2010年1月27日水曜日

イメージ(残像)

このところ、イメージ(今までの概念)が壊れることがたくさんあるなという事柄について。

テレビ番組が大変だという。僕はテレビを見ない(テレビを置いていない)生活をしてすでにもう8年以上になるが、(テレビを見ないというよりは必要ないということですが)このところの不況でスポンサーが今まで通りの資金をテレビCMに投じることがなくなってきて、制作費が減ったテレビ番組から、どんどん制作費のかからないような番組が目白押しなのだそうだ。

そして中国のイメージ。農薬付けで、自己中心的で、と割にさんざんな中国イメージではあるが、このところぐんぐんと改善を見せていて、かなりの事柄が世界標準として動き始めているというコト。まあ、中国の政治体制はよくも悪くも一党独裁体制であるから、「これ禁止!」「これからは、これ!」と政府のかけ声一発で、ドカンと変化出来る強みも持っている。人権問題にしても環境問題にしても、そして経済にしても、この「かけ声一発でドカンと変わる」という強みは変化の時代に結構あっている可能性がある。あなどれない。。あなどれない。

日本は先進国というイメージについて。
先進国ではあるが、どこか旧態依然のレガシー(歴史的遺物)があるおかげで、まさに過去の強みが弱みになるような感覚が強くなっている。2、30年前にがんばって都市を作ってしまったおかげで、最先端の町づくりをしようにも、まずは前の建物の破壊から入らないといけなくなってしまって、これから都市を作るアジアやアフリカ諸国のほうが、よっぽど環境エコなシステムと先進IT技術が都市に埋め込まれ始めているという逆転現象。今までの街が、これからの街に必要な施設を作るに邪魔をするという皮肉。

カザフスタンの首都の特集を雑誌で見て驚いた。
まるで鉄腕アトムに出てくる未来都市そのものが、こつ然と姿を表していて、太陽エネルギーを中心にした最先端の100万人規模の都市が出来始めている。アジアの中心の、旧ソ連区域の成長センターとして今後は注目されるに違いない。

携帯電話やPCは、これから識字率の低い国へ導入される。
識字率が低いということは、キーボード入力では不便極まりない。そこで入力の方法が「音声認識」に切り替わって導入が始まっている。識字率が低くとも、音声や画像はコミュニケーション可能だ。

今日本の学校教育で、キーボードに慣れるために、出来ればブラインドタッチが出来る子どもを育成しようと授業が行われているらしいが、キーボードを習得したところで、今後に使えるスキルになるかどうかなんて、どうなのよ。

かくいう僕も実は、非常に恥ずかしくってほとんど誰にも言ってないけれど(初の公表に近いな)

ワープロ検定の1級を持っている。(爆笑)

ワープロが使えるのみならず、僕はワープロ検定を受けたいと希望する人に「教えることが出来る」資格を持っている。
(苦笑)

まったく今は用がない。。。。

この際だから資格を白状すると、眼鏡士、補聴器測定師、カラー検定2級、ワープロ検定1級、マイクロソフトのワード、エクセルを教えることが出来る資格(ちなみにバージョンは95。使えないどころか化石に近い)
カラーコーディネーター2級、英検2級(聞き取れるがしゃべれません↓なぜなら日常使用していないから)危険物取り扱い主任者(仕事に危険物はありません)中小企業組合師(診断士ではなく組合師:組合運営の資格である→今は使えませんね)
スキー指導員(腰を痛めて使えませんね)、レクレーション指導員(今は主体の組合がなくなりました)まあ実はまだありますが、結構使えないものを集中的に持っていて、宴会の時にネタになるかと思いきや、結構話題が続かないので、資格の話は封印しているのであります。

閑話休題。。。

テーマがそれてきましたね。

で、要するに、イメージ(残像)をアップデートする必要性が、というか、過去のイメージや資格なんてものは、旬がありますということです。旬があるということは旬はずれも多々発生するということで、本当にアップデートが重要。

特に過去の成果があるばっかりに、時代の変化に対応するに非常にコストがかかりやすいという日本の現状。

これから街を作ります!っていう世界中の多くの土地には、今の最先端技術が「ずぼっ」と入り込む訳で、これから30年もしたらアフリカなんか太陽発電でエコの先進地域になっておる可能性だってある。

日本に住んでいます!っていうと「古い体制の不便な国」というイメージになっていたりして。


それにしてもビジネスモデルなんていう角度で見たら、不特定多数に向けて情報を発信して、その内の何割が反応するのだろうか?というマスの「予測」(あるいは予想、もしくは「ばくち的」な)販売促進なんて、非効率きわまりなしという時代が来るかもね。

実は僕は20年前にそんな内容のコトを発表して、業界のお偉い方々からえらくお叱りを受けたことがあります。

お店をしていた僕は、よく妄想をしていて、
「明日来るお客様のお名前と来店時間が分かっていたら、従業員のシフトを組むとか、そのお客様向けの商品「だけ」を用意しておけばいいという在庫管理体制とか、つまりお客様の動向が分かっている仕組みは作れないものか?」という問題意識をずっと思っていた。

暇な時間と超忙しい時間が「予測」できないから、いつも野球の守備みたいに臨戦態勢で「お待ちしている」という束縛感が本当に嫌でしょうがなかった。

もし本日のお客様が来店する時間やお求めになる商品が事前に把握できていたら、その時間帯にすっかり準備して、例えばお昼ご飯なんか、どの時間に食事を済ませておけばいいかも分かるし、どの商品を事前に手配しておけばいいかもわかって、余計な在庫を持たなくていいなあとか、来店が多くなる時間が事前に分かっていたら、パートさんの出勤時間をその時間帯に持ってこれる訳だし、本当にお店を経営するって、なんて「非効率」なんだろうかと。

で、今日のテーマはイメージ。
お店は「当然」いつお客が来ても大丈夫なように準備万端整えておくべしという既成概念。
これがお店として当然のイメージ。

さあて、そんな「当たり前」と思っているイメージを元にして生きていくのは大変リスクが高い時代になってきたんとちがうか?

困った、こまった。

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