2009年11月22日日曜日

コミュニケーション

今日は動物占いの講習会に出席してきた。

今さらながら、、、、。

昨日お誘いを受けた。「ど、動物占い?」・・・「占い?」しかも「講習会??」別段日頃占いに興味がある訳ではない。というか占いは好きかもしれないが、ぶっちぇければ、それ聞いて何になるのか?と思っていた。

もう一度、お電話を頂いて、お誘いを受けたこと自体に、何かが待っているのかな的な好奇心で参加してきた。

で、内容はというと、、、、

面白かった!!

「こんな講習会、何になるのやろか?」と思って参加した僕は、自分の占い結果に該当する説明のくだりで、「○○なあなた、そんなあなたは、「目的志向」なので、これ何になるの?が一番気になります!!口癖は「何なん?それ」そして話は結論から言われたい!と言われて、、、

「ほ、ホンマやな(苦笑)」

で、思ったことは、
コミュニケーションというものは、本当に奥深いということ。
何か一つの言葉を、こんなにも人はいろんな角度で受信して、こんなに(正反対とさえいえる反応として)受け答えするねんなあということ。

動物占いというフィルターを通して、人の属性を統計だってまとめているのだが、人の受け答えや、何を一番重要視しているのかは、それぞれ異なるということをシュミレーション的に見せる体系になっているのには感心した。

動物のキャラクターが、その人の性格に当たっているか否かというよりも、コミュニケーションをとる際に、ひと呼吸おいて、この背景で、この言葉が、どのように受信されるか?を考えるきっかけになった。

その判断が正しいか否かは、僕にとっては重要ではないかもしれない。
重要なことは、同じ言葉でも、受信者にとって、こちらの意図がそのまま伝わる訳ではないということを理解しているかどうか、もしくは想定しているか否かである。

言葉でのコミュニケーションは、特に僕はwebの仕事をしているので、メールやホームページの「テキスト」の要素が強い。

しかしながら、その言葉が、その言葉の配置が、意図する情報をきちんと伝達する文字列になっているかどうかは常に興味の対象におくべきものだなと改めて感じている。

言葉を発するまでに、意図が明確に整理されていることは少ない。特に話言葉では、ほとんどが瞬間瞬間に言葉が発せられる。したがって、言葉が持つ意図が十分に、必要最適になっているかを推敲することはないから、「そんなつもりで言ったんではなくてね、、」と解説の応酬になることもある。ただその言葉の応酬を繰り返すことによって、意図や温度が伝達したりするし、表情やイントネーションで理解しあえることも時間の経過とともに増加することも確かだと思う。

論文などの文章は、何度も推敲されて、校正されて、書き換えられることの方が多い。文字の推敲のプロセスが、より明確に意図を伝達するという目的に沿って、洗練さを目指していること、そしてその作業は、本当に骨の折れるワークになると思う。相手と言葉の応酬をする前に、自問自答的に言葉の応酬をして、洗練していく作業というのに近い。言葉の発信者側は、その意図が受信者により明確に、そして出来うるならば、即時一致することを目指して、言葉を書換え、そして図表や数字を取り入れたりしていく。



いや、実にこの講習会は伝達というか、コミュニケーションについてなどを考えることが出来た時間だった。実際の講習会は講師の方の語り口調や例えばねという事例の表現が非常に面白くて、笑いの連続の中で繰り広げられた。


しかし、動物占いが、統計学に基づいていることは知らなかった。

また統計学というものが、あまり日本では信頼されていないという情報も納得だった。先進国の中で統計学を政治的にも、企業経営的にも、一般家庭にも取り入れてない珍しい国であるという解説もあった。

なるほど。。。

確かに日本では、「だって、それは統計上ってことでしょ」という言葉には、信頼性よりも懐疑性の色を感じる会話になることが多い気がする。あるいは「統計がすべてではない」「数字だけでは割り切れない」という言葉も同じニュアンスを受ける。企画のプレゼンテーションのときにも、数字、統計、グラフを入れてという企画書作りのノウハウ的要素は教科書のトップに書かれているのだが、実際のプレゼンの現場では、

「以上のように統計数字上では、こんな結論になりますが、それだけでは冷たくなるので」というような解説をつけて、主観的、感情的な解説が必ず加わる体験が多い。

外国企業とのプレゼンでは、この後の主観的、感情的(感覚的)な解説は途中で切られることがある。
「それは、あなたの主観的な主張ですね。それは後で聞きます」という具合にだ。

「聞きたいのは統計数字上の市場背景とその客観的動向である。あなたの主観的解説は参考にすぎない」とか
場合によっては、「変な結論誘導、バイアスをかけないでいただいたい!」と一喝さえされることがある。



とまあ、話が延長線上に、長くなったが、

コミュニケーションというものは、ことほど左様に、個々においての意味が異なることがおおい。

すべての価値観を全統一する全体主義的な思考も、いかがかとは思うが、個々に異なるということは、まあまあめんどくさい。

その異なる価値観でのコミュニケーションをはかるためには、やはり目的、目標の共有が不可欠なのだろう。

その目的を達成するためにおいて、必要なことは??と要素を分解して組み立てなければ、ならないなと感じる。


今日のまとめ!・・・
で、動物占い、、本日は初級編ということで、中級編って今度いつあるのかな??
(苦笑)

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