのは鴨長明が語ったことだし、それほどまでに永続性のあるものと言えば、それは結局時代背景や環境を問わずに変化しない「哲学」「考え方」「倫理、論理」みたいなものなんだろうし、本質的な価値観というものなんだろう。
原理主義的に言ってしまえば、かのキリストの教えとか仏陀の教えというものも、彼らが生きていた時代に、彼ら自身が語ったものから、今は変化しているんやでと言えるかもしれないから、いくら「哲学」といっても、やはり永続性という面では目に見えないものである分、それは結局はかないものなのかもしれないから、やはり本のような物質的な何かが、後世に残すためには有効なのかもしれないという気もする。
ブッタの教えに至っては、親鸞や蓮如の例を出すまでもなく、時代に合わせて「再定義」が試みられて、本来の解釈というものを、独自の視点と解釈を付け加え、削ぎ落とし、その変化があるが故に、今の時代まで伝えられてきているという要素が多分にある。
電線で電力を送電する際に、だんだん減衰していく電力を途中の変電所とかで、増幅させながら遠くへ運ぶように、一つの哲学を後世に伝えるために、その哲学自体に増幅の手を加える必要がある。故に純粋な意味で哲学が「そのまま」継承されることは少ないというパラドックス。
話がこんがらがったが、実際のところ、後世までに「確実に」残るか否かという問題ではなく、自分が何を残したいと思ったのかという現時点の思いの方が重要で、
つまり、哲学のようなものがいいなあと思ったというだけのこと。
目に見えないものが、一番価値があるように「見える」という転換の体験であったし、今のそのテーマの渦中にある。
2010年3月20日土曜日
そんなこんなで、あれやこれやと、
とにもかくにも、濃い時間を過ごしている。
昨日は横浜でプロジェクトの会議。
すっかりおなじみのホテルのスイートルームでの会議は、一年を経過しようとしていて、全くのサラリーマン体質だった僕にとって貴重な体験を重ねさせてもらっている。
スイートルームと言えば、体験するまでは「全く別の世界」そのものであったが、クラブラウンジなるスイートルーム顧客専用のラウンジでのサービスを受けるにも、ぎこちなさが消えて、昨日なんかはバトラーさんへの対応も慣れてきている自分に苦笑した。
環境に左右されるのが人間とは、セミナーなどでよく聞くフレーズとなっているが、いやはや体験するということは本当に凄いことで、いくら「情報」としてのものをもっているとしても、言葉や写真の情報と体験する皮膚感覚というものには雲泥の差がある。
これも体験してはじめて、振り返って読み返すとその差に歴然とするという質のもので、体験するまではやはり机上のものなのである。
そんなこんなの体験を、シェアしていくことって面白そうだなということをはじめて考えている。
ちょっとホームページやブログ、ツイッターなどの使い方を革新的に変えてみたくなった。
ついぞ、僕は自分の生身の今の情報をネット上で表現していく(いわば公開していく)ことには心の奥に微妙な抵抗感なるものが存在していて、つらつらと思いをブログで書いたりしてはいるが、ちょっと一応ダイレクト感のないものになりがちであったが、体験することの皮膚感覚として、ダイレクトに書き続けられたら、これは面白いかもしれないと実ははじめて感じている。
ブログを移そうかな?とか、ツイッターをこうしてみようかなということも、ちょっと整理してみて、もうすぐ春だから、自分に新しい体験を付加してみようかしらんと思ったりして。
環境、体験、変化、学びの中、いろいろシェア出来たり
フィードバック出来たりしたら、面白いかもしれぬ。
昨日は横浜でプロジェクトの会議。
すっかりおなじみのホテルのスイートルームでの会議は、一年を経過しようとしていて、全くのサラリーマン体質だった僕にとって貴重な体験を重ねさせてもらっている。
スイートルームと言えば、体験するまでは「全く別の世界」そのものであったが、クラブラウンジなるスイートルーム顧客専用のラウンジでのサービスを受けるにも、ぎこちなさが消えて、昨日なんかはバトラーさんへの対応も慣れてきている自分に苦笑した。
環境に左右されるのが人間とは、セミナーなどでよく聞くフレーズとなっているが、いやはや体験するということは本当に凄いことで、いくら「情報」としてのものをもっているとしても、言葉や写真の情報と体験する皮膚感覚というものには雲泥の差がある。
これも体験してはじめて、振り返って読み返すとその差に歴然とするという質のもので、体験するまではやはり机上のものなのである。
そんなこんなの体験を、シェアしていくことって面白そうだなということをはじめて考えている。
ちょっとホームページやブログ、ツイッターなどの使い方を革新的に変えてみたくなった。
ついぞ、僕は自分の生身の今の情報をネット上で表現していく(いわば公開していく)ことには心の奥に微妙な抵抗感なるものが存在していて、つらつらと思いをブログで書いたりしてはいるが、ちょっと一応ダイレクト感のないものになりがちであったが、体験することの皮膚感覚として、ダイレクトに書き続けられたら、これは面白いかもしれないと実ははじめて感じている。
ブログを移そうかな?とか、ツイッターをこうしてみようかなということも、ちょっと整理してみて、もうすぐ春だから、自分に新しい体験を付加してみようかしらんと思ったりして。
環境、体験、変化、学びの中、いろいろシェア出来たり
フィードバック出来たりしたら、面白いかもしれぬ。
2010年3月13日土曜日
身をおくところ
今週は、歴史の変換点を迎えているというテーマが続く。
2010年は、変革の台風の目のような年ということらしく、ここ数年の変化のニュースにも慣れて来てしまって、ショック感や危機感のようなものが、慣れという感覚で流されやすいという話。
歴史の転換点であるか否かの検証は、歴史の経過を待たなくてはいけないというパラドックスが存在しているわけなので、正否の検証に意味があるかどうかは僕の理解を超えているので、追求はしないでおこうと思うが、
大切な事柄は、この先の人生にとって、どんな体験を付加していくのかというきわめて私的で主観的なテーマ。
今の僕の視野は、今までのジブンの体験や感情で形作られていて、その視野に入る物事を線で結んだら、結局は今までのジブンの体験の延長線が、ずーーーと放たれていくだけになる。
今週の僕の結論は、ジブンの視野、今までの体験を一旦白紙にして、本当に今感じられる物事を、そのままジブンに打ち込んでみたいということ。
これをひと言でいうと、身を置くところを、僕の今までの体験上で「GOOD」と思える以外の場所へ身をおくということだ。
これには結構ストレスがかかる。今までの物差しで解釈できないものがある環境に身をおこうとするということは、大変疲れるし、乗り物酔いのような、ジブンの立ち位置が揺れていくような体験になるからだ。
今週は今まで避けている(もしくはジブンの視野、ジブンの価値判断のものさしではかりきれないもの)ものに触れることが多かった。だから非常に疲れている。
カラダは疲れていないのだが、精神的にストレスがかかっていて、これを面白いというのか、はたまた、クレイジーというのか、これはわからないけれども、とにかく物差し外のものを「求めている」わけだ。知らないうちに、ジブンに価値判断の物差しが出来上がっていて、脳みそが勝手にYESNOをつけていることが分かって来た。
これを既成概念と呼んだりすると思うが、ジブンがいかに既成概念に包まれているかというものを自覚するには、時折非常にストレスのかかる「カルチャーショック」が必要だったりするが、このカルチャーショックを「求めて」いるという状況。
通常カルチャーショックなるものは、カルチャーのショックであるわけだから、突発的に、出会い頭に訪れるが、これを求めてみると、つまり、環境を選択するということになる。
今までの感覚にはなかった感覚なので、言葉に昇華するのに時間がかかるが、ジブンの中にあるセンサーのようなものが、「測定不能」という答えを出す感覚は、とても面白い。(と感じて疲れているのだが)
ジブンのセンサーが、今までの体験値だけで判定をくだしているのかが分かる。
この感覚を支えていくのは「好奇心」
で、好奇心を支えているものは一体なにか?というと、
それは「新たな体験のステージに向かいたい」という何か宇宙からのメッセージのよな、(いやこんな言い方で濁すにはもったいないほどの、変化、成長、拡大への法則のほうなものか)と感じていたが実は違った。
それはやはり環境。
環境というと、人、
結局人は人にしか影響され得ない。
好奇心旺盛になりたければ、好奇心旺盛の人に触れていくしかない。
僕はそれを勝手に「寄生する」と呼んでいる。
どんな人とどんな情報に触れるかという環境の選択を、ジブンの物差し以外のもので選択していくという、パラドックスのような問いに答えがあるとすると、それは
「ようわからんけど、面白そう」というマグネットと、
「こんなんあるねんけれど、どない?」と誘ってくれる「人」を選択すること。
ジブンを変化させたいならば、積極的に他人様に寄生するしか方法はないように思う。
だって、ジブンで変化させていけるならば、変化したいとは思わない。
なぜならば、変化「したい」と思う=ジブンで変化させることは出来ていないという構図。
「したい」と思う時点では、「出来ていない」ということだから。
「出来ていれば」=「したい」とは思わないということだから。きっと。
ジブンが男性であると自覚するには、男性以外の性の存在があるし、ジブンが日本人なんだなあと自覚するには、日本人以外の存在が必要であるのと同じメカニズムを感じるが、これは正解なのかな。
目標達成の考え方は、結局目標=今のジブンの延長線上ではなり得ないジブンへの「ジャンプ」であるわけで、その
今のジブンと目標達成後のジブンには、当然距離があって、その距離を埋めてくれるものは、
実はカルチャーショックだったりするわけだ。
このカルチャーショックを求めているということなんだな。きっと。
「切れたい」という感覚に近いなということだ。
これはここ数日、僕の師匠たる方との対話の中での話であるが。
「切れたい!」「ぶち切れたい!」という欲求って実は非常に大事だというおはなし。
好奇心旺盛な人に寄生すると、好奇心が移る。
好奇心が移るということは、デジタル的にいえば、ジブンの中にあったプログラム以外の情報が、その人を通じて入ってくるということになり、その現象に影響されて、ジブンも好奇心旺盛になって、好奇心を満たせてくれるような、新しい情報を引き寄せるということになる。
さて、今週に感じたものごとが言葉に昇華されて、論理的になるまでにタイムラグがあるが、その熟成を待たずに、もっと変革への好奇心を加速させていくと、僕自身の意識は変化、成長、拡大していって、新しい体験を付加することになっていき、その新しい体験が、新しい感覚をもたらすという刺激が、面白いのではないかと。
何事もよく知っているのが人生を豊かにすると思い込んでいたところがあったが、
実は「好奇心」=「僕それ全然知りません」ということが人生に新しい価値を付加していくことが多いような気がして、ちょっと興奮している。
(気付くのが遅いかもしれないが、僕は全然知りませんから、ぜひ教えてくださいという姿勢が、人生を豊かにする一つの方法なのかなと思ったりしている)
とにかくここしばらく、意識して身を置くところを選択していきたい。
(ちょっと、注釈的に能書きを足れてしまうが、この文章は、僕の感情のプロセスをそのまま残すために書いていたりするわけで、論理的、言葉的に未消化があることはご了承のほど;読者無視の文章があるのがこのブログでして、最近結構ご覧頂いているような感じで恐縮ですが、きわめて私的な記録であります故、そのあたりご了解ほどを)
ということで、ここしばらくは全く私的な事柄を記録している。
で、台風の目の話であるが、
台風の目の時に、実は大きな変化が生じるということらしく、僕は気象科学に詳しくないから、よくわからないが、台風のメカニズム的にいうと、この台風の目の領域の気圧、気象が、台風の勢力を決定づけているということらしい。
聞くと当たり前な話だ。
台風の目が中心で渦を巻いているわけだから、台風の目が勢力を決めているに決まっている。
2010年が台風の目なのであれば、この、今年の過ごし方は、今後の勢力を決定するということになる。
おお大変じゃ。
勢力を決める台風の目の過ごし方。
明日もセミナーが続く。
台風の風に、左右されているわけにはいかぬな。
突然だが、桜の木は、ちょうど今、
今年の桜の色素を、木の幹一杯に作り出していて、間もなくそれが花になって開花する。
その感覚にも、似ているのかな。
今後の勢力を決める2010年。
こころしたい。
2010年は、変革の台風の目のような年ということらしく、ここ数年の変化のニュースにも慣れて来てしまって、ショック感や危機感のようなものが、慣れという感覚で流されやすいという話。
歴史の転換点であるか否かの検証は、歴史の経過を待たなくてはいけないというパラドックスが存在しているわけなので、正否の検証に意味があるかどうかは僕の理解を超えているので、追求はしないでおこうと思うが、
大切な事柄は、この先の人生にとって、どんな体験を付加していくのかというきわめて私的で主観的なテーマ。
今の僕の視野は、今までのジブンの体験や感情で形作られていて、その視野に入る物事を線で結んだら、結局は今までのジブンの体験の延長線が、ずーーーと放たれていくだけになる。
今週の僕の結論は、ジブンの視野、今までの体験を一旦白紙にして、本当に今感じられる物事を、そのままジブンに打ち込んでみたいということ。
これをひと言でいうと、身を置くところを、僕の今までの体験上で「GOOD」と思える以外の場所へ身をおくということだ。
これには結構ストレスがかかる。今までの物差しで解釈できないものがある環境に身をおこうとするということは、大変疲れるし、乗り物酔いのような、ジブンの立ち位置が揺れていくような体験になるからだ。
今週は今まで避けている(もしくはジブンの視野、ジブンの価値判断のものさしではかりきれないもの)ものに触れることが多かった。だから非常に疲れている。
カラダは疲れていないのだが、精神的にストレスがかかっていて、これを面白いというのか、はたまた、クレイジーというのか、これはわからないけれども、とにかく物差し外のものを「求めている」わけだ。知らないうちに、ジブンに価値判断の物差しが出来上がっていて、脳みそが勝手にYESNOをつけていることが分かって来た。
これを既成概念と呼んだりすると思うが、ジブンがいかに既成概念に包まれているかというものを自覚するには、時折非常にストレスのかかる「カルチャーショック」が必要だったりするが、このカルチャーショックを「求めて」いるという状況。
通常カルチャーショックなるものは、カルチャーのショックであるわけだから、突発的に、出会い頭に訪れるが、これを求めてみると、つまり、環境を選択するということになる。
今までの感覚にはなかった感覚なので、言葉に昇華するのに時間がかかるが、ジブンの中にあるセンサーのようなものが、「測定不能」という答えを出す感覚は、とても面白い。(と感じて疲れているのだが)
ジブンのセンサーが、今までの体験値だけで判定をくだしているのかが分かる。
この感覚を支えていくのは「好奇心」
で、好奇心を支えているものは一体なにか?というと、
それは「新たな体験のステージに向かいたい」という何か宇宙からのメッセージのよな、(いやこんな言い方で濁すにはもったいないほどの、変化、成長、拡大への法則のほうなものか)と感じていたが実は違った。
それはやはり環境。
環境というと、人、
結局人は人にしか影響され得ない。
好奇心旺盛になりたければ、好奇心旺盛の人に触れていくしかない。
僕はそれを勝手に「寄生する」と呼んでいる。
どんな人とどんな情報に触れるかという環境の選択を、ジブンの物差し以外のもので選択していくという、パラドックスのような問いに答えがあるとすると、それは
「ようわからんけど、面白そう」というマグネットと、
「こんなんあるねんけれど、どない?」と誘ってくれる「人」を選択すること。
ジブンを変化させたいならば、積極的に他人様に寄生するしか方法はないように思う。
だって、ジブンで変化させていけるならば、変化したいとは思わない。
なぜならば、変化「したい」と思う=ジブンで変化させることは出来ていないという構図。
「したい」と思う時点では、「出来ていない」ということだから。
「出来ていれば」=「したい」とは思わないということだから。きっと。
ジブンが男性であると自覚するには、男性以外の性の存在があるし、ジブンが日本人なんだなあと自覚するには、日本人以外の存在が必要であるのと同じメカニズムを感じるが、これは正解なのかな。
目標達成の考え方は、結局目標=今のジブンの延長線上ではなり得ないジブンへの「ジャンプ」であるわけで、その
今のジブンと目標達成後のジブンには、当然距離があって、その距離を埋めてくれるものは、
実はカルチャーショックだったりするわけだ。
このカルチャーショックを求めているということなんだな。きっと。
「切れたい」という感覚に近いなということだ。
これはここ数日、僕の師匠たる方との対話の中での話であるが。
「切れたい!」「ぶち切れたい!」という欲求って実は非常に大事だというおはなし。
好奇心旺盛な人に寄生すると、好奇心が移る。
好奇心が移るということは、デジタル的にいえば、ジブンの中にあったプログラム以外の情報が、その人を通じて入ってくるということになり、その現象に影響されて、ジブンも好奇心旺盛になって、好奇心を満たせてくれるような、新しい情報を引き寄せるということになる。
さて、今週に感じたものごとが言葉に昇華されて、論理的になるまでにタイムラグがあるが、その熟成を待たずに、もっと変革への好奇心を加速させていくと、僕自身の意識は変化、成長、拡大していって、新しい体験を付加することになっていき、その新しい体験が、新しい感覚をもたらすという刺激が、面白いのではないかと。
何事もよく知っているのが人生を豊かにすると思い込んでいたところがあったが、
実は「好奇心」=「僕それ全然知りません」ということが人生に新しい価値を付加していくことが多いような気がして、ちょっと興奮している。
(気付くのが遅いかもしれないが、僕は全然知りませんから、ぜひ教えてくださいという姿勢が、人生を豊かにする一つの方法なのかなと思ったりしている)
とにかくここしばらく、意識して身を置くところを選択していきたい。
(ちょっと、注釈的に能書きを足れてしまうが、この文章は、僕の感情のプロセスをそのまま残すために書いていたりするわけで、論理的、言葉的に未消化があることはご了承のほど;読者無視の文章があるのがこのブログでして、最近結構ご覧頂いているような感じで恐縮ですが、きわめて私的な記録であります故、そのあたりご了解ほどを)
ということで、ここしばらくは全く私的な事柄を記録している。
で、台風の目の話であるが、
台風の目の時に、実は大きな変化が生じるということらしく、僕は気象科学に詳しくないから、よくわからないが、台風のメカニズム的にいうと、この台風の目の領域の気圧、気象が、台風の勢力を決定づけているということらしい。
聞くと当たり前な話だ。
台風の目が中心で渦を巻いているわけだから、台風の目が勢力を決めているに決まっている。
2010年が台風の目なのであれば、この、今年の過ごし方は、今後の勢力を決定するということになる。
おお大変じゃ。
勢力を決める台風の目の過ごし方。
明日もセミナーが続く。
台風の風に、左右されているわけにはいかぬな。
突然だが、桜の木は、ちょうど今、
今年の桜の色素を、木の幹一杯に作り出していて、間もなくそれが花になって開花する。
その感覚にも、似ているのかな。
今後の勢力を決める2010年。
こころしたい。
2010年3月12日金曜日
10年後に今の仕事の8割が
セミナーでちょっと面白いことを聞いた。
あるアメリカの大学が、よくある将来予測の中で、こんな話をしているという。
歴史を振り返ると、「○○革命」というものが何回かあり、
それぞれの革命の前とあとでは、仕事、生活が変貌するということは
歴史に鈍感な者でも、理解が出来る話。
昔、農業革命という稲作を人の手で「栽培」するという革命が起きて、
人の暮らし、生産、富は変貌して中央集権が発生する。
そして産業革命が起こり、都市というものと工場というもの
そして労働というものが、産業革命、工業革命ののちに姿を表す。
そして今はIT革命の最終段階。
と来ると思いきや、そうではなかった。。。
今のIT革命と呼ばれているものは、次の革命の土台を築くものではあるが、
実は「革命」ではないという話だ。
次に来る、(2012〜2015といわれている)革命、
それは、
人の仕事が全く変貌するということらしい。
名付けて「オートメーション革命」
聞けば、この革命
人が携わる(と思い込まれている)仕事における一大革命なんだそうだ。
つまるところ、労働を提供して対価を得るというモデルが崩壊するというもの。
つまり現在人が携わっている仕事は、すべてオートメーションになるということ。
理解しやすくするために極論で表現すると「人」が労働することによって
会社としては経費がかかる、経費を極限に削減するには
機械やITに代役をさせていくということ。
これは理解できる。
スーパーのレジには、機械が設置されて
レジのパートさんのかわりに、機械がバーコードを読み取って、会計が出来るというものが普及。
荷物の配送も、今や自動操縦の車が、実は稼働テストが繰り返されていて、
まもなく実用に入るという。(これはドイツの話)
驚くのは、「とはいえ、これは人でないといかんやろ」と現在思われている仕事も
経費削減の嵐の中、どんどん機械に置き換わるという20世紀時代にSF映画で見た社会そのものが出現するという。
夢みたいだが、
弁護士や裁判も、コンピューターのデータを元に、今よりは遥かに少ない人数で、
今よりも多くの事件や裁判が決裁され、
難しい手術も、小さな機械が、人のカラダに入り込み、自動操縦、自動判定をして
とっとと手術を終わらせていく。
教師も、コンピューターゲームのようなセルフスタディの方法が普及。
そして、無人のコンビニでは、もはや万引きに神経を尖らせることもなく、
機械がセキュリティーから在庫管理、会計まで行うという店舗ごと自動販売機という具合。
さて、人間の関わる仕事とは?
オートメーションのコスト安に対抗出来る仕事とは?
結論は、実に10年後の仕事の8割以上は、現在姿を表していないという研究結果。
つまり、今後10年の間に、人の仕事のモデルは8割が入れ替わるということだ。
もはや子どもの教育の方向性を大きく、劇的に、それこそ革命的に変化させないと
時代遅れどころの騒ぎではなく、全く仕事と報酬が入らないジャンルに積み込まれる恐れまである。
さて、ここまで聞いて僕はひょんな事を思い出した。
それは昔高校時代に、僕の本の先生だった佐伯先生が僕に放ったことばだ。
「これから50年先に残るものは芸術関係の仕事だけかもしれないから、
たっぷり社会経験をつんで、あなた作家になりなさい。娯楽や作品を作ることしか
人としての仕事はない未来になるかもしれないよ。労働に未来はありません。
たくさん本を読みなさい。」
ずっと忘れていて、それも今になって鮮明に思い出すとは、いやはや。
先生すげーな。
しかも、さらりと「労働に未来はない」と言い切っているところが感服。
これは僕も、社会経験の中で実感していたことである。
お店の運営をしていた時代に痛感した。
人件費が一番利益を食っている。
利益を挙げたいならば、売上を上げるか、人件費および商品在庫経費、販促経費を減らすしかない。
これは1+1=2という位に単純明快な話。
運営をする側、社長側から見ると、何より比率の大きい人件費を
出来るだけ「非道」なイメージが出ないように削りたい。
ここまで書くと、「サービス業はどうなのよ?」という声を発する御方も多いと思うが、
その研究は、サービス業の未来についてもばっさりと書いている。
「未来のサービス業は、富裕層向けしか存続できない。つまり高い人件費をまかなう事が出来る売上を確保可能な、ゴージャスで豊かなサービス業は存続出来る、が、その数は1割に満たない。」
「会社」は存続するが、その中身は、
機械とITに埋められた少数の労働者が、世界流通を管理するような、すこぶる少人数の仕事。
そしてこの報告は、次のようになっている。
「多くの人々は、芸術、作品、そしてパフォーマーとしての産業に従事することになる」
これまた極端だが、人類総アーティスト時代の到来か?
そして注目の結論。
「労働収入」は歴史の用語と化す。多くの人々は作品権利や、その他の権利的な収入を支えに、
複数の収入源を持つに至る」
これから10年。
見逃せない。
あるアメリカの大学が、よくある将来予測の中で、こんな話をしているという。
歴史を振り返ると、「○○革命」というものが何回かあり、
それぞれの革命の前とあとでは、仕事、生活が変貌するということは
歴史に鈍感な者でも、理解が出来る話。
昔、農業革命という稲作を人の手で「栽培」するという革命が起きて、
人の暮らし、生産、富は変貌して中央集権が発生する。
そして産業革命が起こり、都市というものと工場というもの
そして労働というものが、産業革命、工業革命ののちに姿を表す。
そして今はIT革命の最終段階。
と来ると思いきや、そうではなかった。。。
今のIT革命と呼ばれているものは、次の革命の土台を築くものではあるが、
実は「革命」ではないという話だ。
次に来る、(2012〜2015といわれている)革命、
それは、
人の仕事が全く変貌するということらしい。
名付けて「オートメーション革命」
聞けば、この革命
人が携わる(と思い込まれている)仕事における一大革命なんだそうだ。
つまるところ、労働を提供して対価を得るというモデルが崩壊するというもの。
つまり現在人が携わっている仕事は、すべてオートメーションになるということ。
理解しやすくするために極論で表現すると「人」が労働することによって
会社としては経費がかかる、経費を極限に削減するには
機械やITに代役をさせていくということ。
これは理解できる。
スーパーのレジには、機械が設置されて
レジのパートさんのかわりに、機械がバーコードを読み取って、会計が出来るというものが普及。
荷物の配送も、今や自動操縦の車が、実は稼働テストが繰り返されていて、
まもなく実用に入るという。(これはドイツの話)
驚くのは、「とはいえ、これは人でないといかんやろ」と現在思われている仕事も
経費削減の嵐の中、どんどん機械に置き換わるという20世紀時代にSF映画で見た社会そのものが出現するという。
夢みたいだが、
弁護士や裁判も、コンピューターのデータを元に、今よりは遥かに少ない人数で、
今よりも多くの事件や裁判が決裁され、
難しい手術も、小さな機械が、人のカラダに入り込み、自動操縦、自動判定をして
とっとと手術を終わらせていく。
教師も、コンピューターゲームのようなセルフスタディの方法が普及。
そして、無人のコンビニでは、もはや万引きに神経を尖らせることもなく、
機械がセキュリティーから在庫管理、会計まで行うという店舗ごと自動販売機という具合。
さて、人間の関わる仕事とは?
オートメーションのコスト安に対抗出来る仕事とは?
結論は、実に10年後の仕事の8割以上は、現在姿を表していないという研究結果。
つまり、今後10年の間に、人の仕事のモデルは8割が入れ替わるということだ。
もはや子どもの教育の方向性を大きく、劇的に、それこそ革命的に変化させないと
時代遅れどころの騒ぎではなく、全く仕事と報酬が入らないジャンルに積み込まれる恐れまである。
さて、ここまで聞いて僕はひょんな事を思い出した。
それは昔高校時代に、僕の本の先生だった佐伯先生が僕に放ったことばだ。
「これから50年先に残るものは芸術関係の仕事だけかもしれないから、
たっぷり社会経験をつんで、あなた作家になりなさい。娯楽や作品を作ることしか
人としての仕事はない未来になるかもしれないよ。労働に未来はありません。
たくさん本を読みなさい。」
ずっと忘れていて、それも今になって鮮明に思い出すとは、いやはや。
先生すげーな。
しかも、さらりと「労働に未来はない」と言い切っているところが感服。
これは僕も、社会経験の中で実感していたことである。
お店の運営をしていた時代に痛感した。
人件費が一番利益を食っている。
利益を挙げたいならば、売上を上げるか、人件費および商品在庫経費、販促経費を減らすしかない。
これは1+1=2という位に単純明快な話。
運営をする側、社長側から見ると、何より比率の大きい人件費を
出来るだけ「非道」なイメージが出ないように削りたい。
ここまで書くと、「サービス業はどうなのよ?」という声を発する御方も多いと思うが、
その研究は、サービス業の未来についてもばっさりと書いている。
「未来のサービス業は、富裕層向けしか存続できない。つまり高い人件費をまかなう事が出来る売上を確保可能な、ゴージャスで豊かなサービス業は存続出来る、が、その数は1割に満たない。」
「会社」は存続するが、その中身は、
機械とITに埋められた少数の労働者が、世界流通を管理するような、すこぶる少人数の仕事。
そしてこの報告は、次のようになっている。
「多くの人々は、芸術、作品、そしてパフォーマーとしての産業に従事することになる」
これまた極端だが、人類総アーティスト時代の到来か?
そして注目の結論。
「労働収入」は歴史の用語と化す。多くの人々は作品権利や、その他の権利的な収入を支えに、
複数の収入源を持つに至る」
これから10年。
見逃せない。
2010年3月11日木曜日
予感めいたもの
何かを残しておきたいという欲求は、
ジブンが何者なのかという問いに繋がっている。
ジブンが何者であるかという問いは、
何をしたいのかという問いに繋がる。
予感めいたものがある。
それは今まで生きている何か、そのプロセスの何か、そしてその影響力とその反作用の螺旋の中に
一つの流れが生じて生きている感覚。
これまでジブンの人生は、何種類かのシーズンに別れていて、
分断された中における、それぞれのエピソードが
その影響力と反作用の組み合わせの中で、
何かの欲求に繋がっているのだと思い込んでいた。
この3月に感じる風は、ちょうど20代の後半に感じていた感覚に似ている。
これからどこに向かうのか?という漠然とした不安と期待の風。
30代は大きく舵を切って、それまでの20代の影響力と反作用の中で
そのシーズンが作られていたと思っていたが、
実は一つの大きな流れの中で
ひとつのプロセスが進行していたのではないかという感覚だ。
何種類もの体験を重ねてきているのではなく、
大きな一つのプロセスの体験を経ているということかもしれない。
実に抽象的なことを書いている。
これは抽象度が高いということではなくて、いまだ予感めいたものにとどまっているために
ことばが抽象的になっているということだ。
予感めいたもの。
振り返ると、変化めいたものはこの春先からGWまでに生じる。
淡い期待と、変化の風のようなもの。
ジブンが生きて来た「証」のようなものが
積み立てられて表現されるとしたら、
ジブンが生きていた、つまり思い描いて来たものが、
積み立てられているとして、それが一つの大きな流れに集約されてくるとしたら、
それは結局、その集約のプレセス自体が「生きる」ということになるのかも知れない。
とにもかくにも、
3月は非常に、(一年のうちでも最大の)仕事的にも、今後の方向性的にも
そして作業の量的にも山場を迎えている。
作業としての精度もさることながら、
作業を通じてのプロセスのうち、
いろいろな取捨選択と、その大きな集約の中に、
今後の方向性が見えてくることがあると思われる。
ジブンが何者なのかという問いに繋がっている。
ジブンが何者であるかという問いは、
何をしたいのかという問いに繋がる。
予感めいたものがある。
それは今まで生きている何か、そのプロセスの何か、そしてその影響力とその反作用の螺旋の中に
一つの流れが生じて生きている感覚。
これまでジブンの人生は、何種類かのシーズンに別れていて、
分断された中における、それぞれのエピソードが
その影響力と反作用の組み合わせの中で、
何かの欲求に繋がっているのだと思い込んでいた。
この3月に感じる風は、ちょうど20代の後半に感じていた感覚に似ている。
これからどこに向かうのか?という漠然とした不安と期待の風。
30代は大きく舵を切って、それまでの20代の影響力と反作用の中で
そのシーズンが作られていたと思っていたが、
実は一つの大きな流れの中で
ひとつのプロセスが進行していたのではないかという感覚だ。
何種類もの体験を重ねてきているのではなく、
大きな一つのプロセスの体験を経ているということかもしれない。
実に抽象的なことを書いている。
これは抽象度が高いということではなくて、いまだ予感めいたものにとどまっているために
ことばが抽象的になっているということだ。
予感めいたもの。
振り返ると、変化めいたものはこの春先からGWまでに生じる。
淡い期待と、変化の風のようなもの。
ジブンが生きて来た「証」のようなものが
積み立てられて表現されるとしたら、
ジブンが生きていた、つまり思い描いて来たものが、
積み立てられているとして、それが一つの大きな流れに集約されてくるとしたら、
それは結局、その集約のプレセス自体が「生きる」ということになるのかも知れない。
とにもかくにも、
3月は非常に、(一年のうちでも最大の)仕事的にも、今後の方向性的にも
そして作業の量的にも山場を迎えている。
作業としての精度もさることながら、
作業を通じてのプロセスのうち、
いろいろな取捨選択と、その大きな集約の中に、
今後の方向性が見えてくることがあると思われる。
2010年2月23日火曜日
脳みその中身の会話
お疲れさまです。
徹夜が続いております。
こんなに徹夜が続くほどに忙しいこと自体が大変な感謝。
本当に自分の役割や自分が世の中に役立っている(か?どうかは別にして機会を頂いている)ことが嬉しい。
自分の器から、連絡が遅れがちになっていたりして、
みなさんの温かな「許容」のもと、今日もこんな時間。
忙しい合間には、ちょっとした気付きや
へんてこりんなアイディアが頭をかすめていくことが多い。
逆に時間をたっぷりとって「さあ今日は考えよう!」と思っても
脳みそが「時間はたっぷりあるぞ」と思っている、その横でアイディアをしぼろうと思ったところで
脳みそは「まだ時間あるんやろ」と回転は遅いまま。
ところが、あれも、これも、それも
となると脳みそが高回転を始めるのか?
いろいろと卵がわいてくる。
人と関わる仕事をしていながら、実は情報、プログラムという
相手は何の反応もないものと格闘していると
いつの間にか「自問自答」「自作自演」的な思考に入ることも、よくある。
「これどうやろか?」「うーん、もうひとつやな」「いかんか」「そうやな」
これは2人の会話ではなく、自分の頭の中でしゃべっている。
脳みそには「主語」がないと聞いた。
私もあなたも脳みそが判断することはないということだから、
例えば愚痴や相手がいる時の批判的なことばなどは
脳みそにとっては、自分に対して言っているのと同じだという理論。
これを先週、実感した。
「そのアイディアはもうひとつやな」「そうかな」「あ、この前に書いていたメモにヒントがあるかも」
「おなかすいたな」「そうやね」「ラーメンにする?」「栄養がよくないやんか」「じゃあ何か作ろうか」
「でも先にこれしとかな」「眠たいなあ」「連絡しないかん」「そや、ページのここ、この画像にしたらどや」
「来週こそはビール飲みたい」「オリンピックて、どないなってるんやろ」......
これ一体何人でしゃべっているかというと??
この文脈からわかるとおり、実は自問自答の脳みその中身をことばにしたら、こんな感じ。
話しているのは、先週の僕。
頭の中に巡っている思考をすべて「ことば」にしたら
脳みそは実は、いつも毎度フル回転で
こんな会話をしているわけだ。
当たり前に、こんな感じやな。
そりゃちょっと脳みそをのぞきたくなる。
一体僕は何人で出来ているのかしらん。
徹夜が続いております。
こんなに徹夜が続くほどに忙しいこと自体が大変な感謝。
本当に自分の役割や自分が世の中に役立っている(か?どうかは別にして機会を頂いている)ことが嬉しい。
自分の器から、連絡が遅れがちになっていたりして、
みなさんの温かな「許容」のもと、今日もこんな時間。
忙しい合間には、ちょっとした気付きや
へんてこりんなアイディアが頭をかすめていくことが多い。
逆に時間をたっぷりとって「さあ今日は考えよう!」と思っても
脳みそが「時間はたっぷりあるぞ」と思っている、その横でアイディアをしぼろうと思ったところで
脳みそは「まだ時間あるんやろ」と回転は遅いまま。
ところが、あれも、これも、それも
となると脳みそが高回転を始めるのか?
いろいろと卵がわいてくる。
人と関わる仕事をしていながら、実は情報、プログラムという
相手は何の反応もないものと格闘していると
いつの間にか「自問自答」「自作自演」的な思考に入ることも、よくある。
「これどうやろか?」「うーん、もうひとつやな」「いかんか」「そうやな」
これは2人の会話ではなく、自分の頭の中でしゃべっている。
脳みそには「主語」がないと聞いた。
私もあなたも脳みそが判断することはないということだから、
例えば愚痴や相手がいる時の批判的なことばなどは
脳みそにとっては、自分に対して言っているのと同じだという理論。
これを先週、実感した。
「そのアイディアはもうひとつやな」「そうかな」「あ、この前に書いていたメモにヒントがあるかも」
「おなかすいたな」「そうやね」「ラーメンにする?」「栄養がよくないやんか」「じゃあ何か作ろうか」
「でも先にこれしとかな」「眠たいなあ」「連絡しないかん」「そや、ページのここ、この画像にしたらどや」
「来週こそはビール飲みたい」「オリンピックて、どないなってるんやろ」......
これ一体何人でしゃべっているかというと??
この文脈からわかるとおり、実は自問自答の脳みその中身をことばにしたら、こんな感じ。
話しているのは、先週の僕。
頭の中に巡っている思考をすべて「ことば」にしたら
脳みそは実は、いつも毎度フル回転で
こんな会話をしているわけだ。
当たり前に、こんな感じやな。
そりゃちょっと脳みそをのぞきたくなる。
一体僕は何人で出来ているのかしらん。
2010年2月8日月曜日
俯瞰
日曜日、資料をつらつら整理する時間を持つ。
このところ膨大な情報、資料に囲まれていて、ちょっと背中を押されている感じであったので、じっくりと充電する時間をもちたいなという反面、次々とスケジュールが立て込み、そして目標に対しての「やるべきこと」を次々にこなして体感をしていきたいというコトもあって、ノートを整理しよう!←いやいや実際の体験、体感で身につけることが大事!という意識の螺旋の中にいる。
さて、ここにきて、資料を整理しようと先ほどから作業をしていて、ぼんやりとしたイメージが降りて来ている。
先週は、いろいろと事件があった。
事件と言っても僕の日常を脅かすような大事件ではなかったが、こちらの用件で半年ぶりに電話をかけた企業戦士は、昨年末からうつ病になり、そして自殺未遂から入院、回復に向かってなんとか療養をしているという近況を知る。
なんと、半年の間にそんなコトになっていたとは。。。
「危機感」というキーワードがある。
その危機感を生じさせるものは、何かというと、変化やカルチャーショックというものだろうが、そのカルチャーショックなるものが何から生じるかというと、ある種の「概念の破壊」というものだろうと思う。
人は生きていく上で、一定の概念を作り上げながら、その座標軸の中で生きていこうとする。
概念とは、生きていくときの判断基準を、そして善し悪しの判断基準の物差しということと、もう一つ、社会、今の生きている環境を、どのように意味づけをするかという概念と思う。
出来事には意味はないが、その出来事をどのように意味付けをするかという蓄積で、その人の世界観が出来る。
そして、その世界観という立ち位置から見てどのように見えるかというもので、個々の人生は出来ている。
それは積極的に選択しているものと、選択しなかったものの和から成立している。
先週に会話をした中では、いろいろと価値観というか、その個人個人が持っている世界観、人生観というものを考えさせられた。世間では勝間さん的な思考、価値観とリカさん的価値観の対立(対立というにはことばが違うかもしれないが)が話題になっているらしいが、本質的には、どちらの生き方もあり得ていて、それであなたはどちら?(あるいは以外の立場)ということになる訳で。
世界を、社会をどう見るかということについて。
僕は最近、(というか今までの経緯を含めて、)社会とか世界を見る『視点』というものは、個々の立ち位置と行く手のその先の世界観によって全く異なるというイメージがまとまりつつあったのだが、ここにきて、ちょいと待てよと思うようになった。
わかりやすく言うと、
人生は個々それぞれ、自己責任において、選択の結果にある。よって他人が干渉しえるものでもないし、する必要もなく、自分自身についての範囲で考えたらいいという立ち位置が、本質的には変化はないが、
ちょっと「かくあるべし」的な自分の主張を持つということにおいて、意見発信をしていくことが付加されていきているという感じだ。
僕は、基本的にサラリーマン家庭に育った。が、両親とも家系は政治家、教育者、経営者の家系。
そこには、ドラマによくあるようないろいろな出来事があって、幼少の頃の僕は、
政治家ってきたないことする
教育って、窮屈でつまらない
経営とかお金は人間関係を破壊する
というのを見て、
そしてその家系に育った両親は、それぞれに、その反作用で
普通のサラリーマン家庭に、普通の幸せを求めて、両親二人はふるさとをあとにして
両方の親戚連中のいない関西にやってきた。
父親はサラリーマンというものに誇りと情熱を持っていたが、いわゆる大手企業につとめて、単身赴任で全国をまわり、僕は幼い頃には、久しぶりに家庭に帰ってくる父親に向かって、「おとうさん、また来てね!」と言っていたらしい。
そんな父親は文字通りカラダを張って僕らを育ててくれていたが、中学、高校と、自分の将来的な仕事を考えるときに、僕の幼いココロは、サラリーマンをも否定していて、
親族たちの仕事にはつかない=政治、教育、経営はしない
父親のように=サラリーマンで単身赴任をするようなこともしない
という否定的なポリシーで、高校を本当に世間をなめきって過ごす。
とはいえ、例えばでは世界旅行に出かけていって、作家になる!とか、冒険家になるとか、あるいは世捨て人になって生きていくというようなエネルギーもなく、中途半端に漂っていたのが実情。
そこから、20代、30代は、悪戦苦闘と模索の人生を歩むことになるが、
つまり、ようやく42歳になって、ちょっと「かくあるべし」ちゃうんかなというものがようやく見えかけてきているというお話。
僕は社会には、2つのカテゴリーがあると思っているところがあって、それは先に書いた家系の環境も、そして販売促進や商品企画という仕事経験も影響していると思うのだが、
1つ目のカテゴリーは、表の社会。
2つ目のカテゴリーは、その表に至るまでの、事実上水面下で行われている社会。
これはすべての物事には裏がある!とかいう極端な弾劾主義ではなくて、
例えば「商品企画」というものは、事実上水面下で行われている活動で、競合もある訳なので、開発中は公表されることは少ない。販売促進も、例えば、夏の企画は、冬からはじめていて、それが広告として表に出るまでに、いろいろと協議したり、企画をしたり、取引契約をしたりということが、これも水面下で行われている。
ものごとはその水面下で行われてることにいろんな意味や試行錯誤があって、公表されることは、つまり「こう公表していこう」と意図されたものであることが多いということが、当たり前の環境にいた。
よく最近こう聞かれる。
「これからどうなると思いますか?」「こんな記事を見ましたが」
僕は公表されているそのままの文字ではなくて、そこから「読み取るもの」が重要だと考えている。
公表している「こと」と「していないこと」の間に事実がある。
商品開発を例にとると、公表することを考えるときに一番最初にする作業は、それは「何を公表しないか」ということだ。何を公表しないかという方針が決まってから、報道リリースを作成する。
だから僕は長年新聞を購読していないし、テレビのニュースもあまり見ない。
ネットで情報としては捉えているが、いつも
「こう報道しているということは?」という発想だ。
そして報道されている源(ニュースソース)はどこかという検証。
これも重要だと捉えている。
笑い話があって、
ある商品開発の時に新興の企業と提携をするかどうかを調べるテーマがあり、担当の人が僕に資料を持ってきた。
その報告書は40ページにわたり、無作為にその企業とそのビジネスの評判がプリントアウトされてきて、
報告書の答えは「評判悪し!提携には反対」で締めくくられていた。
僕はその報告書を見て、爆笑してしまった。
悪い評判と書かれたものの「出所」が、匿名であったり、あるいは、全く運営者のわからないホームページからの引用であったりして、ひとことこう言って突き返した。
「情報源が、爆笑やわ」
それを聞いて、彼女はこう返してきた。
「悪い評判だから、情報源を伏せていると思います!」
「なるほど、なるほど。じゃああなたが一流企業と思う、もしくは信頼出来る企業と思うものを同じ方法で調査してみてください」と言った。
そして1週間後、彼女はこういってきた。
「日本の企業は悪い評判ばかりで、まったく金儲け主義の固まりですね!」
おやまあ。
僕が言っているのは、情報源の問題なんだよと、とくとくと説明した。
インターネットの情報は、すべて
つまり、なにもかもすべてが公表されている訳ではない。
しかも情報源を選択するということ、その能力は、実際の「情報の作られ方」を知らないと選択しにくい。
遠回りのようだが、その彼女に、世の中は2つのカテゴリーがあってという説明をした。
広告宣伝もそう。報道もそう。だから情報源の特定と、公表されていることと公表されていないことの検証が必要であることなどの諸々を説明をして、
さらに、今回の提携についての目的を明確化して、その情報を調査するようにと言った。
この場合は提携が目的で、商品の特許が課題だったから、まずは特許出願の有無を調べていくのが正解。そして次に特許の申請がなされているか、申請はなされているが拒否されているか否かなどの詳細に入り、次に研究のための補助金申請がなされているか。そして研究に連携の大学や研究機関があるか否か、などのいわゆるオフィシャルな情報の有無からスタートとしたが、
本来、考えたらわかる。
まずオフィシャル。そして決算情報や登記情報。社長の経歴、社歴。過去数年間の決算数値。業界内の位置。売上順位。利益。株式のもたれ方。取引先銀行。
そしてそのから推測される連携、系列、取引先情報。次に公表されていないものの推定。
ちょっと長くなったので分割するが、
情報を元にいろいろと判断をしていく場合。その情報源と情報の作られ方から推測したら、結構分かりやすく解析が出来る。何が課題で、何が有効なのか。
あとはその制約条件、人、もの、かね、期限というところで、企業活動が進むという次第。
情報の質と言えばそれまでだが、見方とか何を比較するかという能力は、
これから教育していかないといけない項目なのかもしれない。
エネルギーバランスを見る。俯瞰するということに繋がるんだけど。
この情報は何故無料か?どこに経費をまかなうモデルがあるのか?影響力はどのようなパワーバランスなのか?
把握すると分かりやすいものなんだけど。
トヨタなんて、広告経費がナンバーワンなんだから、メディアや報道で「事実」が分かると考えるほうが、どうかしているんですけどね。大きなスポンサーだし、トヨタで食べているのは、車を作っている人だけではありませんから。
トヨタの出すおかねで食べてるところが、トヨタのネガティブなものを公表するでしょうかね。しない方向にエネルギーがかかること位は小学生でもわかります。
僕はトヨタは決してイメージのいい企業ではなく、「イメージ戦略の上手い企業」であって、車つくりに信頼感があったのではなく「車づくりに信頼感のあるというイメージ」づくりが上手であっただけなんだなあ。
それが日本を代表する企業になっているんだから面白いですね。
JALもですが。
情報源を明確に把握して俯瞰するということについては、いろいろとまとめたいなあと思います。
久しぶりに長くなったなあ。
このところ膨大な情報、資料に囲まれていて、ちょっと背中を押されている感じであったので、じっくりと充電する時間をもちたいなという反面、次々とスケジュールが立て込み、そして目標に対しての「やるべきこと」を次々にこなして体感をしていきたいというコトもあって、ノートを整理しよう!←いやいや実際の体験、体感で身につけることが大事!という意識の螺旋の中にいる。
さて、ここにきて、資料を整理しようと先ほどから作業をしていて、ぼんやりとしたイメージが降りて来ている。
先週は、いろいろと事件があった。
事件と言っても僕の日常を脅かすような大事件ではなかったが、こちらの用件で半年ぶりに電話をかけた企業戦士は、昨年末からうつ病になり、そして自殺未遂から入院、回復に向かってなんとか療養をしているという近況を知る。
なんと、半年の間にそんなコトになっていたとは。。。
「危機感」というキーワードがある。
その危機感を生じさせるものは、何かというと、変化やカルチャーショックというものだろうが、そのカルチャーショックなるものが何から生じるかというと、ある種の「概念の破壊」というものだろうと思う。
人は生きていく上で、一定の概念を作り上げながら、その座標軸の中で生きていこうとする。
概念とは、生きていくときの判断基準を、そして善し悪しの判断基準の物差しということと、もう一つ、社会、今の生きている環境を、どのように意味づけをするかという概念と思う。
出来事には意味はないが、その出来事をどのように意味付けをするかという蓄積で、その人の世界観が出来る。
そして、その世界観という立ち位置から見てどのように見えるかというもので、個々の人生は出来ている。
それは積極的に選択しているものと、選択しなかったものの和から成立している。
先週に会話をした中では、いろいろと価値観というか、その個人個人が持っている世界観、人生観というものを考えさせられた。世間では勝間さん的な思考、価値観とリカさん的価値観の対立(対立というにはことばが違うかもしれないが)が話題になっているらしいが、本質的には、どちらの生き方もあり得ていて、それであなたはどちら?(あるいは以外の立場)ということになる訳で。
世界を、社会をどう見るかということについて。
僕は最近、(というか今までの経緯を含めて、)社会とか世界を見る『視点』というものは、個々の立ち位置と行く手のその先の世界観によって全く異なるというイメージがまとまりつつあったのだが、ここにきて、ちょいと待てよと思うようになった。
わかりやすく言うと、
人生は個々それぞれ、自己責任において、選択の結果にある。よって他人が干渉しえるものでもないし、する必要もなく、自分自身についての範囲で考えたらいいという立ち位置が、本質的には変化はないが、
ちょっと「かくあるべし」的な自分の主張を持つということにおいて、意見発信をしていくことが付加されていきているという感じだ。
僕は、基本的にサラリーマン家庭に育った。が、両親とも家系は政治家、教育者、経営者の家系。
そこには、ドラマによくあるようないろいろな出来事があって、幼少の頃の僕は、
政治家ってきたないことする
教育って、窮屈でつまらない
経営とかお金は人間関係を破壊する
というのを見て、
そしてその家系に育った両親は、それぞれに、その反作用で
普通のサラリーマン家庭に、普通の幸せを求めて、両親二人はふるさとをあとにして
両方の親戚連中のいない関西にやってきた。
父親はサラリーマンというものに誇りと情熱を持っていたが、いわゆる大手企業につとめて、単身赴任で全国をまわり、僕は幼い頃には、久しぶりに家庭に帰ってくる父親に向かって、「おとうさん、また来てね!」と言っていたらしい。
そんな父親は文字通りカラダを張って僕らを育ててくれていたが、中学、高校と、自分の将来的な仕事を考えるときに、僕の幼いココロは、サラリーマンをも否定していて、
親族たちの仕事にはつかない=政治、教育、経営はしない
父親のように=サラリーマンで単身赴任をするようなこともしない
という否定的なポリシーで、高校を本当に世間をなめきって過ごす。
とはいえ、例えばでは世界旅行に出かけていって、作家になる!とか、冒険家になるとか、あるいは世捨て人になって生きていくというようなエネルギーもなく、中途半端に漂っていたのが実情。
そこから、20代、30代は、悪戦苦闘と模索の人生を歩むことになるが、
つまり、ようやく42歳になって、ちょっと「かくあるべし」ちゃうんかなというものがようやく見えかけてきているというお話。
僕は社会には、2つのカテゴリーがあると思っているところがあって、それは先に書いた家系の環境も、そして販売促進や商品企画という仕事経験も影響していると思うのだが、
1つ目のカテゴリーは、表の社会。
2つ目のカテゴリーは、その表に至るまでの、事実上水面下で行われている社会。
これはすべての物事には裏がある!とかいう極端な弾劾主義ではなくて、
例えば「商品企画」というものは、事実上水面下で行われている活動で、競合もある訳なので、開発中は公表されることは少ない。販売促進も、例えば、夏の企画は、冬からはじめていて、それが広告として表に出るまでに、いろいろと協議したり、企画をしたり、取引契約をしたりということが、これも水面下で行われている。
ものごとはその水面下で行われてることにいろんな意味や試行錯誤があって、公表されることは、つまり「こう公表していこう」と意図されたものであることが多いということが、当たり前の環境にいた。
よく最近こう聞かれる。
「これからどうなると思いますか?」「こんな記事を見ましたが」
僕は公表されているそのままの文字ではなくて、そこから「読み取るもの」が重要だと考えている。
公表している「こと」と「していないこと」の間に事実がある。
商品開発を例にとると、公表することを考えるときに一番最初にする作業は、それは「何を公表しないか」ということだ。何を公表しないかという方針が決まってから、報道リリースを作成する。
だから僕は長年新聞を購読していないし、テレビのニュースもあまり見ない。
ネットで情報としては捉えているが、いつも
「こう報道しているということは?」という発想だ。
そして報道されている源(ニュースソース)はどこかという検証。
これも重要だと捉えている。
笑い話があって、
ある商品開発の時に新興の企業と提携をするかどうかを調べるテーマがあり、担当の人が僕に資料を持ってきた。
その報告書は40ページにわたり、無作為にその企業とそのビジネスの評判がプリントアウトされてきて、
報告書の答えは「評判悪し!提携には反対」で締めくくられていた。
僕はその報告書を見て、爆笑してしまった。
悪い評判と書かれたものの「出所」が、匿名であったり、あるいは、全く運営者のわからないホームページからの引用であったりして、ひとことこう言って突き返した。
「情報源が、爆笑やわ」
それを聞いて、彼女はこう返してきた。
「悪い評判だから、情報源を伏せていると思います!」
「なるほど、なるほど。じゃああなたが一流企業と思う、もしくは信頼出来る企業と思うものを同じ方法で調査してみてください」と言った。
そして1週間後、彼女はこういってきた。
「日本の企業は悪い評判ばかりで、まったく金儲け主義の固まりですね!」
おやまあ。
僕が言っているのは、情報源の問題なんだよと、とくとくと説明した。
インターネットの情報は、すべて
つまり、なにもかもすべてが公表されている訳ではない。
しかも情報源を選択するということ、その能力は、実際の「情報の作られ方」を知らないと選択しにくい。
遠回りのようだが、その彼女に、世の中は2つのカテゴリーがあってという説明をした。
広告宣伝もそう。報道もそう。だから情報源の特定と、公表されていることと公表されていないことの検証が必要であることなどの諸々を説明をして、
さらに、今回の提携についての目的を明確化して、その情報を調査するようにと言った。
この場合は提携が目的で、商品の特許が課題だったから、まずは特許出願の有無を調べていくのが正解。そして次に特許の申請がなされているか、申請はなされているが拒否されているか否かなどの詳細に入り、次に研究のための補助金申請がなされているか。そして研究に連携の大学や研究機関があるか否か、などのいわゆるオフィシャルな情報の有無からスタートとしたが、
本来、考えたらわかる。
まずオフィシャル。そして決算情報や登記情報。社長の経歴、社歴。過去数年間の決算数値。業界内の位置。売上順位。利益。株式のもたれ方。取引先銀行。
そしてそのから推測される連携、系列、取引先情報。次に公表されていないものの推定。
ちょっと長くなったので分割するが、
情報を元にいろいろと判断をしていく場合。その情報源と情報の作られ方から推測したら、結構分かりやすく解析が出来る。何が課題で、何が有効なのか。
あとはその制約条件、人、もの、かね、期限というところで、企業活動が進むという次第。
情報の質と言えばそれまでだが、見方とか何を比較するかという能力は、
これから教育していかないといけない項目なのかもしれない。
エネルギーバランスを見る。俯瞰するということに繋がるんだけど。
この情報は何故無料か?どこに経費をまかなうモデルがあるのか?影響力はどのようなパワーバランスなのか?
把握すると分かりやすいものなんだけど。
トヨタなんて、広告経費がナンバーワンなんだから、メディアや報道で「事実」が分かると考えるほうが、どうかしているんですけどね。大きなスポンサーだし、トヨタで食べているのは、車を作っている人だけではありませんから。
トヨタの出すおかねで食べてるところが、トヨタのネガティブなものを公表するでしょうかね。しない方向にエネルギーがかかること位は小学生でもわかります。
僕はトヨタは決してイメージのいい企業ではなく、「イメージ戦略の上手い企業」であって、車つくりに信頼感があったのではなく「車づくりに信頼感のあるというイメージ」づくりが上手であっただけなんだなあ。
それが日本を代表する企業になっているんだから面白いですね。
JALもですが。
情報源を明確に把握して俯瞰するということについては、いろいろとまとめたいなあと思います。
久しぶりに長くなったなあ。
2010年2月7日日曜日
誕生日
ということで、誕生日を迎えました。
お世話になっている方々にお祝いをして頂いて感謝しております。
で、知らぬ間に厄年を通過しておりました(苦笑)
42年も生きてきております。
20代の頃は、40代というとしっかり「おじさん」のイメージがあって、社会の中では中堅、そして社会人として一番働き盛り。人生という年表があるとしたら、折り返しの中間地点で、出来ることと出来ないことの判別めいたものが把握出来てくる年代というイメージでしたが、
実際に自分がその年になって思うことは、
まったく持って、見えてません。という(苦笑)
というか、このところ思うことは、20代や30代のときの方が、よっぽど見えている感があって、
最近は、これから5年先の自分自身に一番わくわくしているという気分。
昔賢人は40にして惑わずと言ったということですが、
僕の感想は、40にしてさらに活発に惑い続けるという感じ。
今社会は非常に先行き不透明感を持っていて、
年を重ねた経験が、果たして有効な武器になるかが疑問の様相。
経験がもたらす有効性は、周囲の環境に変化が見られない場合においては、
経験があるほうが、有利であることが多いと思うのだけれど
環境が変化してきている場合、
経験が邪魔をするという側面が大きくなってくると痛感している。
もちろん「普遍的」なもの、経験をふまえて身に付く本質的な(人としての)価値観というものがあるとは思うが。
だから、もう一度、若い頃を思い返して、
生きていく情熱のようなものを思い返すこのごろ。
そして、年齢ではなく、毎日の体験、体感を重要視していこうと思っている。
そんなこんなの誕生日。
感謝の一日。
お世話になっている方々にお祝いをして頂いて感謝しております。
で、知らぬ間に厄年を通過しておりました(苦笑)
42年も生きてきております。
20代の頃は、40代というとしっかり「おじさん」のイメージがあって、社会の中では中堅、そして社会人として一番働き盛り。人生という年表があるとしたら、折り返しの中間地点で、出来ることと出来ないことの判別めいたものが把握出来てくる年代というイメージでしたが、
実際に自分がその年になって思うことは、
まったく持って、見えてません。という(苦笑)
というか、このところ思うことは、20代や30代のときの方が、よっぽど見えている感があって、
最近は、これから5年先の自分自身に一番わくわくしているという気分。
昔賢人は40にして惑わずと言ったということですが、
僕の感想は、40にしてさらに活発に惑い続けるという感じ。
今社会は非常に先行き不透明感を持っていて、
年を重ねた経験が、果たして有効な武器になるかが疑問の様相。
経験がもたらす有効性は、周囲の環境に変化が見られない場合においては、
経験があるほうが、有利であることが多いと思うのだけれど
環境が変化してきている場合、
経験が邪魔をするという側面が大きくなってくると痛感している。
もちろん「普遍的」なもの、経験をふまえて身に付く本質的な(人としての)価値観というものがあるとは思うが。
だから、もう一度、若い頃を思い返して、
生きていく情熱のようなものを思い返すこのごろ。
そして、年齢ではなく、毎日の体験、体感を重要視していこうと思っている。
そんなこんなの誕生日。
感謝の一日。
2010年1月29日金曜日
週末&月末
週末を迎えた。と同時に月末を迎えた。
2010年のはじめての月は、怒濤の流れの中にスタートして、実際ぶっちゃけいろんなプロジェクトは抱えているが、どれもこれもが緒についてばかりで、いかんせんまだまだ姿のイメージは見えてこない。
これは結局、時間の使い方に問題があるのではないかと昨夜は大学ノートを買ってきた。
こう見えて(どう見えているかは皆目わからぬが)ノートをとるということに関しては全く苦手意識はなく、自分でもたくさんメモをとるメモ魔であることは自認にしている。が、ノートに書かれている情報を「活用」しているかということに関しては全くもって自信がない。
今年こそノートやスケジュール帳、そしてアイディアの卵なるメモの数々を活用して見せるぞと毎年のはじめにはたくさんの試行錯誤を繰り返して来た。
ノート術なる本は片っぱしから乱読し、7つの週間手帳、システム手帳、スケジュール帳、ほぼ日手帳、能率手帳、超整理手帳、と数々の起業家さんが発売しているノート、手帳の数々。
そしてアイディアをメモするためのノートの数々。サイズ、手帳サイズ、大学ノート、そしてポストイットから、最近では結局これが一番のデバイスだと自称するに至ったa4の白紙のコピーペーパー一枚まで。
デジタル時代を見越してこれからはパソコンだとパソコンを使うように模索をしてはや数年。
結局パソコンは、仕事では使っているが、日々のノートには立ち上げる時間や電源などのいろいろな諸条件から、使いにくくなって、思いついたアイディアは、レストランのペーパーに書き付けて、その紙を紛失し、携帯のメモに入力したはずなのに、そのメモが上書きされて消え去ったり。
すべからく結局は自分の意識の持ちようであるということになるのだが、ここしばらくは結局、システム手帳(主に備忘的に後から繰り返し見る必要のある情報)、大学ノート(主に仕事の打ち合わせのメモ:時系列&マインドマップが書きやすい)背広の内ポケットに入るサイズのメモ帳(これは幾多の試行錯誤からDELFONICSのROLLBAHNの中とじタイプ(リングタイプではなく)に落ち着いた)とスケジュール帳(これはスケジュール予定&終了覚え書き日記)とさらにA4のコピーペーパー(これはマインドマップや明日のTODOを落書きしている)という使い方が定着しつつある。
僕は昨晩、本当にこの月末にしなければならないことを書き上げて、驚いた。
とにかくあちらのノート、こちらの手帳を机の上にずらりと並べて、あちらこちらに散見するメモや控えを参照しながら、さらにパソコンを広げている自分を客観的に見て、本当に非効率きわまりないなあと自覚したのだ。
頭の中が整理させる前に、これらのノートと手帳たちを整理しなくては、まったく「情報探し」に時間を食っているってことだ。
そして今日は思いついて解決に向かおうとしている。
じゃーん。
それは試行錯誤の結果。
一番使いやすい形に落ちついている現状で、そのまま行こうということだった。
自分の中で、何をどのノートに書くべきかが自動的に認識されている。
問題は集約のパターンだけ書き換えたらいいということに落ち着く。
3つのノートに集約して、
・スケジュール手帳
・システム手帳
・内ポケットに入る手帳
この3つが基軸。
そしてアイディアをふわふわ泳がせるための大学ノート
そしてa4のコピー用紙。(これが一番頭が整理出来る。)
問題は検索性。
過去にも繰り返してぶつかった問題は、検索性の問題だ。
これをパソコンの機能を使っていくことにする。
メモ帳だ。
幸いマックのパソコンは強力な検索機能がついている。
これを使う。
どうどう巡りをして、現状に帰ってくることはよくあるが、
これで、これから月末&週末の整理整頓をして、
より活性化した2月を迎えようとする案配。
仕事がら、アイディアや企画の卵たちが重要なツールであるから、
これらがより生きるようなノート術の旅は、まだまだゴールが見えないが、
自分にあわせたノウハウは、自分で作り上げる試行錯誤が一番という結論。
ノートしたりする内容が個々に違う訳だから、いくらノート術の書籍を読んでも、結局は自分なりの微調整が必要なんだという至極当たり前の結論に至りました。
で
なぜにブログに書いているかというと、これはもしかしたらまたさまようかもしらん未来の自分に向けてのメッセージということ。
今日、一応の、一定のノートについての試行錯誤に結論を出したぞということを記録しておくためだけに書いている。
失礼。
2010年のはじめての月は、怒濤の流れの中にスタートして、実際ぶっちゃけいろんなプロジェクトは抱えているが、どれもこれもが緒についてばかりで、いかんせんまだまだ姿のイメージは見えてこない。
これは結局、時間の使い方に問題があるのではないかと昨夜は大学ノートを買ってきた。
こう見えて(どう見えているかは皆目わからぬが)ノートをとるということに関しては全く苦手意識はなく、自分でもたくさんメモをとるメモ魔であることは自認にしている。が、ノートに書かれている情報を「活用」しているかということに関しては全くもって自信がない。
今年こそノートやスケジュール帳、そしてアイディアの卵なるメモの数々を活用して見せるぞと毎年のはじめにはたくさんの試行錯誤を繰り返して来た。
ノート術なる本は片っぱしから乱読し、7つの週間手帳、システム手帳、スケジュール帳、ほぼ日手帳、能率手帳、超整理手帳、と数々の起業家さんが発売しているノート、手帳の数々。
そしてアイディアをメモするためのノートの数々。サイズ、手帳サイズ、大学ノート、そしてポストイットから、最近では結局これが一番のデバイスだと自称するに至ったa4の白紙のコピーペーパー一枚まで。
デジタル時代を見越してこれからはパソコンだとパソコンを使うように模索をしてはや数年。
結局パソコンは、仕事では使っているが、日々のノートには立ち上げる時間や電源などのいろいろな諸条件から、使いにくくなって、思いついたアイディアは、レストランのペーパーに書き付けて、その紙を紛失し、携帯のメモに入力したはずなのに、そのメモが上書きされて消え去ったり。
すべからく結局は自分の意識の持ちようであるということになるのだが、ここしばらくは結局、システム手帳(主に備忘的に後から繰り返し見る必要のある情報)、大学ノート(主に仕事の打ち合わせのメモ:時系列&マインドマップが書きやすい)背広の内ポケットに入るサイズのメモ帳(これは幾多の試行錯誤からDELFONICSのROLLBAHNの中とじタイプ(リングタイプではなく)に落ち着いた)とスケジュール帳(これはスケジュール予定&終了覚え書き日記)とさらにA4のコピーペーパー(これはマインドマップや明日のTODOを落書きしている)という使い方が定着しつつある。
僕は昨晩、本当にこの月末にしなければならないことを書き上げて、驚いた。
とにかくあちらのノート、こちらの手帳を机の上にずらりと並べて、あちらこちらに散見するメモや控えを参照しながら、さらにパソコンを広げている自分を客観的に見て、本当に非効率きわまりないなあと自覚したのだ。
頭の中が整理させる前に、これらのノートと手帳たちを整理しなくては、まったく「情報探し」に時間を食っているってことだ。
そして今日は思いついて解決に向かおうとしている。
じゃーん。
それは試行錯誤の結果。
一番使いやすい形に落ちついている現状で、そのまま行こうということだった。
自分の中で、何をどのノートに書くべきかが自動的に認識されている。
問題は集約のパターンだけ書き換えたらいいということに落ち着く。
3つのノートに集約して、
・スケジュール手帳
・システム手帳
・内ポケットに入る手帳
この3つが基軸。
そしてアイディアをふわふわ泳がせるための大学ノート
そしてa4のコピー用紙。(これが一番頭が整理出来る。)
問題は検索性。
過去にも繰り返してぶつかった問題は、検索性の問題だ。
これをパソコンの機能を使っていくことにする。
メモ帳だ。
幸いマックのパソコンは強力な検索機能がついている。
これを使う。
どうどう巡りをして、現状に帰ってくることはよくあるが、
これで、これから月末&週末の整理整頓をして、
より活性化した2月を迎えようとする案配。
仕事がら、アイディアや企画の卵たちが重要なツールであるから、
これらがより生きるようなノート術の旅は、まだまだゴールが見えないが、
自分にあわせたノウハウは、自分で作り上げる試行錯誤が一番という結論。
ノートしたりする内容が個々に違う訳だから、いくらノート術の書籍を読んでも、結局は自分なりの微調整が必要なんだという至極当たり前の結論に至りました。
で
なぜにブログに書いているかというと、これはもしかしたらまたさまようかもしらん未来の自分に向けてのメッセージということ。
今日、一応の、一定のノートについての試行錯誤に結論を出したぞということを記録しておくためだけに書いている。
失礼。
夢想
情報がたくさんのハードウエアに記録されるようになった。
ホームページ、ブログ、いろんな情報が電子媒体に記録される。
これから数年で膨大なデータが蓄積記録されていき、あと8年後には今までの人類の歴史や書籍、学会発表や絵画、写真などすべての記録が蓄積されるという試算まで出ている。
本当に全部が記録されるようになる否かは定かではない。
が、もしおおむねの情報が記録されたとして、
ひょっとして、
これは水かめ座特有の一大飛躍した妄想になるが、
ひょっとして
これらの電子媒体が電気信号の0と1ですべて読み取れて、
人間の生体反応として、つまり神経伝達物質の信号リレーと同じ仕組みでも
キャッチ出来るようなことになったとして
(もう既に脳波や電子信号を、生体反応と同じ周波数に変換出来る装置なるものは実現可能らしいが)
ひょっとして、
未来では、人の過去情報はすべて読み取り可能になるかもしれないし、
ひょっとして
かのアガスティアの葉なる「人の人生がすべて記録されている」という予言の書籍は
未来には完成していて、
その特定周波数を、たまたまキャッチ出来る特異な人が過去に存在し、
その人が得た情報が、@予言のようになっているのだとしたら、
どうなのだろう。。。。。
まあ、どうにもならぬが。
夢想、妄想劇場の夜。
お疲れさまでした。ゆっくりお休みくださいませということで、
夢想というタイトル。
根拠も確証もない、夢想。
失礼しました。
ホームページ、ブログ、いろんな情報が電子媒体に記録される。
これから数年で膨大なデータが蓄積記録されていき、あと8年後には今までの人類の歴史や書籍、学会発表や絵画、写真などすべての記録が蓄積されるという試算まで出ている。
本当に全部が記録されるようになる否かは定かではない。
が、もしおおむねの情報が記録されたとして、
ひょっとして、
これは水かめ座特有の一大飛躍した妄想になるが、
ひょっとして
これらの電子媒体が電気信号の0と1ですべて読み取れて、
人間の生体反応として、つまり神経伝達物質の信号リレーと同じ仕組みでも
キャッチ出来るようなことになったとして
(もう既に脳波や電子信号を、生体反応と同じ周波数に変換出来る装置なるものは実現可能らしいが)
ひょっとして、
未来では、人の過去情報はすべて読み取り可能になるかもしれないし、
ひょっとして
かのアガスティアの葉なる「人の人生がすべて記録されている」という予言の書籍は
未来には完成していて、
その特定周波数を、たまたまキャッチ出来る特異な人が過去に存在し、
その人が得た情報が、@予言のようになっているのだとしたら、
どうなのだろう。。。。。
まあ、どうにもならぬが。
夢想、妄想劇場の夜。
お疲れさまでした。ゆっくりお休みくださいませということで、
夢想というタイトル。
根拠も確証もない、夢想。
失礼しました。
プロか否か
さて、移動中での会話。
「私ホームページのコンサルはじめたの」
「へーー。お客さんは?」
「商店街の店主さんとか」
「ほうー」
「って、じつは あまり知らないんやけど」
「えーーー」
「相手さんはもっと知らないから(笑)」
「えーいいのお?」
「知りすぎていたところで、相手さんがついて来れないから」
「なるほど」
うん???
お前さん、そんなコトでいいのか!と昭和の僕がココロで叫ぶ。
で、頭ではもう一つ、そうやな、相対的な関係性から見て、それはそれでコンサルや!という声もする。
知らないことを教えてもらうことが価値であり、
知らないコトを分かるように(分かりやすく)教えてもらうコトが重要で、
いくら詳しくても、百科事典の読み上げよろしく知識の洪水に見舞われたところで
結局「で、何からしたらいいの?」ということだから、
相手と自分の相対性で価値が決まると言ってよろしい。
しかも、縁があったから故の出会いであるからして、
その出会いの縁も運と実力。
技術や知識の善し悪しだけで、価値は決定せずといったところか。
最近は起業家コンサルタントと称する方からのメールが舞い込んだりする。
あなたのお仕事の紹介率をアップさせます!から始まり
メルマガで集客とか、いろんなうたい文句での勧誘が来て下さる。
プロか否かという物差しがずいぶんと変化してきた。
昔昔のぶつぶつ交換の法則に似て、結局は自分と相手の相関性の中にお互いの価値を値踏みするということ。
そうすると勢い「人脈の縁」と「プレゼン能力」のいずれかが鍵となり得るが
それは結局プロとして、何を重要視するかということに至る。
お客様と自分との真剣勝負の関係性という枠で見ると、
先の会話も十分に成立するんだな、これ。
「私ホームページのコンサルはじめたの」
「へーー。お客さんは?」
「商店街の店主さんとか」
「ほうー」
「って、じつは あまり知らないんやけど」
「えーーー」
「相手さんはもっと知らないから(笑)」
「えーいいのお?」
「知りすぎていたところで、相手さんがついて来れないから」
「なるほど」
うん???
お前さん、そんなコトでいいのか!と昭和の僕がココロで叫ぶ。
で、頭ではもう一つ、そうやな、相対的な関係性から見て、それはそれでコンサルや!という声もする。
知らないことを教えてもらうことが価値であり、
知らないコトを分かるように(分かりやすく)教えてもらうコトが重要で、
いくら詳しくても、百科事典の読み上げよろしく知識の洪水に見舞われたところで
結局「で、何からしたらいいの?」ということだから、
相手と自分の相対性で価値が決まると言ってよろしい。
しかも、縁があったから故の出会いであるからして、
その出会いの縁も運と実力。
技術や知識の善し悪しだけで、価値は決定せずといったところか。
最近は起業家コンサルタントと称する方からのメールが舞い込んだりする。
あなたのお仕事の紹介率をアップさせます!から始まり
メルマガで集客とか、いろんなうたい文句での勧誘が来て下さる。
プロか否かという物差しがずいぶんと変化してきた。
昔昔のぶつぶつ交換の法則に似て、結局は自分と相手の相関性の中にお互いの価値を値踏みするということ。
そうすると勢い「人脈の縁」と「プレゼン能力」のいずれかが鍵となり得るが
それは結局プロとして、何を重要視するかということに至る。
お客様と自分との真剣勝負の関係性という枠で見ると、
先の会話も十分に成立するんだな、これ。
2010年1月27日水曜日
強制的な情報って?
さて、何やら頭が回転してきたので、今日も2つ目の投稿。
先ほどの投稿を終えてふと思ったことがある。
前々回の個の発展と、前回のイメージ(残像)のアップデートについてである。
アップデートが重要なのは分かりやすいが、そのアップデートを「どの情報を元に」したらいいのでしょうか?ということだ。
これは非常に難問かもしれない。
インターネットで情報が溢れて、自分にお好みの「検索」をかけていけば情報がランキング表示されるが、ランキング表示の情報の上位が本当に自分のアップデートしたい情報なのかどうかは、何を物差しにして判断したらいいのだ?一体。
ここには前回批判的にコメントしたマスの情報というものが、過去には一定の役割を果たしていると思われる。
わかりやすくするために情報を「セルフチョイス(自ら選択するもの)」と「強制的に飛び込む情報」に分けて考えたい。
マスの、例えばテレビ番組なんかは、強制的に飛び込んでくる情報である。
強制的に飛び込んでくる情報ということは、自分の器の外側、つまり自分の興味の外側にある情報も、飛び込んで来てくれるというメリットがある。
世の中のコトをいろいろと知っているような、広い見識と深い懐を持ち合わせていて、しっかりとした「物差し」が自分の中に確立していたら、情報の取捨選択は比較的簡単だ。
問題は僕のように、自分の興味や知っている見識範囲が「狭い」時に生じる。
これを名付けて「器の小さい自分」としよう。
器の小さい自分が、自分の範囲で情報を選択していくと、非常に偏向した(偏った)情報の中に存在することになる。
これ、今のインターネット情報の洪水で溺れている人々(僕もその一人)という図が出来上がる。
自分の興味の外側にある「面白い」情報とどうやって出会えばいいのだろうか?
インターネットで「検索」をする時に適切な検索キーワードを打ち込めるためには、事前にそれらの情報の元になりうる検索語の知識が必要になる。では全く縁もゆかりもない情報を検索するときには、何と打ち込むの??
例えば、youtubeで「何か面白そうなネタになる動画はないかしら?」と思ったとする。
これだけでは何も検索できやしない。
仮に「面白動画」と打ち込んだところで、面白動画と自らタイトルをつけられた動画は表示されるが、それが僕が面白いと感じる保証はない訳で。
ここに一つ「強制的な情報」「自分の興味の外側の情報」をもたらしてくれるモノが非常に重要ということになる。
つまり、情報は人に帰属して存在している訳だから、ズバリ「人」の関係性ということになる。
人脈の有無、あるいは人脈の「質」ということだ。
それをキャッチ出来る好奇心の養成というテーマが
これからの教育の基本の一つになりうる。
情報リテラシー(情報能力)がこれからの時代に必要だと言われて、インターネットの活用術なる書籍も売上好調らしいが、情報=インターネットと組み立てるのは素早計で、結局は人の持ち方というコトになる。
自分の興味の外側の情報を、しかも信頼できる情報あるいは、自分が面白いと感じる情報をもたらしてくれる人を持つことの幸せを、広くしらしめることが必要かもしれない。
昔テレビ番組で、世の中のいろいろな情報を獲得できた時代。
昔ラジオ番組で、ヒット曲を知ることでヒット曲が育成された時代。
昔映画で、ファッションのかけらを、知らなかった世の中を知ることが出来た時代。
強制的に飛び込んでくる情報と、自分のモノさしで取捨選択する情報を
これからどのようにあつかっていくべきかの問題提起も、実に幅広い問題を内包しているようだ。
ということで、今日はこれまでといたしましょう。
先ほどの投稿を終えてふと思ったことがある。
前々回の個の発展と、前回のイメージ(残像)のアップデートについてである。
アップデートが重要なのは分かりやすいが、そのアップデートを「どの情報を元に」したらいいのでしょうか?ということだ。
これは非常に難問かもしれない。
インターネットで情報が溢れて、自分にお好みの「検索」をかけていけば情報がランキング表示されるが、ランキング表示の情報の上位が本当に自分のアップデートしたい情報なのかどうかは、何を物差しにして判断したらいいのだ?一体。
ここには前回批判的にコメントしたマスの情報というものが、過去には一定の役割を果たしていると思われる。
わかりやすくするために情報を「セルフチョイス(自ら選択するもの)」と「強制的に飛び込む情報」に分けて考えたい。
マスの、例えばテレビ番組なんかは、強制的に飛び込んでくる情報である。
強制的に飛び込んでくる情報ということは、自分の器の外側、つまり自分の興味の外側にある情報も、飛び込んで来てくれるというメリットがある。
世の中のコトをいろいろと知っているような、広い見識と深い懐を持ち合わせていて、しっかりとした「物差し」が自分の中に確立していたら、情報の取捨選択は比較的簡単だ。
問題は僕のように、自分の興味や知っている見識範囲が「狭い」時に生じる。
これを名付けて「器の小さい自分」としよう。
器の小さい自分が、自分の範囲で情報を選択していくと、非常に偏向した(偏った)情報の中に存在することになる。
これ、今のインターネット情報の洪水で溺れている人々(僕もその一人)という図が出来上がる。
自分の興味の外側にある「面白い」情報とどうやって出会えばいいのだろうか?
インターネットで「検索」をする時に適切な検索キーワードを打ち込めるためには、事前にそれらの情報の元になりうる検索語の知識が必要になる。では全く縁もゆかりもない情報を検索するときには、何と打ち込むの??
例えば、youtubeで「何か面白そうなネタになる動画はないかしら?」と思ったとする。
これだけでは何も検索できやしない。
仮に「面白動画」と打ち込んだところで、面白動画と自らタイトルをつけられた動画は表示されるが、それが僕が面白いと感じる保証はない訳で。
ここに一つ「強制的な情報」「自分の興味の外側の情報」をもたらしてくれるモノが非常に重要ということになる。
つまり、情報は人に帰属して存在している訳だから、ズバリ「人」の関係性ということになる。
人脈の有無、あるいは人脈の「質」ということだ。
それをキャッチ出来る好奇心の養成というテーマが
これからの教育の基本の一つになりうる。
情報リテラシー(情報能力)がこれからの時代に必要だと言われて、インターネットの活用術なる書籍も売上好調らしいが、情報=インターネットと組み立てるのは素早計で、結局は人の持ち方というコトになる。
自分の興味の外側の情報を、しかも信頼できる情報あるいは、自分が面白いと感じる情報をもたらしてくれる人を持つことの幸せを、広くしらしめることが必要かもしれない。
昔テレビ番組で、世の中のいろいろな情報を獲得できた時代。
昔ラジオ番組で、ヒット曲を知ることでヒット曲が育成された時代。
昔映画で、ファッションのかけらを、知らなかった世の中を知ることが出来た時代。
強制的に飛び込んでくる情報と、自分のモノさしで取捨選択する情報を
これからどのようにあつかっていくべきかの問題提起も、実に幅広い問題を内包しているようだ。
ということで、今日はこれまでといたしましょう。
イメージ(残像)
このところ、イメージ(今までの概念)が壊れることがたくさんあるなという事柄について。
テレビ番組が大変だという。僕はテレビを見ない(テレビを置いていない)生活をしてすでにもう8年以上になるが、(テレビを見ないというよりは必要ないということですが)このところの不況でスポンサーが今まで通りの資金をテレビCMに投じることがなくなってきて、制作費が減ったテレビ番組から、どんどん制作費のかからないような番組が目白押しなのだそうだ。
そして中国のイメージ。農薬付けで、自己中心的で、と割にさんざんな中国イメージではあるが、このところぐんぐんと改善を見せていて、かなりの事柄が世界標準として動き始めているというコト。まあ、中国の政治体制はよくも悪くも一党独裁体制であるから、「これ禁止!」「これからは、これ!」と政府のかけ声一発で、ドカンと変化出来る強みも持っている。人権問題にしても環境問題にしても、そして経済にしても、この「かけ声一発でドカンと変わる」という強みは変化の時代に結構あっている可能性がある。あなどれない。。あなどれない。
日本は先進国というイメージについて。
先進国ではあるが、どこか旧態依然のレガシー(歴史的遺物)があるおかげで、まさに過去の強みが弱みになるような感覚が強くなっている。2、30年前にがんばって都市を作ってしまったおかげで、最先端の町づくりをしようにも、まずは前の建物の破壊から入らないといけなくなってしまって、これから都市を作るアジアやアフリカ諸国のほうが、よっぽど環境エコなシステムと先進IT技術が都市に埋め込まれ始めているという逆転現象。今までの街が、これからの街に必要な施設を作るに邪魔をするという皮肉。
カザフスタンの首都の特集を雑誌で見て驚いた。
まるで鉄腕アトムに出てくる未来都市そのものが、こつ然と姿を表していて、太陽エネルギーを中心にした最先端の100万人規模の都市が出来始めている。アジアの中心の、旧ソ連区域の成長センターとして今後は注目されるに違いない。
携帯電話やPCは、これから識字率の低い国へ導入される。
識字率が低いということは、キーボード入力では不便極まりない。そこで入力の方法が「音声認識」に切り替わって導入が始まっている。識字率が低くとも、音声や画像はコミュニケーション可能だ。
今日本の学校教育で、キーボードに慣れるために、出来ればブラインドタッチが出来る子どもを育成しようと授業が行われているらしいが、キーボードを習得したところで、今後に使えるスキルになるかどうかなんて、どうなのよ。
かくいう僕も実は、非常に恥ずかしくってほとんど誰にも言ってないけれど(初の公表に近いな)
ワープロ検定の1級を持っている。(爆笑)
ワープロが使えるのみならず、僕はワープロ検定を受けたいと希望する人に「教えることが出来る」資格を持っている。
(苦笑)
まったく今は用がない。。。。
この際だから資格を白状すると、眼鏡士、補聴器測定師、カラー検定2級、ワープロ検定1級、マイクロソフトのワード、エクセルを教えることが出来る資格(ちなみにバージョンは95。使えないどころか化石に近い)
カラーコーディネーター2級、英検2級(聞き取れるがしゃべれません↓なぜなら日常使用していないから)危険物取り扱い主任者(仕事に危険物はありません)中小企業組合師(診断士ではなく組合師:組合運営の資格である→今は使えませんね)
スキー指導員(腰を痛めて使えませんね)、レクレーション指導員(今は主体の組合がなくなりました)まあ実はまだありますが、結構使えないものを集中的に持っていて、宴会の時にネタになるかと思いきや、結構話題が続かないので、資格の話は封印しているのであります。
閑話休題。。。
テーマがそれてきましたね。
で、要するに、イメージ(残像)をアップデートする必要性が、というか、過去のイメージや資格なんてものは、旬がありますということです。旬があるということは旬はずれも多々発生するということで、本当にアップデートが重要。
特に過去の成果があるばっかりに、時代の変化に対応するに非常にコストがかかりやすいという日本の現状。
これから街を作ります!っていう世界中の多くの土地には、今の最先端技術が「ずぼっ」と入り込む訳で、これから30年もしたらアフリカなんか太陽発電でエコの先進地域になっておる可能性だってある。
日本に住んでいます!っていうと「古い体制の不便な国」というイメージになっていたりして。
それにしてもビジネスモデルなんていう角度で見たら、不特定多数に向けて情報を発信して、その内の何割が反応するのだろうか?というマスの「予測」(あるいは予想、もしくは「ばくち的」な)販売促進なんて、非効率きわまりなしという時代が来るかもね。
実は僕は20年前にそんな内容のコトを発表して、業界のお偉い方々からえらくお叱りを受けたことがあります。
お店をしていた僕は、よく妄想をしていて、
「明日来るお客様のお名前と来店時間が分かっていたら、従業員のシフトを組むとか、そのお客様向けの商品「だけ」を用意しておけばいいという在庫管理体制とか、つまりお客様の動向が分かっている仕組みは作れないものか?」という問題意識をずっと思っていた。
暇な時間と超忙しい時間が「予測」できないから、いつも野球の守備みたいに臨戦態勢で「お待ちしている」という束縛感が本当に嫌でしょうがなかった。
もし本日のお客様が来店する時間やお求めになる商品が事前に把握できていたら、その時間帯にすっかり準備して、例えばお昼ご飯なんか、どの時間に食事を済ませておけばいいかも分かるし、どの商品を事前に手配しておけばいいかもわかって、余計な在庫を持たなくていいなあとか、来店が多くなる時間が事前に分かっていたら、パートさんの出勤時間をその時間帯に持ってこれる訳だし、本当にお店を経営するって、なんて「非効率」なんだろうかと。
で、今日のテーマはイメージ。
お店は「当然」いつお客が来ても大丈夫なように準備万端整えておくべしという既成概念。
これがお店として当然のイメージ。
さあて、そんな「当たり前」と思っているイメージを元にして生きていくのは大変リスクが高い時代になってきたんとちがうか?
困った、こまった。
テレビ番組が大変だという。僕はテレビを見ない(テレビを置いていない)生活をしてすでにもう8年以上になるが、(テレビを見ないというよりは必要ないということですが)このところの不況でスポンサーが今まで通りの資金をテレビCMに投じることがなくなってきて、制作費が減ったテレビ番組から、どんどん制作費のかからないような番組が目白押しなのだそうだ。
そして中国のイメージ。農薬付けで、自己中心的で、と割にさんざんな中国イメージではあるが、このところぐんぐんと改善を見せていて、かなりの事柄が世界標準として動き始めているというコト。まあ、中国の政治体制はよくも悪くも一党独裁体制であるから、「これ禁止!」「これからは、これ!」と政府のかけ声一発で、ドカンと変化出来る強みも持っている。人権問題にしても環境問題にしても、そして経済にしても、この「かけ声一発でドカンと変わる」という強みは変化の時代に結構あっている可能性がある。あなどれない。。あなどれない。
日本は先進国というイメージについて。
先進国ではあるが、どこか旧態依然のレガシー(歴史的遺物)があるおかげで、まさに過去の強みが弱みになるような感覚が強くなっている。2、30年前にがんばって都市を作ってしまったおかげで、最先端の町づくりをしようにも、まずは前の建物の破壊から入らないといけなくなってしまって、これから都市を作るアジアやアフリカ諸国のほうが、よっぽど環境エコなシステムと先進IT技術が都市に埋め込まれ始めているという逆転現象。今までの街が、これからの街に必要な施設を作るに邪魔をするという皮肉。
カザフスタンの首都の特集を雑誌で見て驚いた。
まるで鉄腕アトムに出てくる未来都市そのものが、こつ然と姿を表していて、太陽エネルギーを中心にした最先端の100万人規模の都市が出来始めている。アジアの中心の、旧ソ連区域の成長センターとして今後は注目されるに違いない。
携帯電話やPCは、これから識字率の低い国へ導入される。
識字率が低いということは、キーボード入力では不便極まりない。そこで入力の方法が「音声認識」に切り替わって導入が始まっている。識字率が低くとも、音声や画像はコミュニケーション可能だ。
今日本の学校教育で、キーボードに慣れるために、出来ればブラインドタッチが出来る子どもを育成しようと授業が行われているらしいが、キーボードを習得したところで、今後に使えるスキルになるかどうかなんて、どうなのよ。
かくいう僕も実は、非常に恥ずかしくってほとんど誰にも言ってないけれど(初の公表に近いな)
ワープロ検定の1級を持っている。(爆笑)
ワープロが使えるのみならず、僕はワープロ検定を受けたいと希望する人に「教えることが出来る」資格を持っている。
(苦笑)
まったく今は用がない。。。。
この際だから資格を白状すると、眼鏡士、補聴器測定師、カラー検定2級、ワープロ検定1級、マイクロソフトのワード、エクセルを教えることが出来る資格(ちなみにバージョンは95。使えないどころか化石に近い)
カラーコーディネーター2級、英検2級(聞き取れるがしゃべれません↓なぜなら日常使用していないから)危険物取り扱い主任者(仕事に危険物はありません)中小企業組合師(診断士ではなく組合師:組合運営の資格である→今は使えませんね)
スキー指導員(腰を痛めて使えませんね)、レクレーション指導員(今は主体の組合がなくなりました)まあ実はまだありますが、結構使えないものを集中的に持っていて、宴会の時にネタになるかと思いきや、結構話題が続かないので、資格の話は封印しているのであります。
閑話休題。。。
テーマがそれてきましたね。
で、要するに、イメージ(残像)をアップデートする必要性が、というか、過去のイメージや資格なんてものは、旬がありますということです。旬があるということは旬はずれも多々発生するということで、本当にアップデートが重要。
特に過去の成果があるばっかりに、時代の変化に対応するに非常にコストがかかりやすいという日本の現状。
これから街を作ります!っていう世界中の多くの土地には、今の最先端技術が「ずぼっ」と入り込む訳で、これから30年もしたらアフリカなんか太陽発電でエコの先進地域になっておる可能性だってある。
日本に住んでいます!っていうと「古い体制の不便な国」というイメージになっていたりして。
それにしてもビジネスモデルなんていう角度で見たら、不特定多数に向けて情報を発信して、その内の何割が反応するのだろうか?というマスの「予測」(あるいは予想、もしくは「ばくち的」な)販売促進なんて、非効率きわまりなしという時代が来るかもね。
実は僕は20年前にそんな内容のコトを発表して、業界のお偉い方々からえらくお叱りを受けたことがあります。
お店をしていた僕は、よく妄想をしていて、
「明日来るお客様のお名前と来店時間が分かっていたら、従業員のシフトを組むとか、そのお客様向けの商品「だけ」を用意しておけばいいという在庫管理体制とか、つまりお客様の動向が分かっている仕組みは作れないものか?」という問題意識をずっと思っていた。
暇な時間と超忙しい時間が「予測」できないから、いつも野球の守備みたいに臨戦態勢で「お待ちしている」という束縛感が本当に嫌でしょうがなかった。
もし本日のお客様が来店する時間やお求めになる商品が事前に把握できていたら、その時間帯にすっかり準備して、例えばお昼ご飯なんか、どの時間に食事を済ませておけばいいかも分かるし、どの商品を事前に手配しておけばいいかもわかって、余計な在庫を持たなくていいなあとか、来店が多くなる時間が事前に分かっていたら、パートさんの出勤時間をその時間帯に持ってこれる訳だし、本当にお店を経営するって、なんて「非効率」なんだろうかと。
で、今日のテーマはイメージ。
お店は「当然」いつお客が来ても大丈夫なように準備万端整えておくべしという既成概念。
これがお店として当然のイメージ。
さあて、そんな「当たり前」と思っているイメージを元にして生きていくのは大変リスクが高い時代になってきたんとちがうか?
困った、こまった。
2010年1月26日火曜日
ヒント
こんなイメージは高校の頃からあった。
歴史をどんな目線で捉えるかということは、いろんな立場と議論がある。歴史は通常為政者側から語られるから、人民にとって歴史は、教科書ほど事件は存在しておらず、よく似た毎日の繰り返しで、今日に至っても人間は「毎日の生活」という視点から見て、そんなに進化していないという見方も一つ。
また経済制度の歴史としてみると、結局のところ、支配と非支配の関係制(それは人単位でも、国単位でも)とその交易での損得勘定という枠があるだけで、プレーヤーは変われど、これも今日に至ってまだそんなに人間は進化していないという見方。
高校の時にイメージした見方は、人間は、「個人の解放」に向けて進化していて、進化論としての歴史の見方のほうがおもしろいだろうになあということだ。
集団、支配、非支配から、個の解放に向けての歴史としての例は、たくさんある。
最初はリーダーが一定の集団を支配して、その集団に「帰属」することによって個の生存も担保されたという歴史が続く。
都市国家の誕生から、プレーヤーは変化していくが基本的に集団の支配者側と被支配者側で、結局お互いが依存関係を結んで生存を担保してきた。これは戦後もしばらく同じ枠の中にあり、その枠の中で、体制を選択するということが続く。
しかし、人間の進化は亀の歩みのように少しずつではあっても、個の解放に向かって出来事を広げてきた。
分かりやすくするために、戦後の時間に区切って考えてみよう。
例えば、テレビは、街に数台から始まって、各家に一台になり、そして各部屋に一台になって、今や携帯でテレビは完全に個人の領域に組み込まれて来た。例えばヒット曲は、街に流れる大ヒット曲から、どんどんジャンルが細分化されて(そのジャンルの対象は集団、年代から個へ分割されていく)今や日本国民がみんな知っているようなヒット曲は出にくい時代になった。個々が好きな曲を直接ダウンロードする訳なので、もはやヒット曲が必要でない状況になったのだ。
車も家電もそう。すべてが個に向かって発展してきている。
一家に一台から、各部屋に一台、そして各自に一台。
当たり前に見えるが、これを歴史に引き延ばした時間軸で見るとこんな時代はきっと今まで無かった。
「個の発展」という視点が、進化を意味するかどうかという議論は、次の機会にゆずるとして、
平たく言えば、個では生きていけないほどの自然条件から集団組織を作り、リーダーが出てきて支配、非支配の組織が出来、長い歴史を経て、個の解放を獲得しながら、個の水平統合へ向かって、個の力が強まってくるという感じのもの。
そして社会に出てから、「組織論」を学んだとき、この高校のときの理論が、いろいろな実感をともなってよみがえってきて、そのまま引きずりながら時を経ている。組織論はモチベーション論と同じ定義をしてよく、個がいかにして「やる気」を継続させて発展してくことが出来るかというテーマを扱う。元々は軍事理論であり、翻訳すると「どんな組織体系にしたら、みんな頑張って戦うか」という理論の発展である。
学んでみた時に(自分の理解力の限界を棚に上げて)組織論だけで、継続的に人が頑張る体系を作りあげることは出来ないという結論を得た。ある組織体系を立ち上げ、そのモチベーションを絶えず与え続けるには、その組織体系を変化させていかないといけない。つまり組織を作るということは「組織を壊す」ということと同じことになり、いかに上手く「壊す」かという技術について述べていくことになる。
おお。
これは私たちのからだの 細胞分裂と新陳代謝の形式に非常に似ている。
生きていくために、細胞単体で見ると「どんどん壊していく」「どんどん作り上げる」という新陳代謝が必要なんだな。
組織論はいくつかのステップに従って、
例えば「立ち上げ」「成長」「成熟」「衰退」のそれぞれのシーズンで作り上げる形が異なる。
さて、この2つのこと
個の発展に向かっている歴史
と
組織論の究極的な姿の新陳代謝。
これが、今年のキーワードになる。
個の発展に向かっている歴史という観点は、例えば、集団での目標を達成するために個を犠牲にするというシーズンを終えて、(集団での目標達成に関わることで個の生存理由も満たされるというシーズン)
個の覚醒に向かっていて、個の覚醒というと難しければ、個の自立ということと捉えてもいい。
今から50年前には、確実に集団の中での個というものがテーマであった時代。
そして歴史という流れというか進化というものがあって、
シーズンがステップを重ねて生育すると見たとき、次のシーズンは今から始まる個の自立というシーズン。
個があって、集団があるという形は、振り返ると歴史でそんなシーズンはまだ体験していない。
個が存在してはじめて集団としての機能がはかられるということは
宇宙の成り立ちにも似て、壮大な実験のようなものになるのかもしれない。
集団を機能させる個ではなく、個が自立して、さらに集団化することで機能を拡大させていくという組織のあり方は、組織論にはない(軍事から始まった組織論に元々「個」の概念が希薄であるということもあるが)
さて、これはいろいろと研究する価値のあるテーマにぶつかったかもしれない。
「個の解放、発展と組織論」の一つの形が見えてくるのは、もうしばらくかかりそうだが、
ここには個人が世界中の情報を持てるようになったという「インターネット」という革命を見逃す訳にはいかない。
僕は妄想を抱えながらこう思う。
このインターネットの革命は、これからもしかしたら人間自体を進化させていく可能性があるんでないかと。
個の解放と発展を得た人類は、もしかしたら、今までの既成概念を壊して、次のシーズンに発展していくのではないか。。。
ここから先はニューエイジ主義の妄想か、はたまたSFの読み過ぎか、あるいは未来の黙示録か。。。
人類は新しい能力を持つに至る可能性があるかも。
それはきっと、今までの意識の壁を壊したような、意思としての情報獲得の方法かもしれないなあ。
神経ニューロンの仕組みをまねて、生体組織を使ったコンピューターの試作機が動き出した。
人の脳波をキャッチするマシンがすでに量産可能な技術になっている。
この進化は、進化なのか破壊への序曲なのか?
進化と新陳代謝。。。組織論でいうリニューアルシーズン。組織を延命させるためには組織の一部を破壊しなければならないとする理論。
今年の研究裏テーマになる予感。(僕は研究員ではないけれど)
何かおもろい「見立て」が出来るんじゃないかなと。
ここまでお読みになって、お気づきの方がいるかもしれないけれど、
ここに書いた内容は、僕の執筆活動のテーマの卵なので、うっかり転送や引用などなさらないように>あしからず。
とまあ、何となくアイディアのヒントのようなもの。書いておきました。
歴史をどんな目線で捉えるかということは、いろんな立場と議論がある。歴史は通常為政者側から語られるから、人民にとって歴史は、教科書ほど事件は存在しておらず、よく似た毎日の繰り返しで、今日に至っても人間は「毎日の生活」という視点から見て、そんなに進化していないという見方も一つ。
また経済制度の歴史としてみると、結局のところ、支配と非支配の関係制(それは人単位でも、国単位でも)とその交易での損得勘定という枠があるだけで、プレーヤーは変われど、これも今日に至ってまだそんなに人間は進化していないという見方。
高校の時にイメージした見方は、人間は、「個人の解放」に向けて進化していて、進化論としての歴史の見方のほうがおもしろいだろうになあということだ。
集団、支配、非支配から、個の解放に向けての歴史としての例は、たくさんある。
最初はリーダーが一定の集団を支配して、その集団に「帰属」することによって個の生存も担保されたという歴史が続く。
都市国家の誕生から、プレーヤーは変化していくが基本的に集団の支配者側と被支配者側で、結局お互いが依存関係を結んで生存を担保してきた。これは戦後もしばらく同じ枠の中にあり、その枠の中で、体制を選択するということが続く。
しかし、人間の進化は亀の歩みのように少しずつではあっても、個の解放に向かって出来事を広げてきた。
分かりやすくするために、戦後の時間に区切って考えてみよう。
例えば、テレビは、街に数台から始まって、各家に一台になり、そして各部屋に一台になって、今や携帯でテレビは完全に個人の領域に組み込まれて来た。例えばヒット曲は、街に流れる大ヒット曲から、どんどんジャンルが細分化されて(そのジャンルの対象は集団、年代から個へ分割されていく)今や日本国民がみんな知っているようなヒット曲は出にくい時代になった。個々が好きな曲を直接ダウンロードする訳なので、もはやヒット曲が必要でない状況になったのだ。
車も家電もそう。すべてが個に向かって発展してきている。
一家に一台から、各部屋に一台、そして各自に一台。
当たり前に見えるが、これを歴史に引き延ばした時間軸で見るとこんな時代はきっと今まで無かった。
「個の発展」という視点が、進化を意味するかどうかという議論は、次の機会にゆずるとして、
平たく言えば、個では生きていけないほどの自然条件から集団組織を作り、リーダーが出てきて支配、非支配の組織が出来、長い歴史を経て、個の解放を獲得しながら、個の水平統合へ向かって、個の力が強まってくるという感じのもの。
そして社会に出てから、「組織論」を学んだとき、この高校のときの理論が、いろいろな実感をともなってよみがえってきて、そのまま引きずりながら時を経ている。組織論はモチベーション論と同じ定義をしてよく、個がいかにして「やる気」を継続させて発展してくことが出来るかというテーマを扱う。元々は軍事理論であり、翻訳すると「どんな組織体系にしたら、みんな頑張って戦うか」という理論の発展である。
学んでみた時に(自分の理解力の限界を棚に上げて)組織論だけで、継続的に人が頑張る体系を作りあげることは出来ないという結論を得た。ある組織体系を立ち上げ、そのモチベーションを絶えず与え続けるには、その組織体系を変化させていかないといけない。つまり組織を作るということは「組織を壊す」ということと同じことになり、いかに上手く「壊す」かという技術について述べていくことになる。
おお。
これは私たちのからだの 細胞分裂と新陳代謝の形式に非常に似ている。
生きていくために、細胞単体で見ると「どんどん壊していく」「どんどん作り上げる」という新陳代謝が必要なんだな。
組織論はいくつかのステップに従って、
例えば「立ち上げ」「成長」「成熟」「衰退」のそれぞれのシーズンで作り上げる形が異なる。
さて、この2つのこと
個の発展に向かっている歴史
と
組織論の究極的な姿の新陳代謝。
これが、今年のキーワードになる。
個の発展に向かっている歴史という観点は、例えば、集団での目標を達成するために個を犠牲にするというシーズンを終えて、(集団での目標達成に関わることで個の生存理由も満たされるというシーズン)
個の覚醒に向かっていて、個の覚醒というと難しければ、個の自立ということと捉えてもいい。
今から50年前には、確実に集団の中での個というものがテーマであった時代。
そして歴史という流れというか進化というものがあって、
シーズンがステップを重ねて生育すると見たとき、次のシーズンは今から始まる個の自立というシーズン。
個があって、集団があるという形は、振り返ると歴史でそんなシーズンはまだ体験していない。
個が存在してはじめて集団としての機能がはかられるということは
宇宙の成り立ちにも似て、壮大な実験のようなものになるのかもしれない。
集団を機能させる個ではなく、個が自立して、さらに集団化することで機能を拡大させていくという組織のあり方は、組織論にはない(軍事から始まった組織論に元々「個」の概念が希薄であるということもあるが)
さて、これはいろいろと研究する価値のあるテーマにぶつかったかもしれない。
「個の解放、発展と組織論」の一つの形が見えてくるのは、もうしばらくかかりそうだが、
ここには個人が世界中の情報を持てるようになったという「インターネット」という革命を見逃す訳にはいかない。
僕は妄想を抱えながらこう思う。
このインターネットの革命は、これからもしかしたら人間自体を進化させていく可能性があるんでないかと。
個の解放と発展を得た人類は、もしかしたら、今までの既成概念を壊して、次のシーズンに発展していくのではないか。。。
ここから先はニューエイジ主義の妄想か、はたまたSFの読み過ぎか、あるいは未来の黙示録か。。。
人類は新しい能力を持つに至る可能性があるかも。
それはきっと、今までの意識の壁を壊したような、意思としての情報獲得の方法かもしれないなあ。
神経ニューロンの仕組みをまねて、生体組織を使ったコンピューターの試作機が動き出した。
人の脳波をキャッチするマシンがすでに量産可能な技術になっている。
この進化は、進化なのか破壊への序曲なのか?
進化と新陳代謝。。。組織論でいうリニューアルシーズン。組織を延命させるためには組織の一部を破壊しなければならないとする理論。
今年の研究裏テーマになる予感。(僕は研究員ではないけれど)
何かおもろい「見立て」が出来るんじゃないかなと。
ここまでお読みになって、お気づきの方がいるかもしれないけれど、
ここに書いた内容は、僕の執筆活動のテーマの卵なので、うっかり転送や引用などなさらないように>あしからず。
とまあ、何となくアイディアのヒントのようなもの。書いておきました。
2010年1月17日日曜日
震災
さて、今日2つ目の投稿。
15年前の17日は、阪神大震災のあった日。当日は僕は東京出張を控えて7時38分京都発ののぞみに乗車して、1030からの東京渋谷での組合会議でのプレゼンターとして出席の予定だった。当時運営をしていた共同組合の春の販売促進企画プランを集まる260社の社長様に向けて発表する会議で、前日まで資料作りをして、寝たのは仮眠程度の2,3時間。この企画は当時の組合が抱えていた課題を飛び越えるために史上最大の予算をかけて挑むもので、僕も結構な気合いが入っていた。
新幹線乗車に向けて、僕はちょうど地震の来る直前に目覚めた。
「プレゼン上手くいきますように」
と思った瞬間だった。
遠くで「ゴー」という音がした。「うん?」
最初はグランと横揺れした。そして結構激しく揺れた。
最初は僕は「おお東海地震かあ」と思った。
長い揺れのあと早速テレビをつけた。
全国各地で震度速報がしめされている。が直後の速報では大阪、神戸の震度表示がなかった。
「こりゃ新幹線おくれるなあ。飛行機にかえるか」
最初の感想はそんな感じ。
そして、「新幹線は安全確認のために運行を休止」というテロップ。
「そうやろな」という感じ。
「震源地は未確認」というテロップにちょっと驚く。
各地の震源が表示されているのに、震源地未確認って何やの?
当時の組合のプレゼンは僕と神戸、大阪に居住する仲間4人で行う予定だった。
早速僕は新幹線をやめて飛行機にしようぜ連絡をとろうと電話をかける.....通じない。
繰り返し連絡をとろうとするが、回線が通じない。
発信制限がかけられて、東京にも通じない。
地震ならば、おくれても言い訳が出来るか。しばらくしたらまた連絡しよとベットに横たわる。
今日は延期でもいいかな。睡眠不足も手伝ってうとうと。
そしてテレビ画面に驚いた。
震源が神戸
しかも、
しかも高速道路が倒れている。
「マジかこれ!」
あわてて再び電話をしてみるがやはり通じない。
当時勤務していた店に慌てて向かう。
眼鏡店だった僕の店の商品が雪崩のように床に落ちている。
みんなは無事か?
店のスタッフはみんな無事。組合連中は??
店の営業は通常通りしてみたものの、誰もお客さんはやってこない。
連絡に明け暮れる。
夜になって、ようやく大阪の仲間と連絡が取れた。
「とにかく神戸がつぶれてる」
神戸の仲間は芦屋にいる。
芦屋の店は倒壊しているという情報。いかん。
翌日芦屋に向かう、が、西宮から先は交通がない。
徒歩しかない。
当時セブンイレブン系の流通機構に所属していた僕らは、セブンイレブンの通信網で安否確認を手伝う。しかしセブンイレブンの通信網と情報系統は素晴らしかった。メディアも警察も全く情報をつかめていない。
その後の数日は実はよく覚えていない。
とにかく通信と安否確認とにかく援護。
そして僕らは眼鏡関連だったから、眼鏡が壊れた人のために、店にある不要、不良の眼鏡枠と老眼鏡を持ち、補聴器の修理工具を持ち、そして持てるだけの水を抱えて歩いた。
小学校まで過ごした東灘の本山が、まったく景色をかえていた。
芦屋の組合の仲間は、残念ながら命を落としていた。
いろいろな、何か怒りのようなものが沸き上がり、しばらく思考が出来なかった。
その震災を境に、僕の仕事の情熱のようなものが土留めをさされる。
すっかり何もかも、一瞬で崩れる。
一瞬で壊されて、前日まであれだけ燃えていた販売促進企画プランなんて
本当に紙くずのように消えていく感覚。
震災がきっかけだったのかどうかは定かではない。
今から思い返すと意味付けのようなものが後から加えられていて、本当の意味付けは実は今も出来ていないのかもしれないが、どれだけ頑張ったといっても、何か、そうこんな地震のような出来事で何もかも一瞬で消えてしまう刹那。
それからの僕は、何か現代社会の、特にビジネスとか仕事の、何かの情熱のようなものが、
どこか「砂上の楼閣」のような感覚を覚えてしまう。
仲間の葬儀も慌ただしく、合同葬のようなもので執り行われた。
仕事の仲間の多くも、家が傾き、仕事どころではなくなっている。
人生って何?
僕らは戦争を体験していない世代だ。そして高度成長とバブル経済の中に人生の基盤の期間を過ごす。
そして震災。
「壊れていく」もの を体験したものに影響を与えるもの。
震災という経験が、どんな影響をもたらしているのかという社会的なことはわからない。
あれから15年が経つ。
仕事で神戸を行き来する。JRで通過する神戸の町並みを見る度に、
震災という出来事は必ず脳裏に走りゆく。
僕はあれから、多くの出会いと別れと、たくさんのご迷惑とたくさんの助言の中にいる。
僕の人生でこの15年間は、怒濤のごとく様々な価値観や、家庭、仕事、人生の要素が
次々と入り乱れて変化を起こした15年であった。
震災での犠牲者の方々とその影響を受けた方々に
祈りを。
直接被災を受けたのではない僕にとっても、大きな出来事。
阪神大震災。
今日はそんな祈りの一日。
だから今日2つ目の投稿。
ご冥福をお祈りします。
そして同じように人生の体験として影響を受けた皆さんにとって
今後の人生によりよい意味付けとなりますように。
15年前の17日は、阪神大震災のあった日。当日は僕は東京出張を控えて7時38分京都発ののぞみに乗車して、1030からの東京渋谷での組合会議でのプレゼンターとして出席の予定だった。当時運営をしていた共同組合の春の販売促進企画プランを集まる260社の社長様に向けて発表する会議で、前日まで資料作りをして、寝たのは仮眠程度の2,3時間。この企画は当時の組合が抱えていた課題を飛び越えるために史上最大の予算をかけて挑むもので、僕も結構な気合いが入っていた。
新幹線乗車に向けて、僕はちょうど地震の来る直前に目覚めた。
「プレゼン上手くいきますように」
と思った瞬間だった。
遠くで「ゴー」という音がした。「うん?」
最初はグランと横揺れした。そして結構激しく揺れた。
最初は僕は「おお東海地震かあ」と思った。
長い揺れのあと早速テレビをつけた。
全国各地で震度速報がしめされている。が直後の速報では大阪、神戸の震度表示がなかった。
「こりゃ新幹線おくれるなあ。飛行機にかえるか」
最初の感想はそんな感じ。
そして、「新幹線は安全確認のために運行を休止」というテロップ。
「そうやろな」という感じ。
「震源地は未確認」というテロップにちょっと驚く。
各地の震源が表示されているのに、震源地未確認って何やの?
当時の組合のプレゼンは僕と神戸、大阪に居住する仲間4人で行う予定だった。
早速僕は新幹線をやめて飛行機にしようぜ連絡をとろうと電話をかける.....通じない。
繰り返し連絡をとろうとするが、回線が通じない。
発信制限がかけられて、東京にも通じない。
地震ならば、おくれても言い訳が出来るか。しばらくしたらまた連絡しよとベットに横たわる。
今日は延期でもいいかな。睡眠不足も手伝ってうとうと。
そしてテレビ画面に驚いた。
震源が神戸
しかも、
しかも高速道路が倒れている。
「マジかこれ!」
あわてて再び電話をしてみるがやはり通じない。
当時勤務していた店に慌てて向かう。
眼鏡店だった僕の店の商品が雪崩のように床に落ちている。
みんなは無事か?
店のスタッフはみんな無事。組合連中は??
店の営業は通常通りしてみたものの、誰もお客さんはやってこない。
連絡に明け暮れる。
夜になって、ようやく大阪の仲間と連絡が取れた。
「とにかく神戸がつぶれてる」
神戸の仲間は芦屋にいる。
芦屋の店は倒壊しているという情報。いかん。
翌日芦屋に向かう、が、西宮から先は交通がない。
徒歩しかない。
当時セブンイレブン系の流通機構に所属していた僕らは、セブンイレブンの通信網で安否確認を手伝う。しかしセブンイレブンの通信網と情報系統は素晴らしかった。メディアも警察も全く情報をつかめていない。
その後の数日は実はよく覚えていない。
とにかく通信と安否確認とにかく援護。
そして僕らは眼鏡関連だったから、眼鏡が壊れた人のために、店にある不要、不良の眼鏡枠と老眼鏡を持ち、補聴器の修理工具を持ち、そして持てるだけの水を抱えて歩いた。
小学校まで過ごした東灘の本山が、まったく景色をかえていた。
芦屋の組合の仲間は、残念ながら命を落としていた。
いろいろな、何か怒りのようなものが沸き上がり、しばらく思考が出来なかった。
その震災を境に、僕の仕事の情熱のようなものが土留めをさされる。
すっかり何もかも、一瞬で崩れる。
一瞬で壊されて、前日まであれだけ燃えていた販売促進企画プランなんて
本当に紙くずのように消えていく感覚。
震災がきっかけだったのかどうかは定かではない。
今から思い返すと意味付けのようなものが後から加えられていて、本当の意味付けは実は今も出来ていないのかもしれないが、どれだけ頑張ったといっても、何か、そうこんな地震のような出来事で何もかも一瞬で消えてしまう刹那。
それからの僕は、何か現代社会の、特にビジネスとか仕事の、何かの情熱のようなものが、
どこか「砂上の楼閣」のような感覚を覚えてしまう。
仲間の葬儀も慌ただしく、合同葬のようなもので執り行われた。
仕事の仲間の多くも、家が傾き、仕事どころではなくなっている。
人生って何?
僕らは戦争を体験していない世代だ。そして高度成長とバブル経済の中に人生の基盤の期間を過ごす。
そして震災。
「壊れていく」もの を体験したものに影響を与えるもの。
震災という経験が、どんな影響をもたらしているのかという社会的なことはわからない。
あれから15年が経つ。
仕事で神戸を行き来する。JRで通過する神戸の町並みを見る度に、
震災という出来事は必ず脳裏に走りゆく。
僕はあれから、多くの出会いと別れと、たくさんのご迷惑とたくさんの助言の中にいる。
僕の人生でこの15年間は、怒濤のごとく様々な価値観や、家庭、仕事、人生の要素が
次々と入り乱れて変化を起こした15年であった。
震災での犠牲者の方々とその影響を受けた方々に
祈りを。
直接被災を受けたのではない僕にとっても、大きな出来事。
阪神大震災。
今日はそんな祈りの一日。
だから今日2つ目の投稿。
ご冥福をお祈りします。
そして同じように人生の体験として影響を受けた皆さんにとって
今後の人生によりよい意味付けとなりますように。
2010年
あけまして(すっかりあけてますが)改めておめでとうございます!
怒濤の年末年始に、新しい各種のプロジェクト。
僕は2月生まれなので、僕の人生のタイムラインにおいては、
この2月を境にして、新しい年度が始まる感覚が、ずっとあった。
西暦的には2010年があけているが、僕のタイムラインでは、いよいよこれから年末年始的な
新しい区切りが始まろうとしている。
2月6日が誕生日なので、節分とあわせて、ちょうど2月の初旬で僕の中の「暦」が変わる。
こうして書いている今気付いたが、昨年は僕は数えで43歳の後厄だったのね。
一昨年が数えで42歳の「本厄」だったのか。。。
全く厄払いとかの作法をぶっ飛ばして、まもなくその「後厄」もあと数週間で終わろうとしている(苦笑)
この2月6日を持って、満で42歳、数えで44歳ということで、厄年を見事通過。あらま。
振り返ると厄年(一昨年)、後厄(昨年)と出来事を眺めてみると
本当に厄がかかっていたかもしねぬようなことであったけれども、その最中はとにもかくにも、必死の様相で出来事に対してきたなあと思われる。意識してなかったからいいようなものの、もしも毎日厄年を意識していたら、厄年だから意識で、よりいっそうひどいメンタルになっていたかもしれない(おー!こわ)
全くの無意識で「厄」を通過して、本当に無事に今があって感謝だ。
(厄払)とかの作法も、体験しておきたかったなあという心残りも若干であるが、過ぎてしまったので、ちょっと改めてありがとうございましたお参りでもしておくことにしよう。
年始の目標などを書こうかと思って書き始めたが、厄年談義になってしまったが。
で、今年は住まいを移ります。
夏前になると思われるけれども、今の住まいも8月に更新を迎えるので、それまでに次の拠点を探そうと。
もうすこしみんなが集まれる空間のある、交通便利な駅前で拠点を構えることを考えている。
新快速が停まる、周辺に駐車スペースがある(来訪者が駐車して来やすいところ)、
そしてリビングに数人が集まっても空間的に余裕のあるところ。
もちろん予算もあるが、
今の拠点も5年目を迎えて、そろそろというタイミング。
これまでもおおむね5年以内に住まいを移っている「転居族」
ずっと賃貸なので、2年ごとや3年ごとの更新にあわせて拠点を移しているが、
結構直前に、「縁」ありしとこを「えいやあ」と決めてきている。
今夏の転居は、おおむね本格的に今後の活動を考慮して、じっくりと拠点探しをしていきたい。
(とはいえ、結局は不動産屋に出向くと、「これが今すぐならばいい物件です!」とか言われて、
「今すぐどうぞ」とのせられて、独り身の強みか弱みか、「では」と契約という流れが続いているので、
物件探しの中、どれだけ「じっくり」出来るのかという不安もあり)
昨年はプロジェクトの打ち合わせなどで、一流のホテル、スイートルームなどの貴重な体験の場をもらった。いかに空間が特に知的作業の効率やアイディアに影響を与えるものなのかということを体験させてもらった。
これまでは住まいを選択するのに、当然予算と、交通が条件の筆頭だった。
もともとから移動、旅芸人的なところがあったので、生活拠点を重要視することがなかったが、今回は、ちょっとえらいことになっている。僕自身が、毎日の生活拠点の重要性を感じてきてしまっているからだ。
「そんなもん、夜露をしのげて寝られたらOK!仕事はほとんど外やから」という価値観が変貌を遂げてしまった訳である。
これに伴い、きっと家具やしつらえ、ソファーやベットなどもきっと選択基準が変わっていること相違ない。
えらいこっちゃ。
人生はじめての大規模拠点づくりになる可能性が大きい。
予算あるんかいな??
でも、拠点の環境大事やなあ。
いい仕事をしていくために必要なこと。
いい仕事をして貢献していくためにも、今まで助けてくれた皆さんにいい仕事ぶりで恩返ししていくためにも、これからしばらくの拠点物件探しは、ココロしてかからないといかんなと思う年末年始。
さて、どこにする??
怒濤の年末年始に、新しい各種のプロジェクト。
僕は2月生まれなので、僕の人生のタイムラインにおいては、
この2月を境にして、新しい年度が始まる感覚が、ずっとあった。
西暦的には2010年があけているが、僕のタイムラインでは、いよいよこれから年末年始的な
新しい区切りが始まろうとしている。
2月6日が誕生日なので、節分とあわせて、ちょうど2月の初旬で僕の中の「暦」が変わる。
こうして書いている今気付いたが、昨年は僕は数えで43歳の後厄だったのね。
一昨年が数えで42歳の「本厄」だったのか。。。
全く厄払いとかの作法をぶっ飛ばして、まもなくその「後厄」もあと数週間で終わろうとしている(苦笑)
この2月6日を持って、満で42歳、数えで44歳ということで、厄年を見事通過。あらま。
振り返ると厄年(一昨年)、後厄(昨年)と出来事を眺めてみると
本当に厄がかかっていたかもしねぬようなことであったけれども、その最中はとにもかくにも、必死の様相で出来事に対してきたなあと思われる。意識してなかったからいいようなものの、もしも毎日厄年を意識していたら、厄年だから意識で、よりいっそうひどいメンタルになっていたかもしれない(おー!こわ)
全くの無意識で「厄」を通過して、本当に無事に今があって感謝だ。
(厄払)とかの作法も、体験しておきたかったなあという心残りも若干であるが、過ぎてしまったので、ちょっと改めてありがとうございましたお参りでもしておくことにしよう。
年始の目標などを書こうかと思って書き始めたが、厄年談義になってしまったが。
で、今年は住まいを移ります。
夏前になると思われるけれども、今の住まいも8月に更新を迎えるので、それまでに次の拠点を探そうと。
もうすこしみんなが集まれる空間のある、交通便利な駅前で拠点を構えることを考えている。
新快速が停まる、周辺に駐車スペースがある(来訪者が駐車して来やすいところ)、
そしてリビングに数人が集まっても空間的に余裕のあるところ。
もちろん予算もあるが、
今の拠点も5年目を迎えて、そろそろというタイミング。
これまでもおおむね5年以内に住まいを移っている「転居族」
ずっと賃貸なので、2年ごとや3年ごとの更新にあわせて拠点を移しているが、
結構直前に、「縁」ありしとこを「えいやあ」と決めてきている。
今夏の転居は、おおむね本格的に今後の活動を考慮して、じっくりと拠点探しをしていきたい。
(とはいえ、結局は不動産屋に出向くと、「これが今すぐならばいい物件です!」とか言われて、
「今すぐどうぞ」とのせられて、独り身の強みか弱みか、「では」と契約という流れが続いているので、
物件探しの中、どれだけ「じっくり」出来るのかという不安もあり)
昨年はプロジェクトの打ち合わせなどで、一流のホテル、スイートルームなどの貴重な体験の場をもらった。いかに空間が特に知的作業の効率やアイディアに影響を与えるものなのかということを体験させてもらった。
これまでは住まいを選択するのに、当然予算と、交通が条件の筆頭だった。
もともとから移動、旅芸人的なところがあったので、生活拠点を重要視することがなかったが、今回は、ちょっとえらいことになっている。僕自身が、毎日の生活拠点の重要性を感じてきてしまっているからだ。
「そんなもん、夜露をしのげて寝られたらOK!仕事はほとんど外やから」という価値観が変貌を遂げてしまった訳である。
これに伴い、きっと家具やしつらえ、ソファーやベットなどもきっと選択基準が変わっていること相違ない。
えらいこっちゃ。
人生はじめての大規模拠点づくりになる可能性が大きい。
予算あるんかいな??
でも、拠点の環境大事やなあ。
いい仕事をしていくために必要なこと。
いい仕事をして貢献していくためにも、今まで助けてくれた皆さんにいい仕事ぶりで恩返ししていくためにも、これからしばらくの拠点物件探しは、ココロしてかからないといかんなと思う年末年始。
さて、どこにする??
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