オープンソースのプログラムには一体どんな特徴と仕組みがあるのかということが長く疑問だった。
利用する側からしたら、無料で活用できるフリーソフトのようなもので、そこにいわゆる経済的な活動が入るようなステージのものではないと思っていて、自分の時間の投資を行って、何かのプログラムのソースコードを書く、発表することによる見返りは経済ではなくて精神的な充実ともいうべきものなんだろうと。
ところが、ちょっと発想の視点、見下ろす場所を変えて見てみると、オープンソースが成立している現象は、これからの人類の活動のモデルとして大きな示唆に富むものなのではないと言う気がしてきた。
僕はプログラムのソースを書いたりすることはほとんどなくて、出来てホームページの簡単なHTMLをなぞる程度しかしてみたことはない。
なので、直接的なオープンソースというものにコミットするようなものではない。
オープンソースでモノ(この場合はプログラム)が不特定多数の人の関与によって出来上がり成立しているという構図、言い換えればこのような物事の進め方のスタイルに興味がある。
ウェブはまるで成長期の子供のように変化が激しく、専門的で複雑な世界と映る。
どこで経済が機能していて、企業と個人が同じようなフィールドにいて、様々な価値観と個人が共有、もしくは対峙している空間だ。
ある意味の秩序はないに等しく、一種のフロンティアに近い空間で、面白きもの、機能的に優れているものから、本当に単純につまらないものまでが一緒の空間に存在している。僕たちが幕末やローマ帝国の歴史をみるとき、ある理論なり構成要素なりをものさしにして、一つの過去の事実を系統たてて流れで見ていく。しかし今起こっていることは変化の結果や、その変化から誘発されて次の展開を見せるようなこの先の顛末が今わかるわけではないから、一体何が起きているのかを把握することが難しい。
ウェブの世界は、いわゆる門外漢の僕が感じるには、とてつもなく大きなインパクトをキット与えることになるような革命になっていくことだろう。まあ、「革命」についての特にその革命のインパクト強度のレベルについて、この変化は大変化になる!というものを規定することは難しい。
難しいが、今までのスタイルが変化する、今までの価値観が、重要課題が、優先順位が、守るべきものを考えられている大義が、変化するということにおいて革命というものに強弱はない。
なにやら、意味不明を書いてしまった。
ちょっと価値観や目線の変改についてのイメージが降りてきた一日であったが、明確に消化しきれていない。
もう少し調査が必要なんだな。
0 件のコメント:
コメントを投稿